第一章 _ 序開
第一話 _ 莞爾
いつも通り暑い夏の日の、午前七時。
私、『
垂れてくる横髪を留めるヘアピンがズレる度に手を添えて戻し、を何度か繰り返しており、段々とイライラし始めている。
毎日登下校中に流している淑やかなクラシック曲を聴いていると、1曲が終わった後に凄まじいギターの音が鼓膜を突き破る勢いで響いてきた。
「なっ…!?」
突然の事に驚いて両耳のイヤホンを外し、声を上げる。
しばらく立ち止まって考え込んでいると、謎のギター音の正体がじわじわと滲み出るように鮮明になってきた。
「アイツか…!!」
唸っているかのような低い声が喉から捻り出てくる。
またか。またやりやがったのか。
片方のイヤホンを軽く耳に当て、曲を聴いてみる。…やっぱり、間違いない。
この曲は弟が好きな曲で、五月蝿いくらいにギターが暴走するような忙しい曲だ。もちろん私は好きではない。むしろ嫌いまである。
この前、弟の目の前で「この曲は苦手だ」と言ったら、弟は定期的に私のプレイリストをぐちゃぐちゃに掻き回して嫌がらせをしてくるようになった。
何度も直しても何度も嫌がらせされる。これで何回目だろう。多分12回目だったと思う。
その場の怒りに任せ、足元に転がる蝉の死骸を思い切り蹴飛ばす。と、その死骸が前を歩く男の人の背中に勢いよく当たった。
「はっ…!?わああああすみません!!」
先程の『アイツか…』とはまるで違う、高い声で謝る。もちろん可愛子ぶってるとか、テンパってるとか、そういうのではない。
私は昔から、知らない人や親しくない人と話す時は声が高くなってしまう癖があるのだ。
それが癪に障って怒られるとかいう事も少なくないし、直そうとは思っている。思ってはいるんだけど、全くと言っていいほど上手くいかない。
ぺこぺこと何度も頭を下げて謝っていると、「大丈夫ですよ」と穏やかな声が返ってきた。
「えっ?」
大丈夫なわけが無い。バチン!と音がしても可笑しくないほど勢いよく当たってたし、そもそも私の身体能力から考えると背骨が折れてる可能性だって有り得る。証拠とまでは言えないが、背中に当たった蝉の死骸は粉々に砕け散っていた。
下げていた頭を上げ、相手の顔を伺うように覗き込むと、相手はかなり怯えたような表情で私を見下ろしていた。でも、笑顔だ。ぎこちないけれど、笑顔を浮かべている。
「け、怪我もしてませんし…そんなに…謝る事じゃ、ないですよ」
段々と声が弱々しくなってきた。さっきの穏やかな声は精一杯の平気なフリだったらしい。
「いやいやいや絶対大丈夫じゃないでしょ!!病院行った方がいいですよ!!」
「あああ本当に大丈夫!大丈夫ですから!!それに遅刻しちゃうし…!」
『遅刻』と聞いて、我に返った私はやっと気がついた。目の前の男の人は私と同じ学校の制服を来ている。そして鞄に付けてある学校指定のストラップは赤色。二年生の指定色…つまり私と同級生だ。
「え、あ…貴方って紫音高校の二年生…です…よね」
恐る恐る聞いてみると、今度は首を傾げられた。
「…はい、そうですけど。…あれ?君も赤色…」
お互いに、お互いのストラップを見る。
数秒の沈黙の後に出たのは、「はじめまして」という一言だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます