第048話 乙女カーラ再び


 ギルドにダンジョンについての報告を終えた俺は、その足でカーラの家がある場所まで歩いていっていた。


「確かこの辺だったよな。」


 以前訪れたその場所へ足を運ぶが、やはり彼女の家はない。

 彼女の話によれば、確か空間魔法で隠してるらしいのだが……。


「今回はアポもとってないし……また後で話を通してもらってから来るか。」


 そして踵を返そうとしたその時だった。


 バタン!!と背後で扉が勢いよく開くような音が聞こえた。


「ん?」


「か、カオルか!?」


 後ろを振り返ると、そこには隠されていた筈の大きな家があり、カーラが玄関先に立っていた。

 彼女は以前会ったときに羽織っていた魔女のような黒装束ではなく、可愛らしい動物の描かれた私服に身を包んでいた。

 やはり可愛いものが好きらしいな。


「あ!!」


「く、来るなら来るって連絡くれりゃあ色々準備したのに……。」


「急にすみません、ちょっと見てもらいたいものがあって……。」


「見てもらいたいもの?……わかった、まぁ中に入んなよ。」


「お邪魔します。」


 促され中に入ると、やはり魔法でお茶が運ばれてきた。


 向かい合うように座ると、彼女は用件について問いかけてくる。


「で?見せたいものっつうのはなんだい?」


「実はちょっと前までダンジョンにいて、これを拾ったんです。」


 俺は収納袋からダンジョンの中で拾った、真っ黒な刀身の小刀をテーブルの上に置いた。


 カーラはそれを手に取ると、訝しげに表情をしかめた。


「こいつは……ずいぶん奇妙なもんを拾ったねぇ。」


「奇妙というと?」


「こいつは、まるで生きてる刀だ。人が呼吸をするみたいに、周囲の魔素を取り込んでる。」


「えっと…………つまりはいったい?」


「簡潔に言えばアーティファクトで間違いない。」


 どうやらこの小刀はアーティファクトで間違いないらしい。


 しかし、彼女は疑問を持った様子で続けて言う。


「だけど、普通のアーティファクトじゃない。なんていうか……単なるアーティファクトみたいな道具じゃなくて、これ自体にまるで命があるような……。」


「そうなんですか。」


 命があるアーティファクトか。そんなものが存在するのか?


「まぁどんな効果があるかまではアタシにもわかんないけど、使い方には十分気を付けたほうがよさそうだね。」


 そう言ってカーラは小刀のアーティファクトを返してくれた。やはり手に取ると、使い馴染んでいるかのように手に吸い付いてくる不思議なフィット感がある。


「ありがとうございました。」


「いいんだよ。アタシも見たことないアーティファクトの鑑定は大歓迎さ。にしてもダンジョンでアーティファクトを見つけてくるなんてずいぶん運が良いねぇ。」


「たまたまですよ。」


「たまたまでもアーティファクトなんてそうそう見つかるモンじゃないんだよ。それに大抵のダンジョンは先遣隊が踏破しちまうから、アーティファクトが見つかったとしてもやつらに独占されることのが多いんだ。」


「リルさんからも聞いたんですけど、そのダンジョンの先遣隊ってのはいったいどんな組織なんですか?」


「表向きはダンジョンの攻略を掲げてる集団さ。」


 表向きは……と言うと裏があるんだろうな。


「ただその実態は真っ先にダンジョンの中のお宝を独占して高額で市場に売りつけてる。その中でもアーティファクトはアイツらの一番の目的と言ってもいいだろうね。」


「なんかあんまりいい人たちではなさそうなんですね。」


 もしかしてリルはこういう実態を分かっていたからあんな金額を吹っ掛けたのかな?だとしたら納得がいく。


「まぁ奴らのトップにいるのが西だからねぇ。」


「西の魔女って言うとどんな人なんです?」


「強欲で悪名高い魔女さ。しかも魔法の腕もトップクラス、金で手に入らないものなら力で奪いに来る狂人だよ。」


 そう語りながらも若干呆れながらカーラは紅茶を口に含む。


「アタシやその西の魔女とかトップクラスの魔法力を持ってる魔女ってのは住んでる地域によって通り名がつけられてるんだ。例えばアタシはなんて呼ばれてる。」


「北と西があるってことは……あとは南と東もあるんですね?」


「そういうことだね。だから通り名がある魔女はアタシを含めて全部で4人さ。」


「西の魔女はダンジョンの先遣隊のリーダーで、カーラさんはこうやって魔道具を作ってて……南の魔女と東の魔女は何してるんです?」


 ふと興味をひかれたので彼女に問いかけてみた。


「東の魔女は薬とかを作ってる。南の魔女は確かどっかの魔法学校で校長を勤めていたはずだな。」


「薬作りに学校の校長……。」


 各々世間の役に立とうとしてるんだな。まぁ、西の魔女は自分のためかもしれないが。


「まぁ、あいつらは西の魔女に比べたら良いヤツだな。話も通じるし……。」


 彼女が話している言葉を聞いている限り、西の魔女というのは相当に手のつけようがない人らしい。


「そういえば……そのアーティファクトを見つけたダンジョンは、西の魔女の手下に荒らされてなかったのかい?」


「リルさんから聞いた話だと、魔物が強すぎて一階層すら攻略できなかったみたいですよ。」


「へぇ、一応アイツらはダンジョン攻略のエキスパートのはずだけど……それでも攻略できなかったダンジョンを攻略してきたのかい?」


「はい。」


 彼女の問いかけに頷くと、カーラは大声で笑い始めた。


「なっはっは!!そいつは相当悔しいだろうねぇ~。今頃西の魔女はキレてるだろうさ。」


 さぞかし愉快そうにカーラは笑う。


「まっ、自分で動かないアイツが悪い。アイツは面倒くさがりだからな。だからこんな珍しいアーティファクトを取り逃すんだ。」


「無理矢理奪いに来たりしないですよね?」


「流石に来ないと思うぞ?リルにアーティファクトのこと言ってないだろ?」


「言ってないですね。」


「ならアイツは報告はしねぇよ。ってかまぁ、仮にアーティファクトを入手したって報告しても、リルは西の魔女にはそれは言わない。アイツ西の魔女のことキライだからな。」


「そ、そうなんですね。」


 意外なことを知ってしまった気がする。それを聞くと尚更リルがダンジョン先遣隊に高額で情報を売り渡していたのが納得できるな。


「ま、あんな西の魔女のことはほっといて……それよりアタシが聞きたいのは、あのの使い心地さ。あれ使ったんだろ?使った感じどうだったんだい?」


「個人的には凄く助かりました。作った料理を出来立てのまま保存できて、俺がいない間もアルマ様が出来立ての料理を食べることができたので。」


「そうかい、役に立ってるならよかったよ。あれの改良は進めてるから、近々……手軽に持ち運べるようなのを作って見せる。」


 カーラはそう意気込みを語った。


「期待してます。」


 手軽に持ち運べるようになれば、たとえ遠出したとしても、どこでも温かく美味しい料理が食べられるようになる。

 美味しい食事というのはモチベーションを上げるのにも繋がるからな、是非とも頑張ってほしい。


 そして紅茶を一口口に含んでいると、カーラがあるものを持ってきた。


「あ、そ、その……これ紅茶に合えば良いんだけどさ。」


 そう言って彼女が差し出してきたのは、可愛らしい動物を模したクッキーだった。


「これカーラさんが作ったんですか?」


「ま、まぁ……そうだね。」


「上手にできてますね。食べても良いですか?」


「あぁ!!食べてみてくれ。」


 動物を模したクッキーを一つ口にいれると、バターの香りがふわりと口のなかに広がった。しっとりとしていながらも、サクサクと心地よい食感。少し甘いが、紅茶と合わせるにはちょうど良い。


「ど、どうだい?」


「うん、美味しいです。」


「ほ、ホントか!?は、はは……そいつはよかった……ボソッ。」


 嬉しそうに表情を明るくするカーラ。


 俺はしばらく彼女と会話をしながら美味しい紅茶と彼女お手製のクッキーに舌鼓を打ったのだった。

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