第228話 エンラと夜のギルドへ


 俺が魔王城に戻ってから数日経って、ようやくいつもの日常に戻ってきたような心地になった。あれだけ落ち込んでたエンラもラピスと喧嘩するぐらいには気分も回復してきている。


 ヒュマノとエルフの騒動はどうなったかというと、正式にこちらからヒュマノへと書状を送ることになった。エルフの領地への侵略行為は平和条約に反するという旨をジャックは手紙に書いて送った。


 まぁ、手紙一つで解決できるほどヒュマノの奴等は素直じゃないってのはジャックもわかっていたようで、リルに協力を仰ぎ常にエルフの集落へと魔物ハンターを何人か常駐させることになったようだ。これで一先ず様子見をするらしい。

 だが、それだけでは不安要素があるということで、カーラがエルフの集落とギルドとを繋ぐ転移魔法陣を設置し、有事の際にはすぐに応援に行けるようにした。


 一先ず今現状できる対策はこれぐらいらしい。


 エルフで確保したあの指揮官は知っている情報を抜き取るだけ抜き取った後、ヒュマノへと魔法で送り届けたらしいが……その後はわからない。


 まぁ、ヒュマノのせいで色々と忙しかったが今ようやく落ち着いてきたところだ。


 そして今日、一日の仕事を終えた俺は久しぶりにギルドへと足を運ぼうとしていた。すると、城門を出ようとしたところで後ろから誰かが走ってくる音が聞こえた。


「ちょっと~!!待ちなさいよ!!」


「ん?」


 振り返ると、そこには風呂上がりでまだ少し髪の毛が湿っているエンラがいた。


「こんな夜中にどこに行くのよ?」


「ちょっとギルドにな。」


「ギルド?こんな夜中に魔物でも討伐しに行くの?」


「いや、情報収集がてらちょっと飲みに行くだけさ。」


「ふーん?飲むってお酒?」


「まぁ、そうなるな。」


「一人で飲むって寂しいじゃない。ワタシが一緒に行ってあげるわよ。」


「い、いや一人ではないんだが……。」


「いいから行くわよ!!ほら!!」


「おぉい!?ちょっと!!」


 エンラに強引に引きずられ、俺はギルドへと共に向かうことになった。そしてエンラがギルドの扉を開けると、そこにはいつもの面々であるリルとカーラの姿があった。


「あ、久しぶりだねキミ~……ってその女の人は……誰?」


「何?アンタ達カオルの知り合い?」


「まぁ、そうなるかな~。私はリル、カオル君のお酒仲間だよ~。」


「アタシはカーラ、リルと同じでカオルの……飲み仲間さ。」


「ふーん、なるほどね。じゃあカオルはこの二人とお酒飲むためにここに来たって訳?」


「まぁそういうこと……だな。」


 俺が頷くと、エンラは隣の席から椅子を一つ持ってきてリルとカーラのいるテーブルに座った。すると、彼女はなぜか俺のことをぐいっと抱き寄せながら二人に自己紹介を始めた。


「アタシはエンラ。ここにある大きなお城でメイドってやつをやってるわ。」


「メイド?ジャックのやつまた新しいメイド雇ったのかい?」


「そういうことです。」


「まぁ、魔王城は広いし部屋もたくさんあるからね~。たくさんメイドさんを雇っても不思議じゃないね。」


 一通り自己紹介を終えると、リルはエンラに向かって問いかけた。


「エンラちゃん、お酒は飲めるの?」


「飲んだこと無いわ。でもなんか気分が上がる飲み物ってことは知ってる。」


「じゃあ今日がお酒デビューなんだね!!きっと気に入ってくれると思うな~。ラピスちゃんも気に入ってくれたし。」


「ラピスのこと知ってるの?」


「うん、ちょくちょくカオル君と飲みに来るよ?たまに一人でも来るしね。」


「はは~ん、ラピスのやつ……夜遅くにこそこそ出掛けてたのはそういうことだったの。」


「ん?エンラちゃんラピスちゃんと仲いいの?」


「まぁ同じ龍だからね。ラピスとは長い付き合いよ?」


「「えぇっ!?」」


「その見た目で龍……なのかい!?」


「まぁ、人間の見た目に変化させてるからね。」


 そう語るエンラに、ふとリルがあることに気がつく。


「……もしかしてだけどこの前飛んできた龍って……エンラ?」


「あ、そうそうそれワタシ。」


「はぁ~……やっぱりそうだったんだね。」


 やれやれといった様子でリルはお酒を口に含む。


「大変だったんだよ?も~ギルドにいる人員総動員で警戒にあたってさ~?私もお酒飲む暇なく働いたんだから。気を付けてよね~。」


「な、なんかごめんなさい。」


「ま、謝罪する気持ちがあるなら~……私にお酒奢ってよ。」


「ワタシまだ今月の給料もらってないんだけど……。」


「リルさんそのぶんは俺が払いますよ。」


「おっ!!気前良いねぇ~、じゃあ今日はたくさん飲もっかな~!!」


 そしてリルはお酒をどんどん追加していく。


「ま、エンラも飲みすぎない程度に飲んでみるといいさ。まぁ、最初はこういうのからがおすすめだな。」


 俺はエンラにアルコール度数の低い果実酒を炭酸水で割ったものを差し出した。


「ありがと。飲んでみるわ。」


 俺にそう促されると、エンラはあたかもジュースを飲むかのようにそれをイッキ飲みしてしまう。


 そしてほぅ……と息を吐き出すと同時に彼女の口から小さな炎が吐き出される。


「わぁっ!?ビックリしたぁ……。何で口から火!?」


「そりゃあワタシは焔を支配する龍だもの。まぁ、今のはちょっと暴発しちゃったけど……。まぁまぁ気にしないで?お酒飲みましょ?」


 そしてエンラという新しい飲み仲間を加え、ギルドでの酒席が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る