第094話 日頃のお返し


 そしてブレードマーリンを解体し終えて、町のみんなが釣りをしていた浜辺へと戻ってみると、ポツンと一人海から離れた場所でリルが膝を抱えてがっくりと肩を落としている姿があった。


 彼女に俺は歩み寄ると声をかけた。


「リルさん?」


「うぅぅぅ……キミかぁ。」


「釣り竿、持ってかれちゃったんですよね?」


「そ、なんか大きな魔物がかかったみたいで……持ってかれちゃったよぉぉぉぉぉっ!!」


 ぼろぼろと大粒の涙を流しながら彼女は言った。


「もうおしまいだよ……。優勝は狙えない。」


「まぁまぁそんなに気を落とさずに、これでもう一回頑張ってくださいよ。」


 そう言って俺は彼女の釣り竿を手渡した。


「あっ……これって私の……。ど、どうやって取り戻したの?」


「ちょうど俺も釣りをしてた時ににそいつがかかったんですよ。それで釣り上げたら口の中にこれがあったんです。まだまだ時間はあるみたいなのでめげずに頑張って下さい。」


「あ、ありがと……。」


「それじゃあ俺は寄るところがあるので、いきますね。」


 そしてリルに別れを告げ、俺は城下町の方へと向かうのだった。




 カオルの姿が見えなくなった後、しばらく茫然としていたリルだったが、ふと正気を取り戻すと自分の頬を両手でパチン!!と叩いた。


「やってやる。ここから這い上がってやるからっ!!」


 自分を鼓舞すると、彼女は先程まで自分が占拠していた場所に再び立ち、釣竿を振るった。すると、彼女の気持ちに答えるように次々にバルンフィッシュが彼女の手によって釣られていく。

 そのペースは、周りの人達を圧倒していた。


 その様子を遠目で眺めていたジャックはにこりと笑う。

 そしてはしゃぎながら釣りを楽しんでいるアルマとカナン、ラピスの三人へと目を向ける。


「あはははっ♪また釣れた~……あれ?今何匹釣ったっけ?」


「今現在、魔王様は32匹……カナン様は33匹、ラピス様が35匹となっております。」


「うぇっ!?アルマまだカナンにもラピスにも負けてるの!?」


「むははははっ!!おぬしらとは経験が違うのだ!!」


 そう高笑いするラピスの隣で、カナンがバルンフィッシュを三匹同時に釣り上げた。そして、これ見よがしに笑っていたラピスに見せつける。


『これでボクが1番ですね。』


「む、むぐぐぐ……ま、まぐれに決まっておる!!すぐに追い越してやるのだ!!」


「アルマも負けないもん!!」


 互いに競い会う彼女達の姿をみて、思わず表情がほころんでいるジャックだった。










 その頃、俺は城下町のギルドへとやって来ていた。目的はもちろん、さっき解体したブレードマーリンの角とヒレを売るためだ。


 いつもならばこの時間は賑わっているギルドだが、今日は祭りとあって中には受付嬢のロベルタしかいない。彼女は仕事もないようで暇そうにしていた。


「こんにちは。」


「わわっ!?か、カオルさんですか?どうしました?」


「ちょっと買い取ってほしいものがあって来たんです。」


「買い取ってほしいものですか?」


「はい、これなんですけど……。」


 俺は受付の机の上にブレードマーリンの角とヒレを置いた。すると、ロベルタの表情が一気に驚愕に染まる。


「あ、あの……これってもしかして、もしかしなくてもブレードマーリンの……角とヒレ……ですか?」


「はい、たまたまバルンフィッシュを釣ってたら釣れました。……それで、買い取ってもらえます?」


「ちょ、ちょっとお待ち下さいっ!!」


 焦ったようにバタバタと奥の方に駆け込んでいったロベルタは何かを確認すると戻ってきた。


「す、すみませんお待たせしました。」


「いえ、大丈夫です。」


「えっとですね、実は前々からギルドにこれが入ったら売ってほしいって方がいらっしゃいまして……。」


「それは誰なんです?」


「カオルさんもよく知っているカーラさんなんですけど。」


「あぁ!!それじゃあ俺が直接届けに行ってきますよ。」


「え、良いんですか?」


「はい、カーラさんには色々よくしてもらってるんで。そのお返しに行って来ます。それじゃあ、ありがとうございました。」


 そして俺はギルドを後にした。


 カーラの家へ向かうため城下町の郊外へと歩いている途中、俺はナインに声をかけた。


「ナイン、もう城に帰っててもいいぞ?ここからは俺の私用だからな。」


「了解しました。」


 なんの疑問を抱くことなく、ナインは城の方へと戻っていく。その姿を見送ってまた歩みを進め、いざ彼女の家の近くまで来てみると、案の定家は魔法で隠されていた。しかし、敷地の中に見慣れないものがあった。


「ん?これは……。」


 なにやらスイッチのようなものがあり、そこにはこう書かれていた。


『用がある奴はボタンを押してくれ。』


「ははは、カーラさんらしいかもな。」


 俺は書いてある通りにボタンを押すと、数秒後……目の前にカーラの家が現れ、中から彼女が姿を現した。


「こんにちはカーラさん。」


「誰かと思えばカオルか。祭りに参加してたんじゃなかったのかい?」


「あれ以上釣っても食べきれないので、切り上げて帰ってきたんです。」


「へぇ、まぁアタシに用があってきたんだろ?中に入んなよ。」


「お邪魔します。」


 すっかり彼女の家の大きさにも慣れた。そして自動で運ばれてくる熱い紅茶とカーラ特性の甘いお菓子も。


 椅子に腰かけると、用件をカーラが問いかけてくる。


「それで?今日はどうしたんだい?」


「実はさっきギルドで魔物の素材を売ろうと思ったら、ちょうどそれをカーラさんが欲しがってるって聞いたので……。」


 俺は収納袋からブレードマーリンの角とヒレを取り出して彼女の前に置いた。


「これなんですけど。」


「これは……ブレードマーリンの角とヒレじゃないかい?確かに欲しかったもんだけど、いったいどうやって手に入れたんだい?そう簡単に手にはいるものじゃないはずだよ?」


「実は、バルンフィッシュを釣ってたらたまたまブレードマーリンが釣れたんです。」


 そう言うと、彼女は呆れたように頭を抱えた。


「簡単に言うねぇ……。ブレードマーリンを釣ったって奴は初めて聞いたよ。」


「あはは、紛れ当たりですよ。」


「それで、いくらで買い取ってほしいんだい?」


「あ、お金はいらないです。」


 俺がそう断ると、彼女は驚きながら詰め寄ってきた。


「い、いらないって!?ブレードマーリンの角とヒレなんて売れば白金貨何枚分になると思ってるんだい!?」


「たとえ珍しいものでも、カーラさんには普段からお世話になってるので……そのお返しです。」


「…………。」


 数秒間口をポカンと開けたまま固まったカーラは、大きくため息を吐き出すと乗り出していた体を再び椅子に預けた。


「ホントにお人好しだねぇカオルはさ。多分いくら金を払うって言ったって聞かないつもりだろ?なら、これはありがたくもらっておくよ。」


「そうしてくれると助かります。……そういえば、それは何に使うんです?」


「新しい魔道具の開発に使うのさ。何日かすれば良いのができるはずさ。」


「それは楽しみですね。」


 そして俺はカーラの家で軽いティータイムを楽しむのだった。

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