第128話 過去の出来事


「以前カオル様が来る前……このお城には私と魔王様の他に住人がおりました。」


「それが……。」


「はい、カオル様が来る前までここで魔王様に料理を作っていた人物です。彼は先代の魔王様がご存命のころからここで魔王様に捧げる料理を作る仕事をしておりました。」


「でも、どうして先代のころから働いていたのなら……アルマ様の代になって急にその仕事を辞めたんですか?」


「その理由は私も深くは知りません。ですが、先代の魔王様が亡くなってからというものの、彼はまるで人が変わったようでした。そして彼の様子に異変を感じ始めていたころ……彼は忽然とここから姿を消してしまったのです。……。」


 なるほど、通りでおかしいと思ったんだ。俺の前に料理を作っていた前任者がいたのなら、その話題をアルマ様が話してもおかしいことではない。それよか、本来ならば口にしているのが普通なはずなんだ。


「やっと合点がいきましたよ。そういうことだったんですか、今までアルマ様が前の人の話を一切口に出さなかったのは。」


「はい。」


「それで……なんでまたずっとここで仕えてた人が俺の……いや、アルマ様の成長の邪魔を?」


「それは私にもわかりません。実際に戦ったとき、何かわかるようなことを彼は言っていませんでしたか?」


「…………。」


 俺はあの男と対面したときのことを思い返し、それらしい言動がなかったか確かめる。すると、出会った瞬間にあの男が言っていた言葉を思い出した。


『これ以上魔王を成長させてしまうと世界のバランスが崩れる。』


「……確か、これ以上魔王を成長させてしまうと世界のバランスが崩れる……とか言っていましたね。」


「世界のバランス……。ふむ、相当大きなことを目的として動いているようですな。だとすれば、彼一人で動いているとは考えにくい。もしかすると、組織的な何かに属している可能性もありますな。」


「アルマ様の成長を邪魔するために……ですか?」


「世界のバランスを保つ……という曖昧な目的で動いているようなので一概にそうとは言えませんが、これから先何かしら邪魔が入る覚悟はしておいた方が良いかもしれません。」


「…………。」


 俺は、あのままあの男と一人で戦っていたら……どうなっていた?危険予知もろくに発動せず、相手の攻撃を見切って避けることもできない。もしナインが来てくれなかったら、やられていたかもしれない。


「ジャックさん、アルマ様が魔王として完全体になるには……後いくつの食材が必要なんです?」


「あと五つですな。」


 ということは後五回もあいつと鉢合わせる可能性がある。下手したら次アルマ様が求める食材を取りに行ってる時にあうかもしれない。


 あの男は……今回俺と戦った時は全然本気でやってなかった。もしあいつが最初から本気で俺のことを殺しに来ていたのなら……。

 そう考えた瞬間、俺の頭の中にあの時流れたスカイフォレストが業火に包まれている映像がフラッシュバックする。


(あの時……何かが違えば俺はあの業火に包まれてスカイフォレストで息絶えていたのかも。)


 そう思い詰めていると、ジャックが俺の肩にポンと手を置いた。


「カオル様、一人で思いつめることはありません。彼らが魔王様に害をなしてくるものなのであれば……当然私めもお力をお貸しいたします。」


「ありがとうございます。」


 彼にそういわれると少しだけ気持ちが軽くなったような気がする。


「とにかく、今は魔王様にサンサンフルーツを食べていただきましょう。サンサンフルーツは日が沈んでしまうと腐ってしまいますからな。」


「えぇっ!?そうなんですか!?」


 日没まではもうあまり時間が残されていない。彼の話が本当なら、すぐに調理を始めないと!!


「お、俺急いで準備してきますっ!!」


「ホッホッホ、よろしくお願いしますぞ。」


 にこやかに笑うジャックに見送られ、俺は彼の部屋を飛び出してコックコートに着替え厨房へと向かう。そして大きなまな板の上にさっと水で洗ったサンサンフルーツを置いた。

 水滴でぬれたサンサンフルーツは本当に輝く太陽のようで綺麗だ。


「……いざ目の前にしたのは良いものの、これはどう……調理すればいいんだ?」


 果物ならまず皮をむくのがセオリーだが……。


 悩みながら、サンサンフルーツに手を置くと頭の中にまた映像が流れ込んできた。


 俺じゃない誰かが、サンサンフルーツにナイフを入れて淡々と処理していく様子……。


(これは……いったい?)


 あの男と対面した時も映像が頭に流れ込んできた。これは一体何なんだ。だが、こういう映像が頭の中に流れ込んでくるってことは何か意味がある。


 そう思って映像を最後まで見終えると、映像の最後ではサンサンフルーツを調理していた誰かの前にきらきらと光り輝くものが置かれていた。


「……手順は覚えた。一発勝負だが……やってやる。」


 あの映像の中で見た調理法をそのまま俺が再現すればいい。


 俺は愛用の包丁を手に取るとサンサンフルーツに、包丁を滑り込ませた。

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