第061話 いざノーザンマウントへ


 そして数日間、これでもかとばかりに念入りに準備を進めていると、あっという間にリオーネスへ馬車が出る日を迎えてしまった。


 今回見送りにはナインが同行してくれた。本当は彼女のことも連れていこうかと思ったが……ナインには城でのメイドって仕事があるし、何より彼女を連れていったら何の手応えもなく全てが終わってしまう可能性もある。

 それらを鑑みた結果、今回はお留守番をしてもらうことにしたのだ。


「マスター、本当に大丈夫なのですか?」


「大丈夫だって、準備は余計なぐらいしたし……。」


「…………ではマスター、これだけはお許しください。」


「ん?」


「マスターの心臓の鼓動……今は力強く動いているようですが、仮にもし……それが微弱なものに変化した場合、ナインはすべてに優先してマスターの救助に向かいます。」


 要は俺がピンチになって死にかけたら、城での仕事などをすべて放棄して俺を救出しに来てくれるってことか。


 まぁ、余程のことがない限りそんなピンチに陥るようなことは無いと思いたいが……。


「わかった、それだけは許可する。」


「ありがとうございます、マスター。」


 そう言ってペコリとお辞儀をするナインに、ラピスがため息をつきながら口を開く。


「おぬしも心配性だの~……我がついておるのだ、カオルがそんなことになるわけがなかろうて。」


「万が一、億が一の可能性でもナインはそれを危惧します。」


「真面目だの~。まぁ良い、此度の遠出でおぬしの出番がないということを証明してやろうぞ!!行くぞカオル!!」


「あぁ。」


 意気揚々と馬車に乗り込んだラピスに続いて俺も馬車へと乗り込む。

 すると、時間になったようで馬に鞭を打つ音とともにガラガラと馬車は進み始めた。


 ナインは俺たちの姿が見えなくなるまで見送ってくれていた。


 そして馬車が城下街をでたところでラピスがあることを問いかけてきた。


「ところでカオルよ、北の大地にはどれぐらいで着くのだ?」


「だいたい10時間ぐらいらしいぞ。」


「なっ……10時間とな!?」


 前にアダマスに行ったときとは訳が違う。今回の道のりはその何倍もあるからな。それに、近づけば近づくほど雪で速度が遅くなる。

 

「で、ではその10時間をこの狭い馬車の中で過ごすのか!?」


「そうするしかないだろ?ま、幸い俺たち以外に人はいないし、寝っ転がってゆっくり待てばいいじゃないか。」


 俺はごろんと客席に横になる。


「くぅ……北の大地程度なら我が飛んでおぬしを連れていくのだったな。」


「あ、そういえばラピス飛べるんだったな。」


「おぬし我が空を支配するドラゴンであるということを忘れておらぬか?」


「忘れてないさ。あのキノコの森でのラピスの間抜けな姿は一生忘れないよ。」


「それは忘れて良いのだ!!」


「うぐっ!?」


 ラピスをからかっていると、彼女は寝転がっていた俺の腹の上にボン!!とのし掛かってきた。無防備だったこともあり、衝撃が凄まじい。


「むっふっふ、やはりおぬしはこうして我の尻に敷かれている姿が似合うぞ。」


「シンプルに重いんだが?」


「メスに重いとか言うものではないぞ?それにこんなちっぽけな人間の姿なのだ、重いはずがなかろう?」


「重いものは重いんだよ!!」


「のわっ!?」


 ポイとラピスを放り投げると、彼女は驚きながらも、易々と着地した。


「むぅ、おぬしの上は居心地が良いのだが……。」


「俺は椅子じゃないんだ。そっち側にも席があるんだから、そっちでゆっくりしてくれ。」


「まったく……仕方がない。」


 揺れる馬車の中をスタスタと歩き、反対側の席にラピスは腰かけた。


 それから馬車に揺られること三時間ほどしたその時だった……。


 ガタン!!という多きな音とともに突然馬車が急停止したのだ。

 それには流石にうとうととしていた俺も、驚き一気に目が覚めた。


 何事かと思っていれば、前方の運転席の方から運転手がこちらに顔を出して事態を告げた。


「お、お客さん!!魔物だ!!絶対に馬車からでないでくれ!!」


「魔物?」


「あ、あぁ……それもかなりの数だ。」


 そんな俺たちの会話を聞いていたラピスの眉間に青筋が浮かぶ。


「ほぅ?たかが一介の魔物ごときが、我らの道を塞ぐか。ちょうどいい、カオルよ。体を動かしたい、その魔物とやらをぶちのめすぞ。」


「あ!?お、お客さん!?」


 運転手の制止の声も聞かずにラピスは外へと飛び出していく。


「はぁ、まったく……人の話を聞かないやつだな。」


 まぁ、俺もそろそろ体を動かしたいと思っていたところだ。少し手伝うとするか。


「魔物は俺達が倒しますよ。だから運転手さんこそ、ここからでないでくださいね。」


 呆然とする運転手を他所に、俺も馬車を飛び出した。すると、馬車の回りを囲うように獣の魔物が犇めいていた。


「む?カオルも来たのか。」


「まぁな、ちょっと体を動かしたかったんだ。」


「結局おぬしも暇だったのではないか。」


「当たり前だろ?眠るのにも限度があるんだよ。」


 そして俺は収納袋の中からナイフのアーティファクトを取り出した。

 それを見たラピスは首をかしげる。


「む?それは……確かダンジョンで手に入れたらものだったな?」


「あぁ、鑑定を依頼したらどうやらアーティファクトらしくてな。」


「ほぅ……面白そうなものではないか。」


 そう話している間にも、馬車の前に立ち塞がっていた一匹の魔物が我慢できなくなったようで、馬車を引く馬へと飛びかかっていく。

 そいつに向かって俺はアーティファクトを振り下ろした。


「ふっ!!」


 狙ったのは首付近の頸動脈。そして馬に噛みつく直前で、魔物は速度を落とし地面に落ちていった。

 このアーティファクトは外傷を与えるだけでなく、体の内側もイメージすれば傷つけられる。今回は血が飛び散らないように内部から頸動脈を断ち切ったのだ。


「お?なにやら魔物が息絶えたようだの。それもそのアーティファクトの仕業か?」


「そういうことだ。」


「なるほど、くれぐれも我にそれを当ててくれるでないぞ?」


「わかってるよ。」


 俺の返事にニヤリとラピスは笑うと、魔物の群れへと向かって飛びかかっていった。


「さぁ、我を退屈させるでないぞ?魔物どもっ!!」


 それからは言わずもがな、一方的な蹂躙だった。ラピスが前線で魔物を蹴散らし、余った魔物を俺がアーティファクトで仕留めていった。

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