第266話 消えた女性


 異形の魔物を倒し終えた俺は、まっすぐにギルドへと歩みを進めた。


 そして夜のギルドの中へと足を踏み入れると、そこにはいつも通りリルの姿と……珍しくロベルタも酒の席に座っていた。


「今日はロベルタさんも一緒なんですね。」


「お疲れ様ですカオルさん。」


「今日は何と言っても聖夜祭の前だからね~。業務は早めに終わって、飲み会ってわけ。まぁ、独身なのはロベルタと私しかいないから飲み会はいっつもこんな寂しい感じになるんだけどね~。」


「リルさん、私が独身なのは言わなくても良かったんじゃ?」


「ダメダメ~、ちゃんとそこは言わなきゃね。勘違いされちゃうから。」


「独身って知られて良いことはないですよ!?」


 既に酔っぱらって愉快そうに笑うリルに、ロベルタはそう鋭い突っ込みを入れた。

 どうやら二人以外のギルドの職員は聖夜祭の前は想い人と共に過ごしているらしい。こういうところはクリスマスの時期の日本と変わりないな。


 俺はリルに依頼達成を報告すると共に、見たことのない魔物がこの周辺に出没していたことを伝えた。

 すると、やはりリルとロベルタはこの魔物のことを知っていたようで……。


「目玉のところが宝石みたいな魔物って……まぁこの時期だしかな?」


「まぁ十中八九ですね。カオルさん、その魔物を見せてもらっても良いですか?」


「もちろん大丈夫です。」


 俺が先ほど倒した異形の魔物を一匹収納袋から取り出して二人に見せると、二人はやっぱりか……と言って、この魔物のことを教えてくれた。


「あぁ~、まぁやっぱりそうだよね。その魔物はシャドウジュエラーって名前でね。いっつもこの時期にカーバンクルの宝石を狙ってこの周辺に集まるんだよ。」


「シャドウジュエラー……。」


「普通はカーバンクル意外に襲いかかることはないんですけど、カオルさん何か高級な宝石とか……身に付けてましたか?」


 ロベルタにそう問いかけられたが、俺は特に装飾品などに興味はなく、身に付けたりもしていないので首を横に振った。


「いえ、特にそういうのは着けてないですけど……。」


 俺の答えにリルは首をかしげる。


「うーん、おかしいね。シャドウジュエラーは余程高価な宝石とかを身につけてない限り襲いかかって来たりはしないんだけど……。」


「最近魔物の行動も変わってきていますから、シャドウジュエラーもある程度変わっているのではないでしょうか。」


 リルの疑問にロベルタが憶測を交えながらそう告げた。


「うーん、どうだろ。シャドウジュエラーの行動が変わってるなら、宝石を運んでる行商人とかが襲われたって報告が入ってもおかしくないけど。」


「確かにそれもそうですね……。」


 結局、魔物に精通したリルとロベルタが議論を重ねるも、なぜ宝石なども身に付けていない俺に襲いかかって来たのかは分からずじまいだった。


 そんな疑問を抱えながらも、依頼達成の報告を終えると、気になっていた昼間の女性のことについてロベルタに問いかけた。


「そういえば、昼間のあの人はどうなりました?」


「あ!!その人なんですけど……ちょっと目を離した隙にいなくなってしまっていたんです。」


「え?」


 ロベルタ曰く、ほんの少しの時間彼女が目を離した途端にあのベッドの上から忽然と姿を消してしまっていたらしい。


「そうだったんですか。」


「申し訳ありません……私が目を離さなければこんなとこには。」


 そう申し訳なさそうにしながら言った彼女にリルが告げた。


「ん~、まぁ仕方がないっちゃ仕方がないことだけどね~。その瞬間ここに座ってた私も、その子が出口から出ていったところは見てないし。何かしらの隠密系のスキルでも使ったんじゃない?」


 もしそうなら、ロベルタが気が付かなくても仕方がない事だな。


 更にリルは少ししょげているロベルタを励ますように声をかける。


「それに、怪我の治療自体はちゃんとしたんでしょ?」


「はい……。」


「なら怪我の治療もしてもらったから出ていった……で良いじゃない?そんな落ち込むことじゃないって~。ね?キミもそう思うよね!」


 そしてリルは俺に話を振ってくる。


「そうですね、まぁリルさんがお酒に夢中で見逃したって可能性もありますし。」


「わ~……それ言っちゃう?」


「だって、あの時からここに座ってた……ってことは飲んでたんですよね?」


「そうだけどさ~。」


 図星だったらしいリルは目を逸らしながら、お酒を口に含んだ。


「ま、俺はロベルタさんがちゃんと処置してくれたのも見ましたし……。何も問題ないと思いますよ?敢えて言うなら、やっぱり出ていく直前に一声かけていったほうがよかったかな~とは思いますけど。ロベルタさんに非はないですよ。」


「ほらほら、こう言ってくれてるんだから気持ちを切り替えて飲みなおそ?そんな些細なことはお酒でぜーんぶ流しちゃえばいいんだからさ~。」


「ありがとうございます……。」


 そしてロベルタは気分を切り替えて再び飲み始めた。酔いが回っていくにつれて、だんだんとなぜ自分は独り身なのか?という疑問についてリルと熱く語り合っていた。


 普段はそつなく、淡々と仕事をこなすロベルタがあれほどお酒に溺れていた姿はなかなか新鮮だったな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る