第217話 ソニアの弟子入り
エンラとソニアが魔王城のメイドになって数日が経過した。呑み込みが早い彼女たちは仕事にもすぐに慣れてきていたが、ナインとスリー曰くまだまだ甘いらしい。
今日も彼女たちがメイドの業務に励んでいる最中、暇な時間になったソニアが俺のもとを訪ねてきた。
「ちょっといいかしら。」
「ん?」
突然俺の部屋を訪ねてきた彼女。用件も言わずにずかずかと俺の部屋に入ってくるとソファーに腰掛けながら俺にある頼みごとをしてきた。
「あんた私にその、料理ってやつ教えなさいよ。」
「料理をか?」
「私だってエンラ様を喜ばせたいし……この生活が長く続かないこともわかってる。だからあんたと一緒にいるうちに料理ってやつを教えてほしいのよ。」
「なるほどな。」
正直な話、こういう話が飛んでくるであろうことは彼女の態度でわかっていた。それに彼女がこの生活が長く続かないと言っているのも間違ってはいない。あくまでも彼女たちは大浴場の窓ガラスの修繕費を払うためにここで働いている。だが、二人で働けば収入は2倍……つまりエンラ一人で働くよりも2倍の効率で返済が終わってしまうということである。
「別に教えてもいいけど……短期間で覚えるのは難しいぞ?」
「そんなのわかってるわよ。でも私は毎日エンラ様が喜んでる顔が見たいの。だから教えて頂戴!!」
強い口調で話しながらソニアは俺へと詰め寄ってくる。ここで何と言ったとしても諦めそうには無いかな。まぁでもこんなにやる気があるならこっちもそれ相応に答えてやらないといけないな。
「わかった。」
俺が一つ頷くと彼女は少しうれしそうな表情を浮かべる。
「ホント!?」
「あぁ、だがわかっている通りそんなに時間はない。スパルタで行くからそのつもりでな。」
「ふふん!!私を舐めないでもらいたいわ、これでもエンラ様の従者になるためにどんなつらいことをやってのけてきたのよ?」
「ま、そんなに根性に自信があるなら大丈夫か。ほんじゃもう早速厨房に行くぞ。」
「こんな時間に?まだ夕食の時間には早くないかしら?」
「夕食の仕込みを手伝えるように、今から基本の基ってやつをできるようになってもらわないとな。」
そして俺はソニアを連れて厨房へと足を運ぶと、まず彼女に包丁を一本手渡した。
「これ包丁な。」
「小さい刃物ね。こんなのじゃ弱い魔物を倒すのにも心許ないんじゃないかしら?」
「包丁は武器じゃなくて調理器具だ。誰かを傷つけるためにあるものじゃない。」
「ふ~ん。で、これで何をすればいいのよ?」
そう問いかけてきた彼女の目の前に俺は様々な種類の野菜を並べる。
「今から料理をするときに必要な何かを
「何かを切るっ……て簡単じゃない。これをこうすれば……。」
おもむろに彼女は目に前にある野菜から一つを手に取りまな板の上に置くと、包丁を振り上げ、叩きつけるようにしてその野菜を真っ二つにしてしまう。そしてこちらを向くと彼女はドヤ顔を浮かべていた。
「ほら、簡単じゃない。」
「ま、それも確かに切るって動作には変わり無い。だが、そんなに大きく振りかぶって包丁を叩きつけてたら、細かい作業ができないぞ?例えば……。」
俺は先ほどソニアが真っ二つにした玉ねぎを手に取ると、皮を剥いて極薄にスライスしていく。その途中で俺は様子を眺めている彼女に声をかける
「わかるか?包丁は野菜の高さまでしか上げてないだろ?」
「そうね、でもそれでよく自分の手を切ったりしないわね?めちゃくちゃ危なそうに見えるんだけど……。」
「包丁を自分の手よりも上に上げたら手を切る。逆に常に自分の手よりも下に包丁を当ててれば手を切ることはない。」
そして俺は彼女の目の前で玉ねぎをスライスし終えると、残ったもう半分の玉ねぎを指差した。
「それ、俺がやったみたいにできるか?」
「で、できるわよ!!」
すると、彼女はおぼつかない手つきで玉ねぎの皮を剥き、少し緊張した表情を浮かべながら包丁を構える。
「それだと手を切るぞ。こうするんだ。」
俺は彼女の両手を支えると、包丁を持っていない方の手は俗に言う
「これが基本的な包丁の構え方。んで、切るものの押さえ方だ。これで包丁を真下に叩きつけるんじゃなく、前に押すように動かすんだ。」
「こ、こう?」
ソニアは包丁が手に触れていることに少し緊張しながらも、俺が言ったように包丁を動かして玉ねぎを切った。
「あ、切れた……。」
「全然力は要らないだろ?野菜なんて料理をするときにはたくさん切る。それに力を使ってたら疲れるし、危ない。だから今教えた切り方を徹底的に身に付けるんだ。」
「わかったわ。」
それからいろんな野菜をソニアに切らせてみたが……案外飲み込みは早く、一時間もやらせてみればまぁまぁ包丁を扱えるようになっていた。
(包丁の扱い方はまぁまぁ様になってきたな。これだけ飲み込みが早いなら案外すぐに一人で料理できるようになるかも……な。)
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