第093話 予期せぬ獲物


 それから何度海へと向かって釣竿を振ったかわからない。10回から先は数えるのをやめたからな。そして釣り上げたバルンフィッシュの数もとんでもない数になっていた。


「ん~、もうそろそろ止め時かな。」


「まだまだバルンフィッシュはいるようですが、お止めになられるのですか?」


「あぁ、さすがにこれ以上釣っても食べきれないだろ?」


 あわよくば優勝を狙っていたが、こうしてもらった命を粗末にはできない。あくまでも食べられる分だけに留めておこう。


 そう思って竿を引き上げていたその時だった。


 グンッ!!!!


「おぉぉぉぉっ!?な、なんだ!?」


 突然糸の先の手ごたえが変わり、竿が大きく撓ったのだ。


「ぐぐぐっ、とんでもない力だっ……体が持っていかれる!!」


 渾身の力を込めても、俺の体は少しずつ海のほうへと引っ張られていく。この先にいったいどんな獲物がかかっているというんだ!?


 得体のしれない何かと格闘していると、ナインが口を開いた。


「マスター、どうやら巨大な魔物がかかってしまっているようです。」


「ま、魔物だって!?」


「はい。おそらくは、産卵するために海岸近くまで来たバルンフィッシュを捕食しようと狙っていたのでしょう。」


 おぅおぅ、こいつは予想外のものが釣れてしまったぞ。仮に釣り上げたとしても、このお祭りのポイントにはならないだろうが……。いったいどんな奴なのかは気になる。だから……っ!!


「フンッ!!」


 俺は砂浜に勢いよく足を突き刺して体をこれ以上引っ張られないように固定する。ここからは魔物と俺の力比べだ。


 重心が安定したおかげでさっきよりも断然力が入り、徐々にこちらに引き寄せることができてる。


 そして長い格闘の末、ようやく海面にその大きな輪郭が見え始めた。


「あともう少し……。」


 あきらめずに引っ張り続けていると、突然手ごたえが一気に軽くなり、海面から大きな水しぶきとともに巨大な魔物が姿を現した。


「シャァァァァァァァッ!!」


「うぉっ!?」


 俺の身長の何倍もあるその魔物は怒り狂った様子で、その大きな口で俺のことを捕食しようと襲い掛かってきた。しかし……。


 サクッ……。


 何かを切るような音とともにナインがその魔物の体を突き抜けていった。すると、次の瞬間には魔物は白目をむき、砂浜に倒れ伏した。よく見ると、魔物のエラの内側からドクドクと鮮血があふれ出てきている。


「マスターの真似をして呼吸器部分を攻撃したのですが、効果あったようですね。」


「助かったよナイン。にしてもとんでもない大きさの魔物だな。」


 体長は尻尾まで含めたら5mほどだろうか?姿は巨大なカジキのようだが、ところどころ魔物らしい凶悪な見た目をしている。特徴的なのは先端に生えているまるで太い剣のような角、そして鋭利な刃物のような鋭いヒレ……。


「ナイン、これなんて魔物かわかるか?」


「外見的特徴からブレードマーリンという魔物と一致します。」


「ブレードマーリン……ねぇ。」


記憶領域データベースにある情報ですと、その刃物のようなヒレや角で獲物を切り裂いて捕食するそうです。」


「なんとなく予想はしてたけどやっぱりそういう用途か。」


「海の中にいるため討伐が難しく、良い鉱石で打った刃物よりも切れ味が良いことから昔からかなり高値で取引されているようです。」


「ほぉん。」


 まぁこのヒレとか角が高値で取引されることは分かった。問題なのは……。


「それで、こいつって食えるのか?」


「食べられます。食した人間は数人しかいないようですが、揃って極上の味と口にしたそうです。」


「ほぉぉ~?」


 なら決まりだ。角とヒレはギルドに売って、身はもらう。その極上の味はぜひともアルマ様たちに食べてもらおう。


 そう決めた俺は内臓を取り除くべく、ブレードマーリンに近づいた。すると、口から何かがはみ出ているのが目に入った。


「ん?これって……。」


 近づいて確認してみると、それはリルの使っていたカーラ製の釣り竿だった。どうやら俺の釣り竿に食いつく前に彼女の釣り竿に食いついて分捕ってきたらしいな。


「これは王者陥落の可能性あり……かな?」


 できればアルマ様かカナンか、ラピス。この三人に優勝争いをしてほしいものだな。


「っと、さてちゃっちゃと解体を終わらせようか。」


 悪いがリルに釣竿を返しに行くのはそのあとだな。まぁ、だいぶ後れを取っているとは思うが、まだまだ時間はあるし挽回のチャンスはあるだろう、彼女にもくじけず頑張ってもらいたいな。


 そして俺は釣り上げたブレードマーリンを解体し始めるのだった。

 

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