第84話 狂人6


「はぁ……物足りなかったわ」


 サーチを追っていたアリスだったが、敵がサポート系の異能持ちであったがために予定より早く片がついてしまって暇になっていた。


「どうして私があんな雑魚を……」


 実は作戦会議の時から自分のターゲットに不満を持っていたアリスだ。だが、ボスに背くことなど言語道断なので言い出せるわけがなかったのだ。本当はレインと変わって欲しいと心の底から思っていた。

 とりあえず今はまだ戦闘中かもしれない仲間のもとへと向かっていた。紅が苦戦するとは思えないが、万が一のことを考えて応援に行く。


「アリスじゃねぇか」

「あら、バーン」


 どうやら、同じく暇を持て余していたであろうバーンと遭遇した。


「あなたも早々に片づいてしまったの?」

「それなり楽しめたけど……全力を出すような相手ではなかったな」

「それなり楽しめたのならまだマシな方よ。私なんて10秒も持ってくれなかったわ」

「それはお前の力の問題じゃ?」

「手加減は苦手なのよ」


 常に全力で仕事をこなす彼女に力を抜くという言葉は存在しない。


「あれれ〜?アリスちゃんにバーンちゃんじゃん!」

「レイン以外勢揃いか」


 しばらくしてキリコとラッシュとも合流した。


「なんか物足りなかったよね〜」

「同意」


 同様に2人も苦戦を強いられず仕事を終えたようだ。


「……妙ね」

「どうしたのアリスちゃん?」


 この状況を理解して、アリスには一つ不可解な考えが浮かんだ。

 それを不思議そうに尋ねるキリコ。


「この仕事は、本当にレインを連れ戻すほどの難易度の仕事だったのかしら?」

「え?」

「ボスは言ったわ。最重要及び最高難易度の任務だと。だから私も高を括らず決死の覚悟でこの任務に望んだわ。けれど、蓋を開けてみればこの通り呆気ない勝利の連続。これがボスの言う最重要及び最高難易度の任務なのかしら?」


 一つの疑念をアリスは上手く言葉にしながら口にした。


「……確かにそうだね。むしろ今までよりも簡単な任務だった気がする」

「それにも同意」


 賛同するようにキリコとラッシュも口を開く。

 いくらS級ヴァイスが3、4人いたとしても、紅からしたらそんなやつらを相手にするのは日常茶飯事だ。今回は人間も数名居たが、やはりボスが言うほどの任務だと思えない。


「もしかしたら、レインが相手しているリーダーのみがその難易度に値しているのか?」


 この疑念を晴らすべくバーンが一つの説を考えだす。


「それならレインが今いないのも納得できる。……だが、レインが苦戦している可能性は?」

「ないわね」


 そのバーンの憶測をアリスは即座にキッパリと否定した。強く睨みつけることも付け加えて。

 レインの強さは誰よりも理解しているつもりのアリスだからこその断言だった。


「バーンちゃんったら、そんなわけないでしょ?」

「愚考だな」

「レインの実力を知らない人ではないでしょ?バーン」

「……っ、も、もしもの話だ」


 バーンもそんなことはないと思っている。これはただの憶測に過ぎないのだ。にも関わらず、3人から前のめりな反論をされ少し退くバーン。

 キリコとラッシュも、そんなまさかなど一ミリも考えないほどレインの強さは身に染みて覚えている。だから、そんなもしも話さえもおこがましいと感じている。


「絶対にないわね。彼が負けるところは想像がつかない」

「だったらどう説明するんだよ」

「それは……」


 敵の幹部らしきものは全員強敵ではない。レインが相手をしているリーダーもおそらくレインの敵ではない。

 だとしたら、ボスは何を最重要及び最高難易度と評しているのか。離れていったレインを連れ戻してまで行かせたこの任務は一体何なのだろうか。


「……レインに会いたかった口実、とか?」

「誰が?」

「……ボスが、よ」

「それこそまさかだろ」

「……そうね。何考えてんだろ私」


 捻り出した答えがあまりにも有り得ないことだと再確認し、すぐさまさっき言ったことを忘れようとするアリス。


「……雨だわ」


 不意にアリスの頬に一粒の雫が落ちてきた。


「今日は降ったり止んだりするらしいからね〜」


 その雨粒の冷たさがアリスの頭を冷やしていく。


「一先ずレインのもとへ向かいましょう」

「……そうだな」


 この疑念を晴らすことは後にし、アリスたちはレインと合流することにした。




 ※



「雨か……」


 任務を終え一段落していると、空が雨模様になっていることに気がついた。


「終わったか……」


 俺が紅に戻る要因となった任務が終わり、俺は晴れてまた自由の身となれたのだろうか。だが、おかしい点が一つある。


「本当にこれがボスの言っていた最重要及び最高難易度の任務なのか?」


 任務を終えての感想としてまず思い浮かぶのは、俺なんかいなくてもアリスたちなら対処できる組織だったのではないか、という疑念だった。

 俺が戻ってから約半年間もの準備期間があったのにも関わらず、内容がそれに全く釣り合っていないのだ。

 俺なんか必要なかったんじゃないか?と思ってしまうほど簡単な任務だった。

 なら、何故ボスは俺を呼び戻したのだろうか。

 その選択肢は上げ始めたらキリがないため省くが、アジトに戻ったらボスに色々と問いただしたいところではある。


「……戻るか」


 おそらくこれは俺以外のメンバーも思っていることだろう。そのことも含めて報告し合うか。

 俺は予め決められていた合流場所へ向かうと、既に俺以外のメンバーが集まっていた。


「どうだった?」

「物足りなかったわ」

「まあまあだったよ!」

「ふつう」

「それなりに楽しめた」


 一言で意図が察せたのか各々感想を口にしていく。

 その内容から、この任務に対する5人のとある共通認識が浮き彫りになった。

 やはりこの任務は簡単な任務だったのだ。


「……とりあえず帰還する」

「……そうね。今考えても意味の無いことだわ」


 今そのことについて5人で詮索したところで結論は確実に出ない。とならば、ここは直ちに帰還することがベストだろう。組織の人間として、任務が終わったなら即座に帰還することが最優先だ。そのことについてボスと話し合うためにも。






 任務終えた俺たちはアジトに帰還した。

 結論から先に言うと、ボスから詳しいことは訊きだせなかった。

 情報がどうだとか、裏世界の仕組みがどうだとかで終始はぐらかされ、俺たちが知りたいようなことは一切口に出してはくれなかった。何とも不完全燃焼なままボスへの報告は終わり、俺たちの疑念は未だ晴れていないままだった。

 だが一つ他に気になったことがある。

 ボスの専属のメイドである『グラス』が、俺とボスのことをまるで家族を見るような温かな眼差しで見ていたのだ。

 グラスには幼い頃からお世話になっているためほとんど家族のような存在だ。だからそういった眼差しを向けられることは別に大して気になることでないはずなのだ。しかし、さっき向けられていたものは、それとは違った意味が込められているような気がしてならないのだ。

 だが、これはただの憶測か勘違いの可能性もある。深く訊くつもりはないが、何だか奥歯に物が挟まって取れないような、そんなもどかしさが俺の中に残った。




 ※




 任務の報告が終わり、紅の面々はボスの部屋を後にしていく。

 レインがこちらを窺いながら何か言いたそうな顔をしていたが、それを口に出すことはなく静かにこの場を去っていった。

 残されたのはボスとそのメイドのグラスのみとなった。


「はぁ……」


 一時の静寂の後、グラスが呆れたようにため息をついた。

 ボスを横にしてため息をつける人間などグラスぐらいだろう。それほどこの2人には厚い信頼関係がある。


「どうしてこう素直になれないんですかね?」


 グラスがボスの方を見ながらそう言った。どうやらため息の原因はボスのようだ。


「……」


 そのグラスの発言が図星なのか、黙って反論もしないボス。


「『お前が心配だったから呼び戻した』何も恥ずかしくない言葉ですよ」


 グラスはボスの本心を包み隠すことなく口にする。


「今更そんなことは言えん」

「どうしてです?」

「……私のイメージではないだろ」

「……そんなこと気にしてたんですか?」


 一種の照れ隠しともとれるボスの言い訳にグラスはもう一度ため息をついた。


という関係を明かす日は遠いですね……」


 そして、ボスとグラスのみが知る真実を呟く。


「……少し口が過ぎるぞ、グラス」

「はーい」


 まったく反省の色を見せないグラスであったが、そのことにボスが深く追求することはなかった。グラスはこういう人間だと昔から知っているからだ。


「それにしても……大きくなりましたね。レイン」

「……まだまだだ」

「手厳しいことで。……それが家族愛ってことなんですかね」

「うるさいぞ」


 流石のボスもグラスを注意し始めた。


「レイン……。いつの間にあんなイケメンになっちゃって」


 グラスにとっても、レインのいなかった日々は寂しい思いの連続だった。幼い頃から成長を見届けてきた身からしたら当然のことだろう。

 レインが戻ってきた日は、それはもう歓喜しまくっていたグラスである。


「もう十数年前ですか……。早いものですね」

「そうだな……」


 だからなのか、感慨深くなったグラスとボスはレインと初めて会った日のことを思い出していた。

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