第172話 水の狩人の扱い方


 水中での抵抗を無視するかのように放たれる三又の槍を紙一重で避けると、俺は槍の柄を掴んでおっさん人魚を此方へと引き寄せる。

 そして顔面に向かって思い切り拳を振り抜いた。しかし、ヤツは即座に槍を手放すと身を翻して目の前から姿を消した。


(意外とアッサリ武器を手放したな。ならこいつはありがたく使わせて貰うか。)


 おっさん人魚から奪った三又の槍を構えると、再びヤツが目の前に現れる。


(今度はこっちから行くぞっ!!)


 足に力を籠めて床を蹴ると、地上にいるときと同じように体が動き、一気におっさん人魚へと詰め寄ることができた。体の推進力に合わせて手にしていた槍を力任せに突く。しかし、流石に水の中はヤツの土俵……素人の扱う槍なんかには当たらないと言わんばかりに軽々と避けられた。


(クソ……こういう武器ってのは慣れてないんだよな。)


 今まで武器を持って戦うという場面がほぼ無かった。特に槍なんて今までの人生で一度も使ったことなんてない。こうして使ってみると剣とかよりもよっぽど難しく感じるな。リーチこそ長いが、慣れていないせいで先端がぶれてしまい正確な狙いを定めた攻撃ができない。


 こういうのは慣れてから使うものだな。


 そう思った俺は槍を槍投げをするときのように持つと、おっさん人魚へと向かって投げつけた。すると、俺の手から離れたものは水の抵抗を受けるらしく、槍はどんどん速度を落として最終的にはおっさん人魚がパシッと掴んでしまった。


(なるほどな。だんだんこのアーティファクトの性能が紐解けてきたぞ。)


 水の抵抗を受け無くなるのは俺の体に触れているもののみ。まぁ俺の手から離れているものにも干渉できたらとんでもない性能だが……。


(さて、後こいつは何ができるんだ?)


 そう思った刹那、急に息が苦しくなってきた。


「ごぶっ!!」


 そうだった、この水の狩人というアーティファクトは水の中で自由自在に動けるというだけで、呼吸まで可能にする代物じゃない。急いで上に行って呼吸しないと溺死する。


 床を蹴って上に上がろうとするが、たった一回ジャンプしただけでは水面に届かない。ある程度のところまで行くとまた沈んでいってしまう。


(クソッ……届かない!!自由自在に動けるんじゃなかったのかよ!?…………ん??)


 自由自在に動けるのなら……。もしこのアーティファクトが本当に水の中で自由に動けるのなら……やれるはずだ。


(二段ジャンプっ!!)


 俺は沈みかけていたその場所でもう一度ジャンプしようとすると、突然まるで足元に足場ができたかのように足が硬い何かを蹴った。

 そして一気に水面へと浮上することができた。


「ぷはっ!!はぁ……はぁ。なるほどな。自由自在って本当にそういうことなのか。」


 ようやくこのアーティファクトのことを理解してきたぞ。


 俺は大きく息を吸うと再び下へと沈んでいく。そしてその途中、止まれと強く念じた。すると、底につく前に、見えない足場のようなものに足がついた。


(思った通りだ。これは水の中で足場を自由自在に作ることができる。これなら……ヤツの動きにも対応できる。)


 そしてまた一つこの水の狩人の性能を紐解いたところで、おっさん人魚がこちらに向かって槍を構えながら泳いでくる。


(さて、ようやく同じ舞台に立ったんだ。本気で行くぞ!!)


 鋭い突きを避けておっさん人魚へと距離を詰めると、案の定ヤツは俺から離れようと下半身の魚の部分を動かして泳ぎ始める。


 しかし俺は水中に自由自在に足場を作りながらヤツを追い詰め、そして絶対に躱せないであろう超至近距離に詰め寄ると右手に装備していた魔神の腕輪に今ある魔力を全て籠めた。


(喰らえっ!!)


 そうして拳を振るうと同時に俺の込めた魔力に応じて強力になった雷撃がおっさん人魚にヒットする。籠められた膨大な魔力に応じて膨らみあがった強力な雷撃はヤツの体だけでは収まりきらなかったようでこの部屋全体にバチバチと稲妻が走る。

 雷撃が収まると、黒焦げになったおっさん人魚は力なく水の底へと沈みながら青い光となって俺の体に吸収されていった。それと同時に部屋の中に満たされていた水が一気に引いていく。


 完全に水が引いて、地に足をつけた俺は一つ大きく息を吐き出した。


「ふぅ~……。」


 手ごわい相手だった。水の狩人がなければまず勝ち目はなかっただろう。そう殺気の戦いを振り返っていると後ろから声をかけられた。


「お疲れさまでしたマスター。」


「あぁ、スリーか…………ってお、おいっ!?」


「……??どうかしましたかマスター?」


「どうかしましたかじゃないっ!!服っ!!」


 いつの間にかスリーのメイド服が焼けこげ、今にも大事なところが見えそうになっていたのだ。しかしそんな事お構いなしに彼女は告げた。


「服……あぁ先ほどのマスターが放った雷撃で少々焦げてしまったようですね。」


「い、いやちょっとは恥じらいを……。」


 とにかく俺の予備の服を一枚彼女には来てもらいその場を収めることには成功した。


 




 

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