第088話 祭りの季節


 カナンが魔王城にやってきてから数日が経過した。カーラにかけてもらった魔法の効果が少しずつ出始めているのか、最近は口をもごもごと動かして話そうとしたり、少し表情に感情が見え隠れし始めた。だが、見ている限り完全に封印が解かれるまではまだまだ時間がかかりそうだ。

 

 いつものようにアルマ様たちに朝食を作っていると、楽しそうに話すアルマ様たちの会話が少し耳に入った。


「そういえばさ~、そろそろあのお祭りの時期だね~。」


『お祭り?』


「あ、カナンは知らないか。ヒュマノにいたんだもんね。ラピスは知ってるでしょ?」


「今の時期に祭りと言えば、魚を釣り上げるやつだろう?」


「そうそう!!波打ち際にいっぱいお魚が押し寄せてくるんだよね~。それを釣り竿で釣り上げるお祭りがあるんだよ。」


そんなお祭りの話は聞いたことないな。というかお祭りという文化があることすらも知らなかった。面白そうだし少し聞き耳を立ててみよう。


「魚釣りならば近くの湖でできるではないか。」


「そうじゃないんだよ~!!美味しいお魚がたっくさん釣れるのっ!!」


『お魚をいっぱい釣るのは分かったけど、お魚を釣ってどうするの?』


「一番たくさん釣った人には景品があるんだよ。」


 景品という言葉にラピスはあからさまに反応する。


「ほう?景品とな?」


「うん、毎年変わるけど年に一回のお祭りだから豪華な景品が用意されてるの。ジャック去年はなんだったっけ?」


「去年の景品は魔の果実でしたな。さらにその前の年はオリハルコンの原石だったかと。」


「なんと!!オリハルコンとなっ!?なかなか興味をそそってくるではないか。」


 オリハルコンといえば、黄金林檎をとるときに必要だったナイフに使われていた鉱石のことだよな。


「でしょ~?」


『今年の景品は何なのかわかってるのアルマちゃん?』


「景品はね~渡される直前まで秘密にされてるからアルマにもわかんないんだよね~。」


「ほぅ?面白い……。その祭りとやらはいつ開催されるのだ?」


「あれ、ジャック~いつだったっけ?」


「三日後の午前10時からのはずです。」


「むっふっふ、三日後か……準備をする時間は十二分にあるな。」


『そのお祭りってボクも参加できるのかな?聞いてる感じすっごく面白そうなんだけど。』


 勇者だから参加できないのではないかと不安になっているカナン。そんな彼女にアルマ様が言った。


「大丈夫だよ~。確かだれでも参加できたもんね?」


「はい、参加に制限はありません。ですがカナン様は失踪事件として号外に載ってしまったので、一応カーラ様に偽装魔法はかけていただいたほうがよいかもしれません。」


 確かにカナンは顔写真が号外に載ってしまっていたから、そのほうがいいだろう。下手に人前に顔を出してしまうと、一発で身バレしてしまう可能性がある。

 それでもしカナンがこの国にいることがヒュマノに知れてしまったらそれはそれで国際問題に発展してしまう。


 アルマ様たちが話しているのを聞いていると、急に話がこちらに飛んできた。


「カオルも参加するよねっ!?」


「えっ?俺もですか?」


「え、参加……しないの?」


 俺が戸惑った表情を見せると、アルマ様は途端に悲しそうな表情を浮かべた。そんな表情をされては断るなんて無理だろう。


「そ、それじゃあ出れるだけ出てみます。」


「ほんとっ!?アルマ負けないからね!!」


 まぁ、ふだんの仕事に支障が出ない範囲でやってみよう。一日中釣り竿とにらめっこしているわけにはいかないだろうからな。

 あぁ、でもその日は皆にお弁当を作ってピクニック気分を味わってもらってもいいな。意外とキャラ弁とかを作ってみても喜んでくれるかもしれない。カナンなんか中身は日本人だしな。ラピスは見た目どうこうの前に味優先だから、関係ないかもしれないけど。


「今年の景品はなんだろな~。アルマは美味しいのが良いけどな~。」


「我は俄然煌めく宝石が良いなっ!!コレクションに加えるのだ。」


『ボクも美味しい食べ物がいいなぁ~。』


 そう願う三人は大会当日に敵同士になることをお互いに悟ると、激しくぶつかり合い始めた。


「二人とも、一位になるのはアルマだからね。」


「むっふっふ、我はすでに釣りはギルドの依頼でマスターしておる。そんな我に勝てるかの?」


『ボクも負けないように頑張ります。』


 三人はやる気満々のようだ。


 そして朝食を食べ終えると三人は各々準備を進めるために行ってしまった。取り残されてしまった俺のもとにナインが近づいてくる。


「マスター、話にあった祭りには参加するのですか?」


「まぁやれるだけやってみるさ。たぶん一日中付きっ切りってのは無理だろうから、一位は狙えないだろうけどな。」


「……………わかりました。当日まで少しお時間をいただきます。」


「え?」


 そう言ってナインもどこかへと行ってしまった。


「皆行っちゃったな。」


 まぁお祭りってことだし、少し楽しめればいいかな。


 と、そんな軽い気持ちでいたのだが……後日あんなことになるとは思ってもいなかった。



「」

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