第二話 _ 慇懃
目の前の同級生が転校生だということは、目に見えて明らかだった。
何せ見た目が変わっているのだ。薄い空色の髪に翡翠色の瞳なんて、今時の日本人高校生じゃ有り得ないし見たこともない。第一、同級生にこんな人が居たら絶対に認識しているはずだ。
彼の名は『
優斗の背骨には案の定ヒビが入っていたらしく、私達は病院に来ていた。
「あ〜痛たた…緋愛ちゃんすごい力強いね」
腕が届かないなりに自分の背中をさする優斗は、眉尻を下げながらそう言った。
「ほんっとにごめんね…私、力加減がすごい苦手で…あとちゃん付けは歯痒いから呼び捨てにして欲しいな」
こちらも眉尻を下げながら言うと、「じゃあ緋愛って呼ぶね」と微笑みながら返された。
…ていうか、今考えてみたけど…何で初っ端から下の名前で呼びあってるんだろう。普通なら、最初は苗字とかだよね。
そんな変な違和感を覚えつつ、優斗の髪を見る。少し長めで薄い空色で…所謂サラサラヘアー。触ってみたいけど、まぁやめておこう。
翡翠色の瞳は大きめで、全体的には少し童顔って感じ。そして整ってる。世にいうイケメンってやつだ。
細身で背丈は高くて、私より30cmくらい上…ってことは180cm辺りかな。
「優斗って、見た目変わってるよね。どこかの国のハーフなの?」
「…それさっきも聞かれたけど、違うよ?僕は生粋の日本人。っていうか見た目変わってるって、緋愛には言われたくないなぁ」
「うっ…」
気にしていることを言われ、ダメージを受けたような声が出る。いや実際に精神的ダメージっぽいのは喰らった。
そりゃあそうだ、私の髪と瞳の色は、優斗と同じく他の人とは違う。
「緋愛の髪、染めてるのかって思うくらいのしっかりした白色だし…目の色だって、綺麗な淡いピンク色だし」
「ああぁあぁぁ…そこは突っ込まないで…」
優斗の口から飛び出てくる具体的なコンプレックス内容がグサグサと突き刺さり、またダメージを受けた私は両手で顔を覆った。
「でも良かった、緋愛は僕の事気味悪がらないんだね」
「へ?」
安堵の息が混じった優斗の言葉に対して、間抜けな声が出る。
「…気味悪がられる事あるの?」
顔を覆っていた手を離しながら恐る恐る聞いてみると、「うん」と頷かれた。何ともない顔をしてるし、特に気にしていないようだけど…
「こんな見た目だし、そりゃ気味悪がられるよ」
困ったような笑顔を見せる優斗に、「私も」と言葉をかける。
「…私も、よく言われるよ。『ちょっと気色悪いね』とか、平気な顔して言われる」
正直あまり思い出したくもない事だが、優斗を前にするとすんなりと口から出てきた。
「え、ほんと…?仲間だ…!」
嬉しそうな顔をして私に抱きつこうとする優斗に両手を突き出して制止し、「それされると突き飛ばしちゃうからやめて」と力の入った声で述べる。
背骨の件が軽くトラウマになっているのか、優斗は少し顔を青ざめさせて「…わかった」と頷いた。
いや本当に、ボディタッチとかスキンシップとかで照れたり恥ずかしくなると突き飛ばしてしまうのだ。蹴った蝉の死骸だけで背骨にヒビが入るんだから、突き飛ばしたりなんかしたら入院沙汰になるだろう。
とにかく、人と触れ合ったりするのは相手にとって非常によろしくないので出来るだけ避けている。
「…っていうか優斗、クラスはどこなの?」
なんとか話題を逸らしたくて、ぎこちなく問いかけた。
「クラスはえっと…4組だったかな」
「え、私と一緒だ」
「…え?クラスメイトだったの!?」
心底嬉しそうな顔をされるものだから、引き気味に「うん…」と返してしまう。こんなに輝いた瞳を向けられたら誰だって戸惑うだろう。
なんて考えながらため息をついていると、優斗がまた「あっ」と口を開いた。
「ん、何?」
何かを思い出したような声だったので、反射的にそう聞く。
「あ、いや…クラスメイトじゃなくて…ぼ、僕達、友達…だよね」
今までへらへらと喋っていた優斗の口調が、不安げな口調に変わる。心做しか、頬も紅く染まってるような気がしないでもない。
「…何言ってるの?もう友達でしょ」
そう言って微笑みかけると、優斗は「だよね!」と口調を戻して笑った。
「あぁ、良かった…もう独りぼっちでご飯食べなくていいんだ」
ふと、独り言のように零した優斗の言葉が耳に入る。
「…今までは独りぼっちだったの?」
そう聞くと、優斗は勢いよく私に振り返った。『聞こえてたのか』とでも言わんばかりの驚いた顔をされている。なんだその顔。
「…うん。さっきも言った通り、僕、気味悪がられてたし…友達いなかったから」
悲しげに目を伏せ、鞄を見つめている。
「あ…ごめん…転校当日なのに学校行けてないんだよね、私のせいで。行きたかったよね?」
「え!?いやいや全然!緋愛のせいじゃないよ、むしろ友達できてよかったし!」
私が見当違いな事を言ったのか、首をぶんぶんと横に振って全否定された。
「なら、良いんだけど。その鞄にお弁当入ってるの?」
「…一応。前の学校と同じように、屋上とかで一人寂しく食べようかな…とか思ってたんだけど」
前の学校と同じように…ってことは、前の学校では屋上で一人で食べてたんだ。
「…食べる?」
「え?」
「あーん、してあげようか?怪我人だし」
ぴん、と人差し指を立て、そう提案する。
冗談のつもりで言ったのだが、優斗は真に受けたのか驚いた表情をしたまま固まり、頬を赤く染め始めた。
「だ、だ、だめだよそんな…だって僕らそういう、あれじゃ、ああぁあぁぁあぁ…!!」
湯気が出るほど顔を真っ赤にして、情けない声をあげている。この子、異性に対しての耐性が無さすぎる。友達いなかったって言ってたし、異性との交流もあんまり無かったんだろうな。
「冗談だよ、そんな慌てなくていいでしょ」
しばらく唖然としていた私だったが、優斗の過度な慌てっぷりが面白くて、小さく吹き出してしまった。
「じ、冗談?冗談…、あぁ、冗談か…」
顔を赤くしたまま何度も繰り返す優斗に「だって」と切り出す。
「あーん、なんてしたら恥ずかしくて突き飛ばしちゃうし…」
目を逸らし気味に言うと、優斗は少し考えた後、閃いたように目を見開いた。
「は、恥ずかしくなると突き飛ばしちゃうってこと!?」
「…うん」
もうこの事実自体が既に恥ずかしいけど、そこは吹っ切れてるから突き飛ばしたりはしない。
「え…えぇぇ…」
身の危険を感じ取ったのか、優斗は物凄い勢いで青ざめる。
まぁ、当然だろう。私と関わってたら体がいくつあっても足りないだろうし。
「…とにかく、背骨が治ったら学校来なよ。一番に話しかけてあげるから」
自分でも分かるほどの上から目線でそう述べると、優斗は青ざめた顔から一変し、柔らかい笑みを浮かべて「うん!」と頷いた。
その二日後、優斗が初めて学校に来た。
優斗は見た目は変わってるけど顔は整ってるから、女子たちの注目の的にされている。
そんなものはお構い無しに優斗に話しかけに行こうと近づくと、優斗は私に気づいて「緋愛!!」と嬉しそうに大きな声で私の名前を呼んだ。
「こ、声大きいよ」
見た目が変わっている者同士が喋っているからか、教室内が変な雰囲気になる。
昼休みなので屋上に行って一緒にお弁当を食べようと誘いに来たのだが、こんな雰囲気だと誘いづらい。
「お弁当、食べに行こ!」
私が切り出せずにいると、それを察してくれたのか、優斗はそう言って立ち上がり、鞄からお弁当を取り出した。
「うん、食べよっか」
そんな優斗の気遣いが嬉しくて、思わず口元が緩む。
周りから少人数が「ヒューヒュー」と囃し立てて来るがそれを無視し、私もお弁当を手にして優斗と一緒に教室を出た。
「やっぱり変な目で見られちゃったね」
「あんなの、無視しとけばいいんだよ」
屋上に向かいながら、そんな会話を交わす。
久しぶりに人と食べるお弁当は、いつもよりも美味しく感じたような気がした。
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