第4話 奇跡
神というやつが本当に存在するのなら、俺の願いを叶えてくれないだろうか。
どうか、ずっとこいつと一緒にいさせてくれないだろうか。
俺が猫じゃなく、人間だったら……どんなに良かったことか。
◇
「私ね、きみと会う前は何も楽しくなかったんだ……。親も帰ってこないし、家に帰ると一人きりで、頼れる人もいなくて。もし、私がいなくなったら、あの二人は少しでも悲しむんだろうか。死んでみようか……なんて」
膝の上に乗せた俺を撫でながら、へへっと笑う。
「……今は?」
「今は違うよ。きみがいてくれるから、毎日楽しいよ。帰ってきて、一人じゃないっていいね」
「そうか」
それならいい。お前にいなくなられたら、俺が困るからな。
飯がもらえなくなるってのもあるが、俺がお前といたいんだ。俺もお前がいてくれて楽しいんだ。一人で留守番してるときでも、お前のことを考えてるくらいに。
「あの時、きみを連れ帰って良かった。きみは?ここに来て良かった?」
「ああ。俺もお前とあの時に出会っていて良かったと思うよ」
俺の言葉を聞いて、嬉しそうに笑う、その笑顔が好きだ。毛並みに沿って、優しく撫でる、その細い指が好きだ。鈴を転がしたような高い声が心地よくて好きだ。
叶うことなら、この先も、何年、何十年とお前と一緒にいたいと思う。
だが、それが難しいことは分かっている。
俺とお前が一緒にいられる時間はもう少ない。
自分のことだ、よくわかる。
あいつが俺を捨てたのも、これが原因だったんだろな。
最近は食欲もなく、寒い。動くことすら億劫になる。うずくまっているのが一番楽だ。
お前の前では普通に過ごすよ。お前には気取らせねぇよ。
そのくらい簡単だ。だって俺は猫だから。
あぁ、まだまだ、お前といたいな……。
◇
「なぁ、お前は奇跡を信じてるか?」
一瞬目を丸くしたお前は、少し考えたあとで笑った。
「うん。信じてるよ。もし奇跡が起こるなら……私は猫になりたいかな」
「猫に?なぜ?」
俺の話をきいていなかったのか?どれだけ俺たちが苦労しているか言っただろう。
「んー、猫みたいに毎日寝て、遊んで、ご飯食べて。あったかいところで暮らせたら楽しそう。あ、あと、きみともっと一緒にいられるでしょ」
……あぁ。お前も同じように思っていてくれてたのか。一緒にいたいと思ってくれるのか。
「だったら、俺が人間になるさ」
「きみが?」
「そうだ。猫の寿命は短いし、人間の方が何かと生きていやすいだろう。だから、俺が生まれ変わって人間になってやる」
「うん!そうなったら……いろんなとこに一緒に行こうね」
お前の笑顔がいとおしい。笑ってくれることがこんなにも嬉しいなんてな。
ずっとずっと、見ていたい。
「あ、でも待って!生まれ変わるってことは、一回死んじゃうってことだよね?それは、いやだなぁ」
眉を下げ、口をへの字に曲げて困ったように唸る。
「そんな顔するなよ。まだまだ俺は死なないから」
ふふっと笑って、そうだよねって微笑む顔を、あと何度見れるのか。
俺はお前を悲しませてしまうだろう。悪いな。
その時が来たら、お前をすこしでも悲しませないためにはどうしたらいいだろうか。
考えておくよ。
たとえ願いが叶わないとしても、信じていれば気持ちは楽だ。
いつかは叶う、そう思うだけで安らぐ俺がいる。
信じるものは救われるなんて、昔の人間はいい言葉を残してくれたものだ。
うまい精神論だと思う。
さぁ、俺の体はいつまで耐えてくれるんだろうか。
お前の目の前で死ぬことは避けたいな。
きっと泣きそうだな。
「なぁ、そろそろ寝なくていいのか?明日も朝、早いんだろう?」
「そうだね、もう寝ようかな。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
いい夢みろよ。
楽しく、幸せな夢を……。
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