第264話 謎の女性


 朝食を作り終えた後、俺はいつものように食材の買い出しをするべく城下町へと赴いていた。


 最近はこの買い出しで一度に購入する食材の量もかなり増えた……大食らいのラピスとエンラにソニアという龍の女性陣に加え、成長期らしく食欲が増しているアルマ様やカナン、メア。ジャックは以前から変わりはないが、ヒュマノとの新たな平和条約制定以降、毎日のようにご飯を食べに来るアリス……。


 今パッと名前を挙げただけで8人。最初俺がこの世界に来たときは、料理を作る相手はアルマ様とジャックの二人だけだった……当初から6人も増えている。


 俺の料理をたくさんの人に美味しく食べてもらえることは嬉しいことなのだが、食費は莫迦にならない。毎日買い出しに行った後で、ジャックに領収書を渡すのが申し訳なくなるほどに近頃の食費はとんでもないことになっている。

 

 だが、以前食費が増えていることについて問題はないのか……と彼に聞いたところ彼はアルマ様の笑顔が見れるのであれば安いものだと言って笑っていた。そしてその時に俺はジャックから食費のことは気にしなくて良いと言われてはいたのだが……。

 

「今日もかなり買ったな。」


 最後に肉屋で何十キロという単位で肉を購入した後、帰路につきながら俺は今日の買い出しの領収書へと目を通す。


「……合計で約金貨20枚か。」


 今日はお高いフルーツ等も買ったから、普段よりも少し嵩んでしまったな。


「にしても、ジャックが払ってくれる諸々の経費はどこから来てるんだ?」


 魔王城の主はアルマ様で……その執事がジャック。主従関係的にはアルマ様がジャックを従えている立場のはずだが、彼女からジャックがお金をもらっている所は見たことがない。


 まぁ彼は彼でなかなか謎が多い人物だ。一年近く近くで過ごしていても、彼についてわかっていないことは多い。恐らくは何かしらの巨大な財源が彼にはあるのだろう……それ以外考えられない。


 そして買い出しを終えて魔王城へと戻っている最中、シュッと何かが突然横道から目の前に飛び出してきた。


「ん?」


「ふに゛ゃっ!!??」


 目の前に飛び出してきたのは女性で、何かに躓いて盛大に顔面から転んでしまっていた。


「だ、大丈夫ですか?」


「はぅあぅ~……。」


 盛大に転んだ彼女へと近寄り声をかけると、おでこをぶつけたのか額をおさえ、泣きべそをかきながら彼女はゆっくりと体を起こす。


「痛いです~。」


 グスングスンと子供のように泣きわめいてしまっている彼女に俺は優しく声をかけた。


「あの、あんまり痛いようなら近くに治療できる場所がありますけど……。」


「うぅ~、連れてってください~。」


「立てますか?」


「足も挫いちゃって無理です~。」


「なら背負っていきますよ、乗ってください?」


 しゃがんで彼女に背中を差し出すと、彼女は何の抵抗もなく背中に乗ってきた。


「それじゃあ行きますね。」


「ありがとうございます~。」


 俺は彼女のことを背負って一先ず近くにあるギルドへと向かった。


 そしてギルドへと入ると、こちらに気がついたロベルタが駆け寄ってくる。


「カオルさん?その人は……。」


「えっと、目の前で転んで足を挫いちゃったみたいなんです。」


「そうだったんですか、ならこちらの医務室へどうぞ。」


 ロベルタに案内されて、ギルドの医務室へと彼女を担ぎ込んだ。


 彼女をベッドへと横にさせると、ロベルタが塗り薬と包帯を持って来てくれた。


「ちょっと見せてくださいね~。あらら……ちょっと擦りむいちゃってますね。」


 ロベルタは慣れた手つきで転んだ女性の足に薬を塗って、包帯を巻いていく。そして処置を完了するとこちらを向いて言った。


「後はこちらで預かりますね。多分すぐに歩けるようにはなると思います。」


「お願いします。それじゃあ俺はこれで。」


 そうして医務室を出ようとした俺は転んだ彼女に声をかけられた。


「あ、お兄さんありがとうございました!!」


「大丈夫ですよ。」


 一言お礼を告げてきた彼女に、、俺はそう言って医務室を後にした。


 そして酒場の方へと戻ると、ちょうど二階から降りてきたリルとばったりと出会ってしまった。


「ありゃ?キミ~こんな時間から来るなんて珍しいね?」


「目の前で怪我をした人がいたんで、連れてきたんですよ。」


「そういうことね。」


「アルマ様達は今日は何か依頼を受けてるんですか?」


「あ~魔王様達なら今日はキノコの森に行ってるよ。」


「キノコの森に?また?」


 確か前にキノコの森で異常発生した魔物を討伐したと思ったが……。


「いやね~、定期的にあそこでキノコの魔物が異常発生してるんだよ。火災が起きる前まではこんなこと無かったんだけどね~。」


「そうなんですね。」


 近頃俺はめっきり魔物討伐の依頼を受けてないからその辺の情報はわからなかった。


「ま、環境が変わると魔物もいろいろ変わるからね。あと何年かしたら落ち着くと思うよ。」


 彼女がそう言うのなら間違いはないだろう。


 今夜はもしかすると、キノコ料理を作ることになりそうだな。と、そんなことを思いながらギルドを後にしようとすると、リルが思い出したようにあることを告げてきた。


「あ、そうそう!!言うの忘れてたんだけど、キミのハンター証明書……そろそろ有効期限切れちゃうから何かしら適当な依頼受けてね~。」


「え?有効期限?」


「あれ、説明しなかったっけ?依頼を受けない期間が3ヶ月続くと、ハンター証明書が無効になるんだよ。」


「それは……聞いてなかったかもしれないですよ?」


「あはは~、だったらごめんね~。」


 リルはそう笑うと、胸元から一枚の紙を取り出してこちらへと渡してきた。


「これは?」


「忙しいキミにピッタリの依頼だよ。そろそろ聖夜祭が近いからね~。この周辺の魔物をある程度減らさないといけないんだ。そうしないとカーバンクルが怖がって来ないんだよ。」


 リルから手渡されたその依頼書は城下町周辺に生息している魔物の討伐依頼だった。


 記載されている魔物はどれもそこまで強くはない魔物だし……この後にでも時間を見つけてやっておくか。


「わかりました。じゃあ今日の夜にでもまた来ます。」


「うんうん、ありがとね。それじゃあ手続きはこっちでやっとくから。」


 そして聖夜祭の下準備のため魔物の討伐依頼を受けた俺は一先ず魔王城へ戻るのだった。

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