第063話 登山開始


 翌日の明朝。


 天候は晴れ、風もない。山を登るには最適な日となった。


 朝食を食べ終えた俺とラピスは、リオーネスを後にしてさらに少し北に見えるノーザンマウントへと向かった。


「あ、そういえば氷魔人の特徴とか聞いてくるのすっかり忘れてたな。」


 現地で聞こうと思っていたが、すっかり忘れてしまっていた。


「魔人と名がつくほどだ。人の形に近い姿をしておるのではないか?」


「う~ん……まぁ、そうなのかな?」


 全貌はわからないが、ラピスの言うとおり、人形の魔物なのかもしれない。

 俺が本で見た中に人形の魔物はいなかったはずだから……人っぽい魔物と遭遇したらひとまず捕獲してみるか。


 そんなことを話していると、あっという間にノーザンマウントの登山口にたどり着いた。


「ここから登るんだな。」


 一応この辺は多少整備されているらしい。手摺が設置してある。だが上の方はどうかはわからない。魔物も強いと聞いているし、恐らく上の方は整備は行き届いていないだろう。


「よし、ラピス準備はいいか?」


「もちろんだ。なんなら山頂まで競争でもするか?」


「遭難してピーピー鳴いても知らないぞ?」


「そんな愚かなことはせん。寧ろ遭難して泣きを見るのはおぬしの方ではないのかの?」


「言ってろ、ほら行くぞ。」


 そして俺とラピスはノーザンマウントへと足を踏み入れた。









 ノーザンマウントを登り始めて約一時間が経過した。標高的には1000mほどだろうか。大体これで1/4程登ったはず。

 かなりハイペースで登ってきたものの、未だに山頂は見えない。

 そしてここから先は全く整備されていない道だ。


 膝まである雪を掻き分けて進んでいると、ラピスにふと声をかけられた。


「カオルよ、これを見よ。」


「ん?」


「魔物の足跡だ。結構デカいな。」


 ラピスが指差した方の雪には大きな魔物の足跡がいくつもついていた。

 しかも俺たちの進行方向へと向かってだ。


「この先にこの足跡の主がいるってことか。」


「恐らくはな。」


「まぁ、魔物との戦闘は避けられないとは思ってた。想定内だ。」


 そして魔物の足跡が続いている方へと更に登ってみると、目の前に異様な光景が飛び込んできた。


「これは……なんだ?」


 俺とラピスの目の前にはいくつもの丸い雪の塊が出来上がっていた。そのどれもが俺の身長よりも遥かに大きい。

 ここまで続いていた足跡もここで途切れている。


「カオル、気を付けろ。この雪の塊から心臓の鼓動が聞こえるぞ。」


「ってことはこの中にいるのは……。」


 あることを確信したその時……。


 バフッ!!バフッ!!


 突然大きな音を立てて雪の塊が粉々に割れて、中から水牛のような立派な角を生やした魔物が何びきも姿を現したのだ。


「こいつは……たしかノーザンバッファローだったか?」


 こいつの容姿は本に載っていた。だから覚えている。群れで行動する凶暴な魔物だと書いてあったはず。推定レベルは38……だったか?

 そして重要なことがもうひとつ書いてあったのを覚えているぞ。


「ラピス、こいつらは積極的に倒そうか。」


「む?どうしてだ?」


「こいつらの肉はマジで美味いらしい。」


 そう、ノーザンバッファローの肉は巷では超高級食材なのだ。舌の上で蕩けるような脂身と柔らかい肉質が特徴らしい。

 ここにしか生息していないこと、そしてこいつ自体が群れで行動する魔物だから供給量が異常に少ないとのことだ。


 それをラピスに告げると、彼女はニヤリと笑った。


「なるほどな。そうと聞いては、食いたくなったぞ!!」


 俺の後ろにいたラピスはピョンと飛び上がると、ノーザンバッファロー達の目の前に降り立った。そして獰猛な捕食者の視線を奴らに向ける。


「さぁて……どいつから喰らってやろうか。食われたいやつからかかってくるのだ!!」


 そしたラピスが殺気を丸出しにしたその時だった。


「ブモォォォォッ!!!!」


「む?お?」


 俺たちの前に立ち塞がっていたノーザンバッファロー達は一斉に何処かへと逃げ去ってしまったのだ。


 目の前から一匹も居なくなったことで、ラピスは訳がわからないと言った様子で、チラリと此方を見てきた。


「ラピス、あいつらは自分よりも強い奴に立ち向かっていく習性はないんだ。つまり、ラピスのことを自分達よりも強いって感じ取って逃げたってことだな。」


「ぐ、ぐぐぐ……よもや臆病な魔物だったとは。」


「ま、こいつの肉はまた後でになりそうだな。ほら、挫けてる暇なんてないぞ~。」


「つ、次は絶対に喰らってやるのだ~っ!!」


 ラピスの叫びは雪山に何度も何度も木霊した。


 そして案の定というかなんというか、それ以降あのノーザンバッファローに出会うことはなく先を進むことになった。


 美味しい肉はまた今度だ。

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