第119話 ステラの立場


 ステラの首元にアーティファクトを突きつけると、彼女は杖を手放して手を上にあげた。


「降参だ。」


「ずいぶんあっさり降参するんだな?」


「私は馬鹿じゃない。相手の力量ぐらい見抜ける。今の一連の流れを見てお前に勝てないことはよくわかった。」


「勇者を取り戻したいんじゃないのか?」


「それはあくまでもヒュマノの意思だ。私の意思ではない。」


「自分の命を危険に晒すぐらいなら勇者のことは諦める……と?」


「あぁ。」


 彼女の言葉が真実なのかはわからない。だが、今のところ彼女は杖を完全に手放しているし……敵意も感じられない。だが、ここはハッキリさせておかないといけない。


「その言葉を俺が信じるとでも?」


「もとより我々魔女はヒュマノの味方でもなければ魔族の味方でもない。まぁカーラは魔王に恩があって味方をしているようだが、本来我らは中立の立場なのだ。」


「じゃあなぜあんたはヒュマノに肩入れしている。」


「これのためだ。」


 そういうと彼女は上にあげていた手をお金の形にして見せた。


「いくら中立の立場といえど、こいつがなければ生きることはできないからな。」


「……。」


 俺が質問を続けていると、今度は彼女の方から質問が飛んできた。


「さて、これだけ質問に答えたんだ。一つぐらいこちらの質問に答えてくれてもいいんじゃないか?」


「それはあんたの態度次第だ。」


「なら、こうしよう。この質問に答えたのなら私は魔法ですぐにこの場を去る。これでどうだ?」


「……いいだろう。」


「では遠慮なく質問させてもらおう。なぜお前は勇者を狙う?」


 直球な質問だな。だが、一番知りたいことだろう。


「俺が望むのは平和。野望を抱えているヒュマノに勇者を預けていてはいずれ戦火が広がる。それを防ぐために勇者が必要なんだ。」


「なるほどな。あくまでも平和の使者を語るか。」


「なんとでも言えばいい。俺は乱世の兆しがあれば平和を保つために動く……それだけだ。さぁ、質問には答えたぞ。」


「あぁ、十分な情報は聞けた。今のところ完全に敵対しているわけではないこともわかったし……な。では約束通り、私は失礼するよ。」


 すると彼女は首にかけていたアクセサリーに手をかけるとポツリと呟いた。


「発動せよ帰還石。」


 彼女がそう呟くと足元に魔法陣が描かれた。


「おっと、帰る前に杖だけは返してもらおうか。」


 光り輝く魔法陣の上でステラはスッと手を伸ばすと、落としていた杖が彼女の手中に収まった。


「それではね、次会うときは……ぜひとも敵同士でないことを祈るよ。」


 それだけ言うと彼女の姿は魔法陣の光に包まれるようにして消えていった。それを見送った俺はカーラに近づいて問いかける。


「あれで、本当に帰ったんですかね?」


「間違いないよ。もうアイツの魔力は感じない。」


「なら一安心ですね。」


 ホッと一息ついていると、カーラが俺の被っていた仮面について問いかけてくる。


「そういえば、その仮面はどうしたんだい?随分強い認識阻害の魔法がかけられてるみたいだけど……。あのアーティファクトを見るまでカオルだってわかんなかったよ。」


「あぁ、これは闇オークションに行った時にたまたま貰ったもので……。兎に角自分の正体をステラにはバラしたくなかったんで着けてました。」


 俺はゆっくりと仮面を外し、それを収納袋へとしまった。


「それでも、間に合って良かったですよ。ジャックさんが、カーラさんとステラの魔法がぶつかり合ってるって教えてくれたから城から全力で走ってきたんです。」


「いや~、普通に一対一で戦うなら負ける気はしなかったんだけどねぇ。まさかあんな自分のホムンクルス作り出す禁術を使ってくるとは思ってなかったよ。」


 なんでステラがあんなにたくさんいるんだと思ったら……そういう魔法を使ったのか。しかも禁術かい……。


「ま、今回はカオルが助けてくれたお陰で、たいした被害も無いし、アイツのあれは目を瞑っといてやろうかねぇ。」


「いいんですか?」


「あぁ、下手に追及したら口封じにま~た襲いに来るかもしれないからねぇ。」


 やれやれといった様子でカーラはそう言った。


「にしても、なんでカナンがここにいることがバレたんです?」


「そいつは中に入って実際に見てみた方が早いよ。」


 そしてカーラの家のなかへと入り、カナンが眠っている寝室へと案内されると、カーラはおもむろにカナンへと向けて杖を向けた。


「解っ!!」


 魔力を籠めてカーラがそう口にすると、カナンの下腹部に変な紋様が浮かび上がり、パリンと弾けとんだ。


「今のは?」


「ステラのヤツがこの子に施してたマーキングさ。自分の探知魔法の範囲内にいたら反応するように仕掛けられてた。」


「そんなのまで……。」


「このマーキングってやつは厄介でねぇ。マーキングをつけた術者が、マーキングが反応する魔法を使わない限り魔力を発しないから、発見が難しいんだ。」


「そうだったんですね。」


「まぁでも今のでマーキングは吹き飛ばしたから、もう位置がバレることはないさ。」


 なら安心……か。


「う……ん~……。」


 カーラと話しているとカナンが寝返りをうち、こちらに顔が向いた。なんとも安らかな寝顔だ。


 今は一先ずカナンを守れてよかった。


 ……そういえば、ステラはさっさと帰ってしまったが、取り残されたイリアスはどうするのだろうか?


 あいつ一人でカナンのことを探せるとは思えないし、まぁでも念のためもう少し……カーラにカナンのことは匿っていてもらおう。


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