第262話 読心術


「……変な夢だったな。」


 朝起きた俺は夢の中で出会ったあの女性のことについて思い返していた。ナナシと呼べと言っていた彼女は俺の中にある龍の意識だと述べていたが……。

 

 仮にもし、あの夢の出来事が本当なら……俺は二重人格ということになる。だが、今のところそんな感じはしないしなぁ。


 結局俺はあれを夢という形で完結させ、特に考えることもなく普段の日常生活に戻る。


 朝起きて朝食を作っていると、ワイワイと話しながら厨房にはアルマ様たちが入ってきた。その中にはアリスの姿もあった。

 彼女に聞いた話だと、何やら改めて自分の城に仕えていた料理人の作る朝食を食べたところ喉を通らなかったのだという。さすがにその話を聞いたときには俺は思わず苦笑いを浮かべてしまった。


 かれこれあって普段の日常を取り戻した俺は、今日もナインたちと訓練に励むことになる。そこで俺はあのスキルを使ってみることにした。


(読心術オン。)


『読心術のスキルを発動します。』


 そして読心術のスキルを発動させたのだが……どうにもナインたちの心の声というのは伝わってこない。少し違和感を覚えながらも今日の訓練を終えた俺は彼女たちに問いかけた。


「なぁ、ナイン?」


「どうしましたかマスター?」


「俺読心術ってスキルを手に入れたんだが……そいつを使ってもナインたちの心の中が見えないんだ。」


「それはおそらく……ナインたち人造人間アンドロイドには心というものが存在していないからかと思われます。」


「心がない?」


「はい、基本的にナインたちは予めミラ博士に埋め込まれた行動データを基準に動いています。その中に心という要素はありませんので。」


「あぁ、なるほどな。」


「そのスキルはナインたち人造人間アンドロイド以外であれば通用するかと思いますよ。」


「ん~、少しでもナインたちの動きの先読みができればなぁ~って思ったんだが……残念だ。」


「いずれマスターにはスキルに頼らずとも、ナインたちを圧倒してもらう予定でいますのでどちらにせよ関係なかったかと。」


「ははは、簡単に言ってくれるな。」


 今でさえ、持っているスキルをフルに活用しても一対一で敵わないというのに……スキルなしで圧倒できるようになるまでこの訓練は続くのか。彼女たちが見据えている未来の俺の姿にたどり着くのはまだまだ先になりそうだな。


 そしてナインたちとの訓練を終えた俺が部屋へと戻る途中、たまたま厨房の中にいるソニアの姿を見つけた。相変わらずエンラのために料理を研究しているようだが……何かに苦戦しているようだ。

 それを放っておけず俺は彼女に声をかけた。


「何か悩み事かソニア?」


(あ、カオル……ちょうどいいところに。)


 声をかけて彼女がこちらを振り返る瞬間、彼女の心の声が聞こえてきたのだ。そういえばさっき読心術をオンにしたままにしていたのを忘れていた。まぁこれもスキルを試すいい機会だ、彼女の悩みの種を取り除いてやるとしようか。


「あ、カオルいいところに来てくれたわ。実はエンラ様がカオルの持ってた本を見て……これが食べたいって。」


 そう言って彼女が見せてきたのは俺が日本にいたときに買っていた洋菓子の本の一ページだった。


「エンラのやつまた俺の部屋に勝手に入ったのか。」


 近頃ラピスと言いエンラと言い……俺がいない隙を見計らって俺の部屋に出入りしているようなのだ。その度に何かしら俺の私物が無くなっている。だいたい少し時間を置くと自然に元あった場所に返されているし、特に持っていかれて困る物を持っていかれているわけでもないから文句を言うつもりはないのだが……。

 まぁ一声ぐらいは欲しいよな。


 ま、それはひとまず置いといて……だ。


「なになに……あぁこれは。」


 ソニアにエンラが食べたいと言っていたお菓子について伝えていると、たびたび彼女の心の声が伝わってくる。


(ふぅ~ん、そういうことだったのね。これはあれとかと同じ感じでできそうね。それにしてもカオルってなんでこの意味不明な文字が読めるのかしら?ヒュマノの言葉でもないし、魔族の言葉でもない、はたまたエルフの言葉でもないし……。)


 彼女の疑問はごもっともだな。その本に書いてある言語はこの国の言葉ではないし……。


「後でこの本を翻訳しとくよ。その方がわかりやすいだろ?」


「え、いいの?」


「あぁ、ようやく時間がとれそうだからな。時間のあるうちにやっとくよ。」


 そして俺はソニアにある程度教えた後、読心術のスキルをオフにして自室へと向かうのだった。

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