第277話 ナナシの策


 ナインからとんでもない事実を聞いたあと、俺は自分の部屋へと戻り、どうやってユピスパークを採取してこようかと頭を悩ませていた。


「精霊族も欺ける隠密なら……ユノメルも欺けるか?今のところ一番大きな可能性はそれなんだが。」


 水銀の雨を降らせるようなヤツに正面から挑んでもまず勝ち目はない。いくら死を回避できる危険予知のスキルがあるとはいえ、降り注ぐ水銀の雨をかわしながら、空気中にまで水銀を漂わせられたら近付くこともままならない。


「ってか、今までこのユピスパークを取りに行った人達はどうやって手に入れて戻ってきたんだ?」


 俺の前にもかつての魔王に仕えていて、ユピスパークを取りに行っている人物は何人もいるはずだ。


 何かしらの方法があることには間違いない。だが、その方法を知る術は……。


「ジャックなら何か知ってるかな。」


 少なくとも先代の魔王の時代から仕えているジャックなら、ユノメルの攻略法を何か知っていそうだ。


 そう考えた俺がジャックのもとへと向かおうとしたとき、突然視界が暗転した。


「ん?」


 一瞬視界が暗転した次の瞬間には、俺は見覚えのある場所へと連れ去られていた。


「なにやら困りごとのようだな主よ。」


「ナナシ……。」


 俺の意識を連れ去ったのはどうやらナナシのようだった。彼女はあぐらをかいて俺の前に座ると、楽しそうに話しかけてくる。


「次の獲物は神獣か、それもユノメル……。くくく、懐かしい名前だな。」


「ユノメルのことを知ってるのか?」


「我のことを誰だと思っている?これでも主の寿命何百回分の人生を歩んできているのだぞ?」


「いったいいくつなんだよ……。」


「歳なんぞ千を越えてからは数えるのを辞めた。まぁ、今となっては精神体となってしまった我に歳の概念は無いが……。」


 くつくつと笑いながらナナシは話す。


「さてさて、ユノメルのことだったな。」


「あぁ。」


「あいつのことならば心配はいらん。主は堂々とユピスパークを採りにいけばよい。」


「いやいや、無理だろ?国1つをあっさり滅ぼしたヤツだぞ?」


「おぉ、そういえばそんなこともしていたな。なに、あの時のユノメルはとある事情で精神的に不安定だっただけだ。そこに丁度身の程を弁えぬドワーフどもが来た故怒りを買ったのだ。」


「精神的に不安定って……。」


 何があったのか激しく気になるな。軽く国一つ滅ぼす気になるほどには不安定だったのだろうが……それでも規模が規模だ。


「まぁ、ちょいと危ないやつではあるが……根は良いやつだ。それに我の気配に気がつけば……あの島に近づいただけであっちの方からやってくるやもしれん。」


「激しく遠慮したいんだが?」


「くくく、まぁそう言うな主。あやつと戦わずにユピスパークを手に入れたいのだろう?」


「まぁ、戦わずに済むんならそれが一番いいんだが……。」


「なら我の言葉を信じるのだ主。余程あやつの機嫌が悪くない限りは……問題ないだろう。」


「それでも余程機嫌が悪かったらダメなんだな。」


「その時はその時だ。方法がないわけではない。多少荒っぽくはなるがな。」


 くつくつと笑うナナシのその様子からはむしろ機嫌が悪い時の方が面白いと言わんばかりだ。俺の心配をしてくれているのか、それとも本当は自分が楽しみたいだけなのか……彼女の真意はわからない。

 だが、今のところ……信用できる唯一の道筋だ。信じるほかないだろう。


「わかったよ。ならナナシ、お前を信じる。」


「それでよい主。ユノメルのことは我に任せておけ。」


 そして満足したようにうなずくと、再び視界が暗転し、今度視界が開けてくると自分の部屋に戻っていた。


「まったく、とんでもないモノに憑かれたもんだな。」


 それにしても、ナナシは今は精神体となってしまった……と言っていたが、昔は実在していた龍だったのか?ユノメルのことを楽しそうに語っていたあの時の表情といい、明らかに昔は実在していたように語っていたが……その辺はラピスとかに聞けばわかるかも。

 過去にとんでもない龍がいなかったか~とか聞けば何かヒントになりそうなことを答えてくれそうな気がするな。


 あとで聞いてみよう。


「さて、ユノメルのことはナナシが何とかしてくれるって話になったのは良いが……俺も俺でできる準備は進めておこう。」


 できれば年末までにはユピスパークを手に入れたいな。間に合えばの話だが……。


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