第054話 城への来訪者


 ふわふわと心地の良い夢の中をさまよっていると頭上から声が響いた。


「マスター、お時間です。」


「ん……もう時間か。」


 短い時間の仮眠だったが、疲れが吹き飛んでいるような気がするな。


 すっかり疲れも吹き飛んだ体を起こし、時計を見るとナインに頼んだ時間ぴったりだった。今から仕込みを始めれば余裕でアルマ様の昼食に間に合うだろう。


「膝を貸してくれてありがとなナイン。おかげでよく眠れたよ。」


「マスターが快適に過ごせる環境を作るのもナインの役目……当然のことです。」


 立ち上がってお礼を告げると、彼女はさも当然とばかりにそう言ってぺこりとお辞儀した。


「さてと、それじゃあ俺はアルマ様に昼食を作りに行くよ。」


 そしてトレーニングルームを後にしようとしたその時……。


「マスターお待ちください。」


「ん?」


 不意に後ろから彼女に呼び止められた。


「マスターが眠っている間にジャックから伝言を預かっています。」


「伝言?いったいどうしたってんだ?」


「客人が来るらしいので昼食を一人分多めに作ってほしい……とのことです。」


「客人か。」


 いったい誰が来るんだろうな?


 大事な客人ということなら、ジャックは何かしら手の込んだ料理を作ってくれないか?とか言ってくれるだろうし……。そういうのが無いのであれば、いつも通りのアルマ様好みの料理で問題ないだろう。


「それでは、確かにお伝えしました。」


「ん、ありがとな。」


 そして俺はトレーニングルームを後にすると、ハードなレベリングによってかいた汗をシャワーで流し、コックコートに着替えると厨房へと向かった。


 すると、ラピスとアルマ様の他に俺が見知ったある人物が待機していた。


「やぁ!!」


「客人って……リルさんですか。」


「む~?なにさその反応……期待外れだった?」


「そんなことはないですよ。」


 これ以上の追求を避けるべく、俺はそそくさと厨房に立ち、料理を作り始めた。


 のだが……リルは俺の近くに歩いてくると、こちらの顔を覗き込みながら口を開いた。


「なんで私が来たのか~って聞かないんだ?」


「昼食を集りにきたんじゃ?」


「違うよ!!失礼だなぁキミは……。」


 冗談混じりにそう言うと、リルは強く反論した。そんな彼女の背後でくつくつとラピスが笑う。


「ほれみたことか、やはりカオルも我と同じことを言ったではないか。」


「不服だなぁ~、まぁ食い意地が張ってるのは認めるけどさ。今日は別件!!」


 再びリルは椅子に腰かけると用件を告げた。


「キミさ、ノーザンイーグル狙ってるんでしょ?」


「まぁ、そうですね。」


「じゃあ時期がきたら、ノーザンマウントに行くんだ?」


「はい。」


「実はね、そこに生息してる魔物の討伐依頼が入ってきたんだ。」


 ノーザンマウントにいる魔物の討伐依頼か。獄鳥を倒すついでにやれそうだな。


「で、ノーザンイーグルを倒すついでにそれも倒してきてほしいってことですね?」


「そういうこと~、話が早くて助かるよ~。」


 そんな話をしながら、出来上がった料理をアルマ様達の前に並べていると、今までの会話を聞いていたアルマ様が首をかしげた。


「ねぇねぇカオル?」


「どうしましたかアルマ様。」


「んと、のーざんいーぐる?ってなぁに?」


「え!?アルマ様……知らないんですか?」


「うん、知らな~い。」


 てっきり魔王としての成長に必要なものだから知っているかと思ったが、そうでもないらしい。


 思わず驚いていると、ニコニコと笑いながらジャックがナインとともに現れた。


「ホッホッホ、魔王様が知らないのも無理はありません。」


「ジャックさん。」


「カオル様、魔王様は成長の壁にぶつかった際に、初めて何代も続くその細胞が必要なものの名を思い起こさせるのです。」


「へぇ~……そうなんですか。」


 ようは、何代も続いてきた魔王の血が、細胞が呼び起こさせるって仕組みか。そう考えるとすごいな。


「ってことはまだアルマ様は成長の壁にぶつかってないってこと……なんですね。」


「そういうことですな。……ですが。それでも時期は近いでしょう。」


「ん~?アルマわかんない。」


 俺とジャックの会話を聞いても、アルマ様は首をかしげるばかりだ。


「魔王様、わからなくても問題ございません。いずれ、わかることですので……ご安心ください。」


「ふ~ん……まぁいっか!!それよりお腹減ったし、いただきま~す!!」


「我もいただくぞ!!」


 思考を切り換えたアルマ様は、ラピスとともに昼食を食べ始めた。


 二人が横で美味しそうに食べているのを見て、リルの視線も目の前に置かれた食事に注がれる。


「二人とも美味しそうに食べるな~……。」


「おぬし、食わんなら我が食ってやろうか?」


「食べるよ!!」


 ラピスから食事を守るように、自分の方に引き寄せるリル。そして彼女はいよいよ食事に手をつけようとしたのだが、突然俺の方を向いた。


「ねぇ、キミ。お酒って……。」


「まだ昼間です。」


「ぶ~っ!!ケチッ!!いいもん、いただきま~す!!」


 リルはぷく~っと頬に空気をためて不貞腐れた表情を浮かべるが、生憎ここで酔っぱらわれては困る。

 それに、この城には今のところお酒を飲む人はいない。だから料理酒以外は置いていないのだ。


 アルマ様がお酒を所望し始めたのなら、置き始めるかもしれないがな。


 そういえば、この世界でお酒が飲めるようになる年齢っていくつなのだろう?考えたこともなかったな。

 ただ、まぁ……アルマ様はまだということさえわかっていれば良いか。


 アルマ様がお酒を飲める年齢になるとき、俺はまだここで働いているだろうか……。


 そんなことを思いながら俺は食事をする三人の姿を眺めていた。

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