第3話 つぶやき
これはあくまで、俺の独り言だから。
気にするな。
たいして重要なことでもねぇし。
独白というか、ぼやきというか……そんなもんだ。
軽く聞き流してくれてかまわないから。
◇
俺は一度、あいつに捨てられた。
それなのに、簡単にまた信用してしまった。
また捨てられるかもしれないのに。
笑えるよな。
だけど、お前なら信用できるって思ったんだ。
捨てられることすら、受け入れられるかもしれないな。
なぜだかは、分からない。
理由なんかない。
お前の顔を見た瞬間、声を聴いた瞬間、俺の心がそう思った。
ただそれだけだ。
お前になら、裏切られてもかまわないし、捨てられてもかまわない。
それでお前を恨むこともない。
きっと、お前はそんなことはしないだろうけど。
だから……時間が俺たちを別けるまで、お前と一緒にいさせてほしい。
それが俺の今の願い。
そして飼い猫全ての願いだと思う。
◇
いくら俺が喋れるといっても、しょせん猫だ。
決定権はなく、全てはお前たち人間にかかっている。
俺たちの生き死にでさえな。
俺たちにできるのは、せいぜい暴れ引っ掻き、力いっぱいの抵抗。
それでさえ、人間にとっては些細なものだろう?
……悪い。怖がらせてしまったか?
そんなつもりはなかったんだが。
お前の心に余裕があるなら、覚えておいてくれないだろうか。
さっき俺は言ったよな。
お前たちにも、俺たち猫にも自由や権利はあると。
人間と猫に大差ないと。
お前たち人間の判断一つで、俺たち猫の生死すら左右されるんだ。
俺の知り合いの中にも、飼い主から虐待を受けているやつがいる。叩かれるやつや、ごく少量の餌を気まぐれにもらえるだけのやつ、病院に連れて行ってもらえないやつ。
そして、たくさんの仲間が飼い主に捨てられて、一生を台無しにされた。
俺みたいに拾われて大事にされるやつもいる。もとから大事に大事に可愛がられているやつも大勢いる。
なぁ、考えてみてくれ。もし、生まれた時から衣食住そろっていて、何不自由なく育っていたやつが、ある日突然外の世界に出されたらどうなるか……。
そんなやつは、自分で食べ物をとることもできない。
誰も食べ物の獲り方なんか教えてくれない。分けてくれることもない。
どうすればいい?
飢え死にすればいいのか?
空腹に耐えて、骨を皮だけになるまで痩せ細って、それでも弱々しくも生にしがみついて生きる。
だけどな、いずれは死んでしまうんだ。
捨てられちまった猫ってやつは……。
もうどれだけ仲間がいなくなったかなんて分からない。
あとどれくらい仲間が残っているのかも分からない。
たくさんの仲間が、捕まって殺されたと聞いた。
なぜだ!?
おかしくないか?
自分たちが捨てたくせに、自分たちの都合でまた捕まえて……あげくには殺すのかよ。
よく考えたら、捨てられちまった猫には、急激に死が近くなるな。
捕まって殺されるか、飢えて死ぬか。
まあ、上手に生き残るやつもいるし、捕まっても他の猫たちと一緒に暮らせる場合もあるらしい。
でもな、大半のやつは捨てられたら苦しい道を進むことになるんだよ。
生きるために必死に必死に生きるんだ。
生きたいために生きるんだ。
わけわかんねぇよな。
どんなに苦しくっても生きるしかない。
人間の中には、苦しすぎて自分で生を絶つやつもいるんだろ?
そんなことをするのは、人間くらいだ。
俺たちは自ら命を絶つなんてことは考えない。
猫に限らず、人間以外すべての生き物がそうじゃないだろうか。
生きてるから、生にしがみつく。
与えられた命を精一杯に生きようとする、それが本能じゃないのか。
◇
俺も、お前と出会っていなければ……死んでいたかもしれないな。
そう思うと、とても恐ろしい。
死んだ先に、何があるかも分からないし、何もないかもしれない。
真っ暗かもしれない。
新しい光が見えるのかもしれない。
そんなところに行きたいとは思わないな。
どうせなら、生きていられる時を大切にしたいよな。
お前とこうして、一緒にいられる時を楽しみたいな。
お前は、どう思ってる?
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