第055話 ジャックの腕試し


 昼食を集りに来たリルは、幾度かのおかわりをした後、帰る支度を始めた。


「それじゃ、ご馳走さま~。」


「もう帰るんですね。」


「ま、今日は依頼のこと伝えに来ただけだからね~。詳しい話はまたギルドで……ね。どうせ今日も夜来るんでしょ?」


「多分、行くと思います。」


「多分……って、レベリング急いでるんじゃなかったっけ?」


「実はついさっき、ナインに手伝ってもらって目標のレベルになったんですよね。」


「えぇっ!?」


 驚愕の表情を浮かべるリルの横で、ジャックがにこやかに笑う。


「ホッホッホ、なるほど……先程お二人でトレーニングルームに籠っていたのはそういうことでしたか。ずいぶんと、激しいことをなさったようですねナイン様?」


「マスターの要望でしたので。」


 間違ってほしくないのは、決して俺からあんな激しいレベリングを所望したわけではないという事。確かにレベリングを手伝ってほしいとはお願いしたがな。


 そして改めてナインに視線を向けたリルは、今更ながら問いかけてくる。


「あれ?そういえば、その子……また新しく雇ったの?それに今キミのことマスターって言ってなかった?」


「あ~……そういえばナインのこと話すの忘れてましたね。ナインは、この前潜ったダンジョンのボスだったんです。」


「はい!?な、なななんでダンジョンのボスがこんなとこにいるの!?ダンジョンの魔物は外に出てこれないはずじゃ……。」


「勘違いしてもらっては困ります。ナインはダンジョンで生み出されたものではありません。ミラ博士に作られた人造人間アンドロイドです。」


「えぇ?ますますわかんなくなったけど!?」


「えっと、まぁいろいろ複雑な事情があるんですけど……その辺は置いといて、とにかくナインはここで働くことになったので、それだけ知っててもらえれば。」


「……ま、その辺の話もまた追々聞かせてもらおっかな。お酒でものみながらね。それじゃま、今日のところは失礼するよ。ありがとね~。」


 そしてリルは帰っていった。


 彼女が帰っていくのをジャックと二人で見送り、彼女が見えなくなると彼は口を開いた。


「嵐のように来て、嵐のように去っていきましたな。」


「ははは、まったくですね。」


 まさにジャックの言葉通りだと俺も思う。


「彼女が来ることも驚きましたが……それ以上にカオル様には驚かされましたよ。まさかあの短時間でレベル50まで上げているとは思いませんでした。」


「それは、ナインが効率の良いレベリング方法を教えてくれたからですよ。何度死にかけたかわかんないですけど。」


「ホッホッホ、余程激しいレベリングだったよご様子で……。」


「まぁでもその甲斐あって目標は達成できたので、良いかなって思ってます。」


「今なら私と良い勝負ができるのではないですかな?」


 ニヤリと口角を吊り上げながらジャックはそう言った。


 彼のレベルは以前聞いた話では確か81だったと思う。レベル差は約30……果たしてこれで良い勝負ができるのだろうか。


「今のカオル様が獄鳥と渡り合えるかどうかを確かめるには絶好の機会だと思いますぞ?なにせ、この城下町の中で獄鳥を倒した経験のある者は私しかおりませんからな。」


 おぉぅ……完全に逃げ場を塞がれた。


「お手柔らかにお願いしますよ?」


「ホッホッホ、ご冗談を……。今回からは私もでやらせていただきますぞ?流石に今のカオル様を相手に手を抜いている余裕は無さそうですからな。」


 つまり、今まで俺と手合わせしてた時は一度たりとも全力ではなかったと……。

 これから見ることになる彼の姿こそが、本来の彼だと言うことか。


「では早速参りましょう。稚拙ながら私めも久しぶりに昂っておりまして。」


 そう話すジャックの目はどこか、戦闘に飢えている獣のような獰猛な目付きだった。


 だが、どうしてだろうか……そんな視線を向けられれば恐怖感を覚えるのが普通なのだろうが、俺は今少しわくわくしてしまっている。


 そして彼に連れられるまま、俺は再びトレーニングルームへと足を運んだ。

 俺がナインとレベリングをしてから、たいして時間が経っていないからまだ壁や床には斬撃の痕が残っている。


「さぁ、それでは始めましょうかカオル様。」


「そうですね。」


 彼と向かい合って立った瞬間に感じたことのないような威圧感が彼から放たれる。

 

「では今日はこちらから……参らせていただきましょうか。」


「いつでもどうぞ?」


 その言葉を合図に、ジャックが急加速して迫ってくる。ナインのスピードに比べれば、いくぶんか劣ってはいるものの、その動きに無駄はない。

 最短距離で間合いに彼が入った瞬間に時間の流れがゆったりと遅くなる。


 ゆったりとだが、確実に近付いてくる彼の攻撃を捌くと、時間がもとに戻っていく。


「ホッホッホ、なるほど……それがカオル様のスキルですか。確か危険予知といいましたかな?」


「そうです……よっ!!」


「おっと。」


 間合いに入った彼にこちらが攻撃を放つと、彼はまるで羽毛のようにフワリと宙に飛び上がって華麗に攻撃をかわして着地した。


「私の目線では突然カオル様の動きが加速したように見えましたよ。厄介なスキルですなぁ。」


 厄介と言いながらも、彼は楽しそうな表情を崩さない。


「では少々ギアを上げましょうか。」


 そう言ってジャックが胸の前で両手をクロスさせると、ぶわっ……と重力に逆らうように彼の髪の毛が逆立つ。そしてクロスさせて両手を解放すると、彼の姿が突然変わった。


 普通の人間のようだった彼の姿は全身が毛に覆われ、まるで狼男を絵に描いたような姿へと変貌したのだ。


「なっ!?」


「ホッホッホ、驚きましたかな?もともと私は人間ではなく、ですので、こちらが本来の姿なのですよ。」


「つまり、いつもの人の姿はラピスみたいに変化してたってことですか……。」


「そういうことですな。もちろん、姿が変わっただけではありませんぞ?」


 次の瞬間、彼の姿が目の前から消えた。そして背後から声が聞こえてくる。


「身体能力も数倍……いえ数十倍と言ったところでしょうか?」


「っ!!」


 気がつけば、俺の背後に音もなく彼が立っていた。ナインと同じぐらいのスピードだ。


「さぁ、正真正銘これが私の全力です。存分に闘おうではありませんか。」


 あのスピードで襲ってこられては様子見なんてしてる場合じゃない。こっちも全力でいかないと……ただではすまないな。


 予想外の変身……という行為に戸惑ったが、俺は彼の全力を受け止めるべく、構えをとった。

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