第190話 クリスタ来訪


 もにゅん……。


 明朝、外で鳥の声が聞こえてきた頃突如として俺の顔を柔らかい何かが押し潰した。


「んぶっ!?」


「フフフ、おはようございます♪」


 思わず飛び起きると、俺の体の上にクリスタの姿があった。


「なっ、なな……いつの間に!?」


「言っていませんでしたが、そのペンダントの紋様は魔法陣になっているんですよ?わたくしのみが使える簡易移動魔法の魔法陣なんです。」


 クスクスと彼女は困惑する俺の体の上で悪戯に笑う。


「それに、わたくしは言いましたよね?お会いしましょう……とね。」


「その近々ってのがまさかだとは思いませんよ!?」


「フフフ、思い立ったらすぐ行動がわたくしの座右の銘ですから。それに、こういう風に驚いた顔を見るのがわたくしは大好きなのです。」


 ツン……と彼女は俺の頬を人差し指で突っついた。


「特に貴方のようにうぶな反応を見るのは良いものです。」


 そして彼女は俺の体の上から降りた。


「さてと、それでは早速……ジャックのもとへ案内してもらえますか?」


「あ、わかりました。」


 急いで寝癖を直して、彼女と共に部屋を出た俺はジャックの部屋へと向かう。

 そして俺が部屋をノックしようとすると、クリスタはノックする前に部屋の扉をガチャリと開け放つ。


「むっ!?」


「フフフ、久しぶりですねジャック?」


「く、クリスタ!?何故ここに!?」


 突然のクリスタの登場に、ジャックも思わず驚いている。


「魔王の顔を拝見するついでに貴方の顔も見ておこうと思いましてね。……それにしても、ずいぶん老けたようですね?」


 ジャックの顔をまじまじと眺めながらクリスタは言った。そんな彼女にジャックは少し呆れながら口にする。


「エルフと獣人を一緒にするものではありませんよクリスタ……。エルフは不老不死に近い存在ですが、私のような獣人は不老ではないのですから。」


「フフフ、それもそうでしたね。後で若返りの薬でも持ってきましょうか?」


「いいえ、私は今のこの姿で満足しておりますから結構です。」


「それは残念、昔の活気ある貴方の姿も見たかったのですがね……。」


 そう言うクリスタは然程残念そうではなさそうだ。恐らくジャックがそう言うことはわかっていたのだろう。


「さてジャック、魔王のもとへと案内してもらえますか?」


「もちろんです。どうぞこちらへ。」


 そして俺はクリスタと共にアルマ様のもとへと向かう。アルマ様の部屋の前へとたどり着くと、中からアルマ様の声の他に、カナンとメアの声も聞こえてきた。


「こちらですクリスタ。」


「…………魔王の他にも誰かいるようですが。」


「今は恐らくカナン様とメア様と遊んでおられるのでしょう。」


「幻獣様は昨日お姿を拝見しましたからわかりますが、カナンとはいったい誰なのです?」


「人間の勇者ですよ。」


「はい!?」


 流石のクリスタも魔王と容赦が一緒に仲良く遊んでいるとは思っていなかったようだ。彼女らしからぬ驚いた表情を浮かべている。


「な、なぜ人間の勇者と魔王が一緒に!?」


「ホッホッホ、驚くのも無理はありませんな。まぁ、こうなるまでには色々な事があったのですよ。」


「……。その経緯についてはまた後程ゆっくりと話してもらいましょうか。でも、ジャック……貴方よりもカオルの方がこの事については知っているようですね。」


 チラリとクリスタはこちらの方に顔を向けてきた。


 クリスタの言葉にジャックは頷く。


「流石、のクリスタの通り名は未だ健在のようで。」


「フフフ、この力は昔よりも冴え渡っていますよ?今では貴方の心の奥も見えます。」


 クリスタはジャックの胸の中心を人差し指で突っつく。そして彼の耳元で囁いた。


「ずいぶん色んな方と遊んだようですねジャック?」


「むぅっ!?」


「その事についても……後で貴方の口から聞かせてもらいましょうか……ねぇ?ジャック?」


 その時悪戯っぽくではなく、冷徹に笑うクリスタはどこか異様な雰囲気を纏っていた。その雰囲気に思わずジャックの顔から冷や汗が伝う。


「フフフ、心の声に正直に答えてくださいねジャック?フフフフフ♪」


 そう笑うクリスタの横にいたジャックの表情は今までに見たことがないほど凍りついていた。


 この瞬間……俺は彼女の恐ろしさを片鱗を見せられたような気がした。


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