第218話 エンラの決断
エンラ達が魔王城でメイドとして働き始めてちょうど1ヶ月が経過した。
彼女達の様子はというと、エンラは毎日のようにラピスにこき使われている。ラピス曰く、同じ五老龍を召し使いにするのが楽しいらしい。なかなかサディスティックな思考だが、ラピスらしいといえばラピスらしい。
一方ソニアはというと、俺に弟子入りした頃と比べるとかなり料理の腕は上がっていた。包丁の扱いも見ていて危なっかしくなくなったし、少し手の込んだ料理も作れるようになった。
今では自分の主人であるエンラにお弁当を作っては感想を聞いている。それでエンラが美味しいと言って笑顔を浮かべてくれると何よりも報われるのだとか……。
そして二人が働き始めて1ヶ月という月日が経ったという今日この日……二人はジャックに呼び出されていた。
「お二方とも1ヶ月ご苦労様でした。」
「あら、もうそんなに時間が経っていたのかしら。ラピスに散々こき使われたせいで時間感覚が狂っちゃってたわ。」
「ホッホッホ、時間の流れというのは速いものですよ。」
にこりとジャックは笑いながら、二人に一枚の紙を手渡した。
「こちらをどうぞ。」
「なにこれ?」
「お二方が本日まで業務に励んだことで無事お金の返済が終了しましたので、その証明書になります。」
「……ってことは、もうここで働く必要はないってこと?」
「そうですな。もうお二方をここに縛り付けるものはなにもありません。」
ジャックにそう告げられると、エンラとソニアは意外にも少し残念そうな表情を浮かべる。そして自分の従者であるソニアがそんな表情を浮かべていたのを目の当たりにしたエンラはジャックへと問いかけた。
「ねぇ、ジャック?」
「なんでしょう?」
「ワタシ達の意思でここに残るって言ったら……どうするかしら?」
「おやおや、なるほど……。」
すると、ジャックはまるでそう問いかけられるのがわかっていたかのように、胸元から今度はまた別な紙を取り出した。
「こちらはこのお城で貢献することを条件に住み込みを許可するという誓約書になります。こちらに名前を書いて頂ければ…………。」
ジャックが話している最中に、エンラはそれを彼から奪い取ると自分の名前とソニアの名前をスラスラと記入してジャックへと手渡した。
「まどろっこしい説明は要らないわ。つまり、今まで通りワタシ達がメイドとしてここで働けば、ここに住むことを許してくれるってわけよね?」
「そういうことになりますな。それに加えて、今度からはお二方の働きに応じてお給料もこちらから出させて頂きます。」
「じゃ、尚更条件がいいじゃない。ねぇソニア?」
「は、はいっ!!」
「ホッホッホ、ではこちらの誓約書は私がお預かり致しましょう。それでは今後ともお二人のご活躍を期待しております。」
「ってことで、今後エンラ様が満足するまでここに住むことになったから。」
厨房へと突然入り込んできたソニアに一連の流れを聞いた俺は思わず苦笑いを浮かべる。
「はは、てっきり窓ガラスの修理代を稼いだら行ってしまうものだと思ってたよ。」
「私だってエンラ様はそうすると思ってたわ。でも、多分……ここの暮らしがすごく充実していたからエンラ様は残る決断をしたんじゃないかしら。」
「充実していたから……か。ちなみにもし帰っていたとしたら1日のサイクルってどんな感じなんだ?」
「食べて寝るの繰り返しよ。たまにエンラ様が用事があるときはどこかに飛んでいったりするけど。」
「なるほど。ここに来る前のラピスとたいして変わらなさそうだな。」
「龍なんてみんなそんなもんだと思うわよ?」
「そうか。」
話を聞いて納得した俺は、収納袋から木箱を一つ取り出してソニアの前に置いた。
「なぁにこれ?」
「いや、俺はてっきり今日で帰るもんだと思ってたからさ。1ヶ月頑張って料理を学ぼうとしてたソニアにこれを持っていってもらおうと思ったんだが……。ま、開けてみてくれ。」
ソニアはその木箱を開けると、その中には一本の包丁が入っていた。その刀身には
こいつは俺が少し前に剣を譲ってもらったあの武器屋の店主に頼んで造ってもらった包丁だ。
ソニアはそれを手に取ると目を輝かせながら俺の方を向いた。
「こ、これもらってもいいの!?」
「あぁ、使ってくれ。ただし、手入れはしっかりするんだぞ?」
「わかってるわ!!ありがとうカオル!!」
初めてできた弟子への贈り物だ。願わくば、彼女の相棒になって末永く使って欲しいものだな。
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