第82話 狂人4


「やっと足を止めたか」


 一方、新入りのヴァイスことヴァイス名『ビルド』を追っていたのはバーンだ。

 しばらくの間逃げ続けていたビルドだったが、策を完遂できたことが分かりようやくその足も止まった。


「すまないな。こちらも指示されていることに従っただけなんだ。本当は敵を前にして逃げるなど、恥晒しにも程がある行為だ」


 ビルドもグロースと似たプライドを持っていた。

 元々個人で犯罪に手を染めてきたビルドだったが、やむを得ず狂人への介入を強制させられたのだ。


「とんだ生ぬるい組織に入ってしまったものだ。正直飽き飽きしていた」


 ビルドが狂人に入って思ったことは一つ、『不気味』だった。

 ターゲットである時崎時雨を狙っているようで狙っていないような、そんな違和感をリーダーから感じることが多かった。あいつほど不思議なヴァイスをビルドは見た事がなかった。


「だが安心しろ。もう逃げたりしない。思う存分殺し合おうぜ」


 時崎時雨を狙うことも目的だが、ビルドにはもう一つの目的があった。

 それは、単なる殺し合いの戦闘。お互い命を懸けて死ぬまで戦い続ける、そんな胸踊るような戦闘がしたい。ただそれだけだった。

 それが叶えられるかもしれないと狂人に入ったはいいものの、蓋を開けてみれば拍子抜けするようなつまらない日々ばかり。

 だが、今日は一味違う日を送れそうだ。

 目的を2つ達成して、俺はを受ける。ビルドはそんな面持ちでいた。


「おっかないなぁ。一応奇襲したのはこっちの方なんだけどなぁ」


 ビルドのあまりの戦闘狂な思想に、バーンはやれやれといった感じで頭をかいた。


「俺にとってこの状況は好都合だ」

「まぁ、お前たちの策も分からなくはないけどよ。……バラバラに逃げることで相手の戦力を分散させ、各々少なくとも1対1もしくは1対2の状況をつくりだし交戦する。協調性のないヴァイスにとっては実に相応しい策だ」

「そこまで分かっているならこの状況も理解できるだろ?お前は助けを呼べず、味方もいなく、今から俺に殺される」

「でもよ。……一つ懸念点があるんだよ」

「……あ?」


 そう、それはその策の大前提の話だ。


「そもそも一騎討ちになったとて、そこで勝てる保証はどこにも無い。相手が自分を超える強者だった場合どうするんだ?」


 仮に相手の戦力を分散させたところで、各々その相手に勝てなければその策自体無駄に等しい。言ってしまえば、本当は味方がいれば勝てるような可能性を狂人たちは自ら捨てたことになる。


「つまり、この状況が本当に好都合なのは─────俺たちなんだよ」


 それは挑発でも煽りでもない、一種の忠告のようなことをバーンは伝えた。

 けれど、プライドの高いビルドにとってはそれは間違いなく挑発に訊こえ、


「ふっ、そうかよ。だったら─────証明してみろやぁ!!!」


 ビルドは怒りに身を任せた単純な突撃をした。常人ならそのまま攻撃を食らって一発KOな場面だが、バーンはそれを一歩後ろに下がって冷静に対処した。


「おいおいどうした!逃げてばかりじゃないか!!」


 続く攻撃もバーンは後ろに引いて身を躱しながら捌いていく。ここら辺の身のこなしは流石と言ったところだろう。雑に殺しを8年もやっていない。幾度となく修羅場という修羅場をくぐり抜けてきた実力者だ。


「すぐに終わったらつまらないだろ?だから少しはお前にチャンスを与えてんだよ」


 お前などいつでも殺せる、そう余裕じみたことをバーンは言った。


「……っ!じゃあ、これならどうだ!!」

「!?」


 軽い挑発で堪忍袋の緒が切れたビルドは異能を発動。バーンの下に半径30メートルほどの円が出現した。ビルドの異能『幻術』の空間だ。

 途端、バーンの目の前にいたビルドの姿が消えた。


「俺の異能『幻術』の世界へようこそ」


 姿は見えないがビルドの声が何処からか訊こえる。


「こんなんで俺を倒せるとでも?」


 相手の術中にいても尚余裕を魅せるバーン。動揺は相手の思う壷だ。平然を装い、冷静に対処することがエリートには求められる。


「そうやって取り繕っても無駄だぞ。この円に入った時点でお前の死は確定だ。ご愁傷さまだな」

「ほぉ……?」

「お前はもう俺本体に指一本も触れられないぜ。この円に入って、生きて帰った人間など1人もいない。俺を怒らせたことを後悔するんだなっ」


 すると、バーンの前には何十人ものビルドが現れた。

 完全に囲まれたバーン。まさに四面楚歌状態だ。


「これも幻術の能力か」

「そうだ。後はこのまま死に疲れるまで殴り続けるだけだ!!」


 四方八方から襲いかかるビルド。

 バーンも全ての攻撃を見極めることは不可能だ。多少はガードできても数で押されてしまう。

 そのせいか、後方から力の籠った蹴りをもらってしまった。


「ぐ……っ!」

「ほらほらどうした!休む暇なんて与えないぜ!」


 間髪入れず畳みかけるビルド。この空間内であれば彼は怖いものなしだ。

 だが、弱点がないわけではない。この円の中ならビルドの思うがままだが、逆を言えば円さえ出てしまえば怖くはない。

 しかし、この円は半径30メートルもある。円を抜け出そうと外に向かえば、必ず幻術で作り出したビルドが行く手を阻む。これだけなら相手は完全な詰みだ。

 だが、実はもう一つ弱点がある。


「オラオラオラァ!!」

「……っ!!」


 一方的に数で押され続けるバーン。攻撃をガードして反撃するも、バーンの攻撃は相手の体を捉えず虚空を切る。


「無駄無駄。俺からお前に攻撃は当たっても、お前から俺に攻撃することは出来ない。……終わったな、お前っ」


 バーンは何度も攻撃を食らってボロボロ、精神的にも肉体的にも疲弊し切ってしまった。


「はぁ……はぁ……」

「さっきの余裕はどうした?ほら、戯言でも吐いてみろよ。雑魚」


 勝負は圧倒的にビルドが有利。状況的にも、身体的にも大きなアドバンテージがビルドにはある。


「もう言葉も発せないほど疲れたか?……なら、これで終わりだっ!!」


 トドメの一撃を食らわせようと、瀕死で倒れているバーンに猛スピードでビルドは向かう。このままいけばビルドの勝利は確実。

 だが、


「─────はぁ〜あ。これくらいでいいか」

「……は?」


 さっきまでのダメージを感じられないほど軽々とバーンは立ち上がり、ビルドの攻撃を意図も簡単にガードした。


「馬鹿な……。どうして立っていられる?」


 ビルドが驚きを隠せないのも無理はない。あの攻撃を連続で受けて、立っていられる人間などビルドは出会ったことがなかった。

 だが、今バーンは無傷のように澄ました顔でビルドに対峙している。そのことにビルドは少し恐怖すら覚えた。


「俺は、確実にお前を……」

「言っただろ。少しはお前にチャンスを与えるって」

「……っ!」


 バーンにとって、今までの出来事は全て茶番に過ぎない。ビルドの異能も知っていたし、その上でわざと攻撃も受けた。それがバーンなりのチャンスの与え方だったのだ。


「なかなかの演者だっただろ、俺?アリスにも引けを取らないほどの名演技だ」

「……こ、……こいつっ!!」


 いつまでもコケにするバーンに一層腹立ったビルドは、幻術で作り出せる最大数の分身をバーンにぶつける。

 しかし、それは跳躍で軽々と避けられてしまった。これは異能でも何でもない。単なるバーンの身体能力だ。


「お前の能力の弱点は2つ」


 バーンは跳躍し、空中に浮きながら口を開き始めた。


「円から出てしまえばこの異能は無力となる。この円は言わば異能の発生領域、そう怖いものではない。そしてもう一つは、実態は必ずこの円に存在するということだ」

「……っ!?」


 ビルドは痛いとこを突かれ動揺を隠し切れなかった。


「だ、だがこの円は半径30メートルもある!極端な広域攻撃がない限り、俺はこの円の中じゃ無敵だ!」

「その極端な広域攻撃が俺には出来ると言ったら?」

「そんなの……は、ハッタリだ!」

「じゃあ、見せてやるよ。俺の異能『灼熱』の火力を……!」


 バーンの両手に真紅の炎が立ち上り始める。


「や、やめろ……っ!!」

「──────広域火力『炎海マグマ』!!」


 その瞬間、半径30メートルの円の中はたちまち炎の海と化した。


「グワァァアア!!!」


 温度4000度の炎がビルドを襲う。と同時に、2人を覆っていた円は徐々に消えていく。

 その円があた方もなく消え去ると、そこにはコンガリと焼け果てたビルドの姿があった。


「俺の攻撃は火葬までしてくれるから便利だよなぁ」


 炭になったビルドをよそ目に、バーンは自惚れたようにそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る