第229話 東の魔女ペル


 俺はお酒を飲みながらも、今回の目的だった情報収集に励むことにした。


「そう言えばリルさん、ヒュマノの件は何か進展はありました?」


「ん~?残念だけどな~んにも。だってこっちが問い詰めたらあいつら黙りこくっちゃってさ~。何にもわからず終い。」


「そうですか。」


 まぁ大方予想通りだな。禁忌を犯してるのか?って聞かれて「はい。」と答えるやつはいないだろう。


「まぁでも、カオルの言ってた人間を魔物へと変化させるって薬は大きな手がかりになったよ。んね?カーラ。」


「あぁ、アタシの知ってる限りそんな物騒でとんでもない効果を持ってる薬を作れるのは。」


「東の魔女?たしか……薬を作ってるんでしたっけ?」


「その通り、ペルの薬を作る魔法は薬を作るのに長けているエルフをも凌ぐ。その腕のお陰である程度の名声はあるが……裏の顔は自分の求めている効果の薬を作るためならば、どんな犠牲でも払うイカれたヤツさ。」


「そのペル……って魔女であれば人間を魔物に変える薬も?」


「あぁ、材料さえあれば作れるはずだ。とは言ってもその材料がなんなのかはわかんないけどね。」


「人間を魔物に変えるぐらいだから余程貴重な材料が必要なんだろうけどさ。でも、今回話を聞いた限り……完全にその魔物に変異してしまった人間達は捨てゴマみたいな感じだったからね~。どうなんだろ、量産みたいなのができるんじゃない?」


「もしそうだとしたら……とんでもないことさ。やる気になればヒュマノに住んでいる人間全てを魔物に変えることだってできる。」


「そんなことが起こったら平和条約なんてあってないようなもんだね。」


 カーラとリルがそんな会話をしている最中、俺は魔王城にドリス達が襲撃に来た時のことを思い返していた。


 ドリスは前回ナインに封印された筈の炎の剣を扱っていた。それはスカイフォレストで対面した時と変わっていない。

 問題はエミルという白衣の女性の方だ。彼女は俺達と戦う前に何か薬のようなものを飲んでいた……あれはそのペルという東の魔女と何か関係はないだろうか?


「この前魔王城を襲ってきた二人組の一人が、魔力を増幅させる薬みたいなのを使っていたんですけど、それはそのペルって魔女と何か関係ないですかね?」


 俺がそう問いかけると、カーラは少し悩みながら口を開く。


「一概に無い……とは言えないけど、一時的に魔力を増幅させる薬なんてけっこう出回ってるからねぇ。」


「断定はできない……ってことですか。エンラは何か……。」


「ワタシはドリスと一緒に行動してただけ。それにエミルとは一回だけ顔合わせしただけなのよね。」


「そうか。」


「でも、エミルには師匠って存在がいるっていうのは知ってるわ。一回も顔見たことないけど。」


「師匠?そういえば……なんかそんなこと言ってたような。」


 でも、エンラもその顔を知らないってなると結局わからず終いだな。

 

「師匠ねぇ、ペルのやつに弟子なんていないと思うけど。」


「それはどうしてです?」


「まぁ、ペルも弟子はとるにはとるのさ。でもだいたいのやつはアイツの実験台にされてこの世からおさらばしてる。」


「実験台……。」


「言っただろ?イカれてるって、ペルは自分の弟子すらも薬の実験台としか思ってないのさ。」


 とんでもない魔女だな。確か、彼女の話を聞いた感じだと西の魔女もヤバいって聞いたな。南の魔女は……まぁ一度相対したが、そんなに悪そうなヤツではなかった。そうなると、魔女のなかでマトモなのはカーラと南の魔女……この二人だけなのかもしれない。


「そう……なんですね。」


 カーラの言葉に納得しながらも俺はお酒を口に含む。そしてチラリと横に目を向けると、そこには既に酔いが回って眠りこけているエンラの姿があった。


「あらら、エンラちゃんもラピスちゃんと同じであんまりお酒には強くないみたいだね~。」


「まぁ、初めてお酒を飲んだみたいですから。じゃあ、エンラも酔いつぶれちゃったんで今日のところはこれで失礼します。」


「うん、気をつけて帰るんだよ~。」


「またねカオル。」


 二人に別れを告げた後、俺はエンラのことを背中に背負うと、ギルドを後にした。


 そして魔王城へと帰っている途中、俺の背中で幸せそうに眠っているエンラのことを見て既視感を覚えた。


「たしかラピスも初めて酒を飲んだときはこんな感じだったな。」


 ま、初めて酒ってのを飲んだときは加減がわからずにつぶれるのは仕方がないだろう。

 そんなことを思いながらも、魔王城の中へと戻りエンラの部屋に入ると、彼女をベッドに寝かせた。

 すると、寝言で彼女がポツリと呟く。


「カオル~、ありがと。」


 寝言でもお礼を言われると悪い気分じゃないな。


「風邪を引かないように寝るんだぞ。」


 俺はそう言って彼女の上から毛布をかけると、ゆっくりと部屋を出た。


 ちなみに次の日エンラは酔っ払ったせいもあってか寝坊し、ナインとスリーに無表情でお説教をされていた。

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