第198話 世界樹の果実のお酒


 スキルの隠密を使用して影を薄くしながら、俺は三人の会話に聞き耳をたてた。すると、まず口を開いたのはクリスタだった。


「相も変わらずここでお酒を嗜んでいるところを見ると……リル、貴女まだ独り身なのですね?」


「クリスタには言われたくないなぁ~、キミだってそうでしょ?」


「フフフ、否定はできませんね。それと、カーラ……昔は他人と関わるのが嫌だとか言っていましたが、今は外に出るようになったのですね。」


「いつの話をしてんだい?それに最後にあんたと会ったのは100年以上前だ。100年あれば心ぐらい変わるもんだろ。」


「さぁ、どうでしょうかね?貴女の場合……何かきっかけがあったのでは?」


「……っ。相変わらず人の心を読んでくるじゃないか。」


「フフフ、これがわたくしの力ですから。」


 リルとカーラが表情を歪める最中、クリスタだけは笑みを崩さない。すると彼女はおもむろに腰につけていた小さなカバンに手を入れるとテーブルの上に黄色い液体の入った小瓶を四つ置いた。


「まぁまぁそんなにわたくしのことを邪険にせず、今はお酒の席でしょう?せっかくですからリルの好きそうなお酒も持ってきましたよ。」


「まったく、そういう準備はホントいいんだよねキミさ。」


「フフフ、要りませんでしたか?」


「いや貰う~、これ世界樹の果実で造ったお酒でしょ?」


「さすが昔からお酒には詳しいですね。その通りですよ。」


「世界樹の果実から造った酒って……どんだけ貴重なもん持ってきてんだい。」


「フフフ、世界樹の果実はわたくし達エルフだけでは使いきれませんから。」


「ならこっちに売りに来ればいいじゃないかい。世界樹の果実なんてアタシからすれば貴重な素材になるんだがねぇ。」


「残念ですが、世界樹の果実を集落の外に持ち出すことはエルフの中では禁忌とされていますから。こうした加工品で我慢してください。このお酒でも十分なほど世界樹の果実のエキスを濃縮しているのですから、滋養強壮に美容効果、さらには傷ついた魔力の源泉の回復……言い出したらきりがないほどの効果があるのです。」


 エルフという種族の中での禁忌は世界樹の果実をそのままの状態で外に持ち出すことなのか。まぁ、この小瓶に入った少量の液体に説明しきれないほどいろんな効果があるっていうだけで、その世界樹の果実がどれだけすごいものなのかがわかる。それに俺はメアが世界樹の果実から造られた薬を飲んで大きくなった瞬間を目の当たりにしている。

 

 多分、果実が実るということはおそらく種がある。それが世間に流れれば……あちこちで世界樹を育てることが可能になってしまう。それを防ぐためにもエルフは世界樹の果実を種がある状態で外に持ち出さないようにしているのだろうな。


 と、一人でそんな風に解釈しているとリルがその世界樹の果実から造られたお酒の入った小瓶を手に取った。


「ま、私はそんな効果諸々よりもこれがどんな味かってのが一番気になるところだね~。」


「フフフ、とても酒精が強いですから飲むときは少しずつ飲むんですよ?」


「ふ~ん?」


 そう忠告を受けたリルは小瓶の蓋を開けるとそのお酒を少し口に含んだ。すると次の瞬間、彼女は目を大きく見開いた。


「んむっ!?」


「だから言ったでしょう?とても酒精が強いお酒だと……。」


 軽く悶絶するリルの前で彼女もそれを口に含んだ。しかし飲み慣れているのか、彼女はすがすがしい顔でそれを飲み下した。

 すると、彼女は俺とカーラに向かって言った。


「お二人も是非どうぞ?」


「ん、じゃあ遠慮なく頂くよ。」


「ありがとうございます。」


 俺とカーラは小瓶の蓋を開けると、彼女の忠告通り少量を口に含んだ。しかしそれでも口に含んだ瞬間に襲い掛かってきたのはまるでとんでもなくアルコール度数の強いウォッカを飲んだ時のようなとんでもないアルコールの刺激だった。しかしその後には爽やかな何とも言えない柑橘系のような果実の香りが口いっぱいに広がる。それにごまかされて口の中に含んでいたそれを飲み干すと、液体が通った後の喉がカァ~ッと熱くなる。


「っはぁ~……これはなかなかあっつくなるお酒。でも美味しいね。」


「美味しいけど、ちょっとアタシには強いねぇ。」


 リルとカーラがそう感想を述べていると、クリスタが俺に問いかけてきた。


「カオルはどうでしたか?」


「美味しいと思いますよ。強いお酒が好きな人はすごく好きになれると思います。飲んだ時に口に広がる柑橘系の香りも強いお酒を飲みやすくしてくれていていいですね。」


「ほぇ~……さっすがアルマ様お抱えの料理人だね。感想が一流。」


「リルとは大違いですね?」


「うるさいなぁ~、普通の人は美味しいか美味しくないかって感想しか出てこないよ!!美味しけりゃあいいんだもん!!」


「フフフ、まぁそうですね。」


 リルたちがそんな会話をしていると、突然俺の視界がぐらりと揺らいだ。


「あ……ぇ。」


「あ、あれ?き、キミ?大丈夫かい?」


「あぁ!!わたくしとしたことが、すっかり忘れていました。このお酒は殿方には…………。」


 少し焦った様子のクリスタの言葉が途中で途切れ、おれの意識は一瞬で闇の中へと沈んでいった。

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