第102話 目玉商品


 闇オークションの司会進行役であるマドラーが会場の中を盛り上げながら次々と今回オークションにかけられる品を紹介していく。


 しかしどれもいまいち俺が欲しいと思うようなものではなかったため、番号札を掲げて金額を提示することはなかった。

 そしてそうこうしているうちにあっという間に最後である9品目の紹介をマドラーが始めてしまった。


「さぁさぁ、皆様ご注目です。今回最後のラインナップにして、本日の目玉商品の登場です!!」


 彼がそう口にすると、際どい衣装を身にまとったアシスタントの女性がガラガラとカートを押して何かを運んできた。


「本日最後の商品は……こちらっ!!」


 そして彼がカートの上にかけられていた赤い布をはぎ取るとそこには大きな卵らしきものが鎮座していた。俺にはそれが何かを推し量ることはできないが、会場に詰め掛けている客たちは今までにないほど大きな歓声を上げている。

 その様子からもあれがただの卵ではないことがうかがえる。


 だが……。


(ふむ、まぁあれも多分珍しいものなんだろうが……。俺の欲しいものじゃないな。)


 結局今日の闇オークションには、スカイフォレストに関係のあるなにがしは出品されていなかった。ならここにいる理由はもうない。

 そしてあきらめて立ち去ろうとした俺だったが、これも勉強の一環だ……とそう思考を切り替えて、あの卵が一体何なのかマドラーの説明を聞くことにした。


「こちらに鎮座しておりますは、世にも珍しいの卵でございます。」


(幻獣?魔物とはまた何か違うのか?)


 幻獣という言葉はこの世界に来てから初めて耳にした言葉だ。その言葉がなぜか妙に俺の心を……興味をくすぐった。


「ご存じの方がほどんどかと思いますが、念のため軽く説明をさせていただきます。幻獣とは魔物とは違いどちらかといえば精霊種に近い生物のことです。幻獣は極めて警戒心が強く我々の前に姿を現すことはまずありません。」


(ほぉ?ならなんでそんな幻獣の卵がこんなところにあるんだ?)


 そう疑問に思っていると、その答えはすぐに彼の口から聞くことになった。


「しかし、幻獣は自分が産んだ卵を自分が信頼できる他の何者かに預け育ててもらうという性質があります。今回入手できましたこちらは、その育ての親に選ばれた人が不幸にもすぐに病に倒れてしまい、遺族が我らに売ってくださったものになります。」


(なるほどな。なんとなく事情は察したぞ。)


 つまり手に負えなくなった遺族が今後の生活の足しにするためにこの闇オークションを主催している組織に売ったってわけか。

 まぁその遺族の気持ちはわからないでもないな。


 そんなことを思っていると……。


「それではさっそく入札を始めさせていただきます!!最低金額は……白金貨一枚です!!」


(白金貨一枚からの入札か。今日一高い金額だな。いくら今日持ってきてたっけ……。)


 俺が持ち金を確認している間にもどんどん金額が吊り上がっていく。


「白金貨5枚だ!!」


「俺は6枚出すぞ!!」


 そんな争いを繰り広げている最中、一人の女性がとびぬけた金額を提示した。


「白金貨……20枚よ。」


 その金額の多さに会場で争いを繰り広げていた人たちが一斉に静かになってしまった。これには司会のマドラーも驚いたようで……。


「え、あ……7番のお客様が白金貨20枚を出されるそうですが、ほかに対抗する方は……。」


 彼は客席に向かってそう問いかけるが、客はお互いに顔を見合わせて首を横に振っている人たちばかりだ。そんな中、俺はここに来て初めて自分の番号札を掲げた。


「白金貨25枚。」


 俺が対抗したことで会場が再びどよめいた。


「2、24番のお客様白金貨25枚です!!」


 マドラーがマイクを持ってそう会場に響く声を上げると再び先ほどの女性が番号札を上げた。


「白金貨28枚。」


「30枚。」


「っ!!」


 すぐさま対抗した俺にその女性は思わず立ち上がってこちらを睨みつけてくる。仮面の奥からでも感情がひしひしと伝わってくる。が、そんなことで俺はひるまない。


 そのままどっしりと座って構えていると彼女が声を上げた。


「ちょっとあなた、さっきから嚙みついてきていますけれど、本当にそんな大金を持っているのかしら?」


「安心してください、ちゃんとありますよ。それに俺もどうしてもこれが欲しくなったものですから……ね?」


 まぁ、そう言いつつも俺が出せる金額はそろそろ限界だ。自分で稼げないラピスとカナンの家賃をこれからも払っていかなければならないことを考えると、いくらかお金に余裕は持っておきたい。


 そしてマドラーが俺と彼女を交互に視線を向けていると、意外にも彼女からこんな言葉が出てきた。


わたくしはここで降りますわ。」


(おぉ?ずいぶん簡単に引いたな。もっと出してくるかと思ったけど……。)


 自ら身を引いた彼女は付き添いの黒い服を着た男と何か話している。もうこちらを見る様子もない。そんな様子を俺が疑問に思っていると、司会のマドラーが声を上げた。


「い、今の金額は白金貨30枚です!!ほかに対抗なさるお客様はいらっしゃいませんか?」


 彼の言葉に会場にいる客は誰も答えない。それを確認して彼は声を大きくして言った。


「それではこちら幻獣の卵……24番のお客様白金貨30枚で落札です!!」


 それと同時に会場が大きく盛り上がった。


(さてさて落札はできた、商品とお金の受け渡しはどこでするのかな?)


 そう疑問に思っていると闇オークションを開催している組織の人らしき人物が俺のほうに歩み寄ってきた。


「お客様、受け渡しはこちらで行いますのでどうぞこちらへ。」


 彼の後ろについていくと、先ほどの会場の舞台裏に案内された。そして俺の前にさっきの幻獣の卵が運ばれてくる。


「それでは先払いで白金貨30枚をいただきます。」


「はい、どうぞ。」


 俺はあらかじめ数えていた白金貨30枚を彼に手渡した。すると彼はしっかりと数を確認し、一つ大きくうなずく。


「確かに白金貨30枚いただきました。それではこちらをお持ちください。」


 そしてついに俺の手元に幻獣の卵が収まった。手に持ってみると意外と大きく、重い……。そしてわずかにだが胎動しているような鼓動のようなものも感じる。


 俺はそれをそっと収納袋にしまった。


「出口はこちらです。」


「どうも。」


 出口は専用の出口があるらしくそっちのほうに案内された。いざ闇オークションを後にしようとすると、不意に先ほど受け渡しを担当してくれた彼がぽつりとつぶやいた。


「あぁ……これはなのですが、お客様とあの女性……欲しいと思ったものは強引に手に入れようとすることもあるそうです。」


 帰り道には気をつけろって警告か。独り言ってのを強調したのはプライベートを守るためだろうな。


 俺は彼の言葉にあえて返事はせずに闇オークションを後にした。


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