第112話 思い出の味


 ギルドでの一仕事を終えて朝方に城へと帰ってきて自室に戻ると、ベッドの上にはなんとも微笑ましい光景が広がっていた。


「すぅ……すぅ……。」


「く~……く~。」


「むにゃむにゃ……。」


 ベッドの上でアルマ様、カナン、メアの3人が安らかな寝息を立てて眠っていたのだ。毛布もろくにかぶらずに寝ているところを見ると、遊び疲れてそのまま眠りに落ちた感じだろうか?


 このまま寝てて風邪を引かれたら大変だ。


 並んで寝ている三人に俺は除け者となっていた毛布を上から被せた。


「これでよし。」


 さてさて、俺は布団を敷いて寝ようか。ベッドは三人でいっぱいいっぱいだからな。


 ベッドの横のスペースに布団を敷いて毛布にくるまると、俺も目を閉じ眠りにつくのだった。










 ゆったりとした心地のよい微睡みに身を任せていると、不意に体に重さを感じた。

 今だ重い瞼を開けると、いつの間にかベッドで寝ていたはずの三人が俺の布団に潜り込んできていた。メアに至っては俺の体を布団がわりにしてしまっている。


「……こいつはどうしたもんかな。」


 ってか何で上のベッドで寝てたのに俺の布団に潜り込んできてるんだ?三人揃って寝相が悪かった?それとも意図的に?可能性は色々あるが……俺が眠っていた間に起きた出来事なので、それを知るよしは無い。


 ちらりと時計に目を向けると、まだ時間朝食を準備する時間までには余裕がある。なら、その時間にみんなが起きてくれるよう祈って、もう少し眠りにつこうか。


 そして再び目を閉じ、数時間後……。


「カ~オ~ル~?起きて~朝だよ~。」


「カオルさん朝ですよ?」


「パ~パ、朝……起きるの。」


「んぁ?んん……。」


 いろんな方向から体を揺さぶられ俺は目を覚ました。


「あ、起きた起きた!!おはよ~カオル。」


「おはよう……ございます。」


 目ぼけ鈍った思考で何とか自分の状況を整理し、真っ先に俺は時計を見た。時計の時間ではまだ朝食まで余裕がある。だがそろそろ内容によっては仕込み始めなければならない。


「アルマ様……今日の朝食はどうしますか?」


「う~ん。そうだなぁ~、あっ!!カナンとメアは何がいい?」


「私は人間が食べるものあんまりわかんない。だから二人に任せる。」


「ボクは~……ん~何がいいかな。」


 3人はみんな揃って答えに詰まってしまった。そんな中、アルマ様がふとあることを俺に聞いてきた。


「そういえばさ、カオルは朝ごはんって言ったら何食べたくなる~?いっつもアルマたちに何がいいって聞いてくるけどさ、カオルの聞いてなかったな~って思ったんだけど。」


「あ、それボクも気になる!!」


 二人に乗じてメアまでもが激しく頷いていた。


「お、俺だったらですか……。」


「うんうん!!」


 そう来るとは予想外だった。俺は向こうにいた時から朝食はいっつもすぐに食べられて、手間のかかんない卵かけご飯とか、そういうのばっか食べてたし……。弱ったな。


「あ、あ~……っと。」


 俺すらも答えに詰まっていた時、ふと頭に思い浮かんだものがある。それは……。


「ふ、フレンチトースト、なんてどうでしょう?」


「ふれんちとーすと?なにそれ~アルマ聞いたことない。カナン知ってる?」


「うん!!フレンチトーストはね、甘くてとろとろの美味しいパンなんだよ。」


「「甘くてとろとろ!?」」


 カナンの言葉にアルマ様とメアの瞳がキラキラと輝いた。


「アルマそれ気になる!!」


「私も気になる。」


「じゃあ今日の朝食はフレンチトーストにしましょうか。」


「えへへへ~、やった~!!それじゃあ先に行って待ってるからね!!カナン、メア、行こ?」


「「うん!!」」


 そして3人ははしゃぎながら部屋を出ていった。


 一人になった部屋の中で俺は心から安堵のため息を吐く。


「ふぃ~……とっさに思い浮かんでよかったな。」


 俺にとってフレンチトーストはちょっとだけ思い出深いものなのだ。まぁ近頃最近はもう自分の朝食なんて腹に詰まればいいってしか考えてなかったから……若干思い出が薄れかけていたが。


 余談になるが、俺のとってフレンチトーストは母親が気が向いたときに作ってくれた朝食なのだ。いつもは朝忙しくて朝食はコンビニで買ってって~みたいなことがほとんどだったのだが、ホントにたま~にそれを作ってくれる日があって、たまにしか作らないからかそれが無茶苦茶美味しく感じてた。


「何回挑戦しても、母さんのあの味にならないんだよな~。」


 それも思い出補正……いや、再現できないものこそがおふくろお味ってやつなのかな?


「おっと、少し感傷に浸りすぎたかな。時間も押してきたしそろそろ行こう。」


 いつもの純白のコックコートに身を包んできゅっと前掛けを締めると、みんなが待つ厨房へと向かうのだった。


 そして今日も1日が始まる。

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