第83話 狂人5
「まさか獲物の方から来てくれるとはな。私は非常に付いている」
レインと相対しているのは狂人のリーダーことヴァイス名『フューラー』だ。
紅に奇襲をされ、立てていた作戦は全て台無しになってしまったが、結果的には目的の時崎時雨を目の前にしてるため問題はなかった。さらにはこの1体1という状況でさえフューラーには好都合だ。思う存分力を振るうことが出来る。
「お前たちは俺を狙っているのか?」
「そうだとも」
「臨海学校の時もそうだったのか?」
「その通りだ。……あいつが単独で突っ走ったのは予定外だったがな」
あいつとは短髪のヴァイスだということもレインは理解している。
どうして俺を狙っているのか、その理由まではレインは訊かなかった。訊いたところで教えてはくれないと分かっているからだ。
概ね何かしらの復讐か、それとも恨みか、いずれにせよフューラーを始末することに変わりはない。
「だが、そのおかげでお前の能力は全て把握した。あいつは貴重な生贄となってくれたよ」
「そうか」
レインは今までそうやって自分の異能を知ったかぶった奴を何人も見てきた。惜しかった人物をあげるとするならば、学園長の増谷ぐらいだった。その他はレインの異能の本質にカスリともしていなかった。おそらくこいつもその内の一人だろうとレインは確信していた。
「澄ました顔をしても無駄だぞ。お前の異能は『加速』なんかじゃない。自身の身体機能のみならず、思考や物理演算といった脳の機能をも大幅に強化する能力。……そうだな。あえて名付けるなら──────『増強』とかか……?」
「……っ」
「今のごく僅かな反応……もしかして当たりか?」
どうやらこいつは他とは違うようだ。
しかし、
「惜しいな。──────ハズレだ」
それは1を強化する能力だ。言わば増谷の『増幅』の異能のようなもの。
だが、レインは少し違う。前にも言ったはずだ。
レインの能力は0を無限の可能性まで引き上げる能力だと。
フューラーは増谷とはまた違った間違い方をしているようだ。
「……それは残念だ」
自信があったのか分かりやすく表情を暗くして落ち込むフューラー。
「それで、もう雑談は終わりか?」
「?」
「死ぬ前の言いたいことは以上かと訊いているんだ」
本当なら今すぐにでもフューラーを片付けることができるレインだ。しかしそれをしないのは、この仕事を何年もしてきたからこそのレインなりの慈悲だった。
だが、その慈悲は相手にとっては挑発に等しい。
「フフフ……、面白い。やはり君は異常者のようだ。いいだろう、雑談はもうお終いだ。ここからは──────命を懸けた殺し合いをしようじゃないかっ!!」
その言葉の勢いと共に、フューラーはレインに向かって猛スピードで襲いかかった。まだ異能は使わず、身体能力の肉弾戦へと持ち込む。
お互い戦闘には呼吸の如く慣れており、相手を吹き飛ばす大振りな蹴りも、ノーガードで受ければたちまち倒れてしまうような拳も、お互い捌き合いながら戦闘を繰り広げていた。
「流石だ……!流石、神が敵と認めた人間だ!!これほど私と渡り合える相手も久しぶりだ!!もっと殺し合おう!もっと殺り合おう!!もっと私を楽しませてくれっ!!」
レインと殺り合い、感情の昂ったことでフューラーの動きや力がさらに増していく。繰り出される拳の量はまさに雨の如く。時速25メートルの弾丸のような攻撃がレインを襲う。
しかし、そんな状況でもレインの表情は変わらない。至極当然のようにフューラーと渡り合っていた。
だが、内心は防御で手一杯になっていた。
「素晴らしい……!!このような人間がこの世にいるのかっ!!実に歓喜溢れることだ!」
その感情の高ぶりのまま、フューラーは異能『複製』を発動。7人もの自身の複製を生み出すことができる能力。一見地味な能力に見えるが、実態そのものがとんでもない強者なら話は別だ。フューラー一人を相手するのにもかなりの苦労が必須なのだが、それがあと6人もいると考えると、とてもではないが勝ち目はない。
「卑怯だと思うか?」
おそらく複数人で相手することをフューラーは危惧しているのだろう。
「……問題ない。丁度いいくらいだ」
レインも少しずつ異能を発動し始める。
先程は防御が手一杯だったが、それは異能が使われていない状態の話だ。レインが異能を全開放すれば、フューラーなど10秒も持たずにひれ伏せられる。
だが、そうしないのは彼なりに力を制御しているからだ。強力な力を得るには、それ相応の対価が必要となる。よっぽどの事がない限り、レインは全力を出さないだろう。
「その余裕面を、今すぐ恐怖に染めてやろうっ!!!」
7人のフューラーが四方八方からレインを襲う。
7人の攻撃を避け切るなどほぼ不可能。そう理解しているレインは、単純なガードと受け流してガードする方法の二つを駆使してフューラー7人を見事に相手していた。
そして密かに窺ってもいた、反撃のチャンスを。
いくら自分が7人いるとはいえ完璧な連携をとることは難しい。
レインに攻撃し続けるフューラーの複製2人が、少しのミスで肩を衝突させてしまった。
その隙をレインは見逃さなかった。一気に、崩れた統率を乱すように複製一人ずつに攻撃を与えていく。途端、フューラーの複製は煙のように消えていった。
「お前の異能は把握済みだ。自身の複製をつくりだす能力。しかし、その複製は一定量の攻撃を食らってしまうと消滅する」
「……ぐうの音も出ないほどその通りだ。まさかこれほどとは思わなかった。たった16歳の少年が私と対等に戦えるなんてな」
相手の情報戦の抜け目なさと技量に大いに感心するフューラー。
「しかし……戦いはまだ始まったばかりだっ!!」
だが、負けを認めたわけではない。
フューラーはまたもや自身の複製を7人つくりだしレインに向かっていく。
しかし、結果は先程と同じ。レインの攻撃によってすぐさま複製は消えてしまった。
「何度同じことをやっても無駄だ。複製をつくるお前の体力が先に底をつくぞ」
複製をつくれるといっても無料ではない。そうするにはかなりの体力と精神力を消耗する。
「……そうだな。このままだと私が先に倒れるのは明白。私が何度複製しても、お前は同じことを繰り返すだけでいい。……だが、それで終わる私ではないっ!!」
フューラーは負けじと再び7人を複製してレインに襲いかかる。しかし、それでは先ほどと同様の結果になることは目に見えている。
だが、フューラーには一つの策があった。
「懲りない奴だ」
レインは再び攻撃を受け流しながら隙をついて7人に反撃を下していく。
これでまた同じ結果──────かのように思われた。
「──────ハハハッ!!!」
「──────っ!」
フューラーの背後から突然現れたのは、8人目の複製だった。
あまりの予想外の出来事にレインはガードし切れず、フューラーの攻撃をそのまま食らってしまった。
「……ッ!」
数メートル先まで吹き飛ばされるレイン。
「お前の情報源こそ、私たちは把握済みだ。お前の組織には、相手の異能を『把握』できる異能力者が存在する。能力戦において、相手の異能を知ることは大きなアドバンテージだ。しかし、その異能は把握する異能の詳細までは知ることができない。つまり、大まかな相手の能力は予測できるものの、実践で見て見ないことには能力の中身は把握出来ないということだ」
フューラーの言っていることは全て正しかった。
「だが逆を言えば、実践で得た情報こそが本当の能力だと勘違いしてしまう。俺はそれを利用した」
フューラーは自身の策をペラペラと話し始めた。
「お前は二度の戦闘でこう思ったはずだ。『あいつは7人しか複製することが出来ない』と。だが実践俺が複製することができる人数は……8人だ」
残った8人目の複製の肩に肘を乗せるフューラー。
「情報を得て、相手の能力を事前に対策することは大事だが、それを逆手にとられては本末転倒だぞ。……訊いているのか?」
受けたダメージが大きいのか、レインは動けなくなっていた。
「まったく……所詮はこの程度か」
気絶したように倒れているレインにゆっくりと近づくフューラー。
「おまけに教えてやろう。実は私の秘密の策はもう一つある」
フューラーはレインの右足首を掴む。
そしてニヤリと笑いながら、
「──────私の異能は一つではない」
2つ目の異能を発動させた。
掴んだレインの右足首が赤く染まっていく。
「この赤い模様が全身を包んだ時、おまえは『崩壊』する」
異能『崩壊』。5秒間触れたモノを内側から崩壊させる能力。フューラーの2つ目の異能だった。
「さようなら、時崎時雨。……そしておめでとう、私」
レインに別れを告げ、天に自身の祝福の言葉を唱えると、フューラーはその場をあとにしていった。
しかし……、
「──────ちょっと待てよ」
「──────ッ!?」
倒れていたはずのレインはいつの間にか立ち上がっており、足首の模様も綺麗さっぱり無くなっていた。
「バカな!?あの攻撃を食らってどうして立っていられる!?それに、私は確かにお前に崩壊を発動した!!」
それが無効化されたケースなど遭遇したこともないフューラーである。だからこそ余計に驚きを隠せない。
「あの攻撃は効いたな。今までで一番効いたかもしれないな。起き上がるのに少し時間がかかってしまった」
「……ど、どういうことだッ」
「だがもう一つの方は簡単だ。崩壊と言ったか?5秒もかかってしまったが──────俺はそれの対抗手段をつくった。ただそれだけに過ぎない」
「対抗手段……だとッ?」
それがレインの異能の本質だった。
「なかなかに楽しめたぞ。でももうさよならだ」
「……なんなんだお前は!何故お前にそのような力がッ!!くそ……っ!くそォォォオ!!」
フューラーの最後の攻撃ももうレインには届かない。
フューラーはあっけなく殺られてしまった。
「任務完了」
その場には次第に時雨の雨が降り注ぎ始めた。
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