魔王城のグルメハンター

第274話 ナナシ

　普通のシャドウジュエラーが俺とメアの相手になるはずもなく、あっさりと撃退すると、カーバンクルプリンスのリオンはニヤリと笑う。

「まぁ、そうなることは予想していましたよ。」

　そう口にすると、彼は服のポケットから綺麗な宝石を倒れたシャドウジュエラーの周りにばらまいた。

　すると、まだ息のあったシャドウジュエラー何匹かがそれをガリッ……と音を立てて頬張ったのだ。それと同時に、シャドウジュエラー達の様子が変化していく。

「ギギ……ギギッ。」

「凍って。」

　変化の最中にメアが容赦なくシャドウジュエラーを凍らせる。体の芯をも凍らせてしまう威力の魔法……。しかし、宝石を口にしたシャドウジュエラーは何事もなかったかのように氷をぶち破ってしまう。

「嘘……効かない？」

「それも当然。さっきまでのシャドウジュエラーとはまるで別物……そいつらは高密度の魔力の塊であるカーバンクルの宝石を口にしたのだから。」

　リオンの言葉を聞いてメアは少し表情を歪めた。

「パパ、これちょっと良くない。」

「あぁ、わかってる。」

　歪な体の動きでゆっくりと此方へと向かってくるシャドウジュエラー。

　俺の剣の間合いに入った瞬間、弱点である部位を狙って一閃を放つが、俺の剣をもシャドウジュエラーの皮膚は弾いてしまった。

「硬っ……。」

　柔らかかった弱点部分でさえ、刃を通さないほど硬くなっている。

「ギギッ！！」

「っ！！」

　大振りの一撃を剣で受け止めると、大きく吹き飛ばされた。

「力も段違いかっ……。」

　剣を握っていた手がビリビリと痺れている。こいつはちょっとヤバい。

　ジリジリと迫ってくる変化したシャドウジュエラー達。メアと共になんとか倒す方法を模索していたが、有効打は見つからない。

「参ったな。」

　背後には建物の壁、すっかり追い詰められてしまった。

「パパ、どうしよう？」

「……。」

　打つ手なし……と諦めかけていた俺の心の中に、ある言葉が思い浮かんできた。

「ナ（・）ナ（・）シ（・）。」

　その名前をポツリと呟いた瞬間、ドクンと心臓が大きく脈打った。それと同時に頭の中に声が響いた。

「ようやっと、我の名を呼んだな主よ。では約束通り……力を貸そう。」

　その言葉と共に俺の意識が急速に塗り替えられていく。

「…………くくく。」

「パパ？……違う、誰？」

「退いていろ小娘。」

　カオルの異変を敏感に感じ取ったメアは警戒心を露にするが、そんな彼女を自分の背後へと押しやるとナナシはカオルの体を龍化させていく。

「さてさて、硬い魔物よ。貴様はどれだけの攻撃まで耐えられるか……試してやろう。」

　ニヤリとナナシは笑うとシャドウジュエラーへと向かい、踏み出していく。

「覚悟はよいか？」

「ギギギッ！！」

　ナナシへと向かってシャドウジュエラーは容赦なく変形した凶悪な爪を振り下ろすが、その攻撃が当たる前に、その肉体にナナシの振るった拳が突き刺さる。

「ギグ……。」

「ほぅ、オリハルコンでも叩いているかのようだな。だが……。」

　よろめくシャドウジュエラーへと再びナナシの拳が突き刺さり、それと同時にビキリ……と音を立ててシャドウジュエラーの体にヒビが入った。

「全然効いていないというわけでは無さそうだ。」

　攻撃が通じることを確信すると、ナナシは一瞬で何十発もの打撃をシャドウジュエラーへと叩き込み、その体を粉々に破壊した。

「なっ……バカな！？」

　その状況になり、初めてリオンの表情が変わる。

「す、すごいです～。」

「こうして何発も殴るのは鬱憤晴らしにはちょうどいい。だが、なかなかに面倒だな。」

　一体のシャドウジュエラーを片付けたナナシは右手に炎、左手には冷気を纏わせた。そしてチラリと背後にいるメアへと視線を向けると、口を開く。

「小娘、貴様の戦いは見ていたぞ？なかなか良い魔法を使う……。だが、少々工夫が足りん。」

「？？」

「まぁ見ていろ。」

　それだけ言い残すと、ナナシは残っているシャドウジュエラーへと歩みを進めていく。

「魔法は確かに強力な武器だ……。だが、知識がなければ意味がない。例えば……。」

　おもむろにナナシは冷気を纏わせた拳でシャドウジュエラーを打った。すると、先ほどメアがやった魔法のようにガチガチにシャドウジュエラーは凍りつく。

　しかし、すぐに体の表面の氷を破って出てきてしまう。

　そんなシャドウジュエラーに待っていたのは炎を纏った拳……。その拳が突き刺さった瞬間、シャドウジュエラーは内側から爆発するように弾け飛んでしまう。

「これが、温度を急激に変化させることによって起こる熱膨張だ。逆も然り……熱した後に急激に凍らせると……。」

　まるでレクチャーするかのようにナナシは次々にシャドウジュエラーを温度の変化を用いてあっさりと倒していく。

　そして全てのシャドウジュエラーを片し終えると、ナナシはメアのおでこをコツンと指でつついた。

「まだまだ精進しろよ？小娘……くくく。」

　ナナシはそれだけ告げると目を閉じ、眠らせていたカオルに体を明け渡すのだった。