第80話 狂人2


「こらー!待てー!!」


 逃げ続けるデカブツを追っているのはキリコだ。デカブツ改めヴァイス名『グロース』とほぼ同じスピードでばっちりとその背中を追い続けていた。


「……これぐらいでいいか」


 グロースはキリコの他に敵が来ていないことを確認すると、待ちわびたかのように足を止めた。

 グロースとしてはプライド的に敵から逃げるなど言語道断なのだが、リーダーの命令で仕方なく戦いたい衝動を抑えて従っていたのだ。


「ようやく暴れられるぜ」

「もう、逃げないでよ!」

「わりぃわりぃ。けどもう逃げねぇよ」


 抑えていた衝動が解放されグロースは邪悪な笑みをキリコに向けるも、


「良かった。やっと殺せる」


 そんなものに一切怖がりもせずキリコはマイペースを貫いていた。


「……俺が怖くないのか?」

「何で?」


 思ったような反応を得られずグロースの方が逆にキリコの不気味さに少し息を詰まらせた。自分を前にして怖がらない人間など今まで出会ったことがなかったのだ。

 しかし、


「……いいぜ。いいじゃねぇかお前!最近歯ごたえのないやつばかりで退屈してたんだよ!お前なら心置きなく全力を出せそうだ」


 それがグロースの戦闘スイッチの引き金となってしまった。


「悪いが女相手でも手加減しないぜ!」


 持ち前の強靭な筋肉を見せつけ、勢いよくキリコに襲いかかる。


「オラァオラァオラァ!!」

「わぁお」


 拳を右左右左と繰り出すグロース。

 しかし、キリコはそれを華麗な身のこなしで避けていく。


「かなりの脳筋さんだね」

「うるせぇ!」


 グロースの拳が地面に打ちつけられる。途端地面にはヒビが入り、それがグロースの拳の威力を物語っていた。一発でも当たれば命はない。そんなリスクを背負いながらも、キリコに当たる気配はまったくない。


「どうした?反撃してこないのかっ」


 まったく攻撃する素振りを見せないキリコにグロースは煽るような口調でそう言った。


「よっ」


 だがキリコはそんな挑発にも動じない。

 キリコが反撃しないのには理由があった。グロースはカウンターのカウンターを狙っていると気づいているからだ。先程からのグロースの攻撃は単純かつ隙がありすぎて、反撃してこいと言っているようなものだったのだ。シンプルな力勝負では分が悪いため相手の土俵には入らない。

 だからキリコは反撃しない。相手にちゃんとした隙ができるのを伺っているのだ。


「攻撃が単調すぎてつまらないよ」

「……っ!この野郎!!」


 キリコの煽りに素直に乗ってしまったグロース。キリコの言う通り脳筋なため技という技はないのだが、唯一とも言える一つの技を早々に披露する。

 グロースは二つの拳を互いに思いっきり打ちつけた。


「……っ!」


 その衝動から鳴る音は鼓膜を痛くするような重たい金属音のようなもので、例えるなら黒板に爪を立てて引っ掻くような音だ。そんな不快感のある音によってキリコは少し反応が鈍ってしまった。


「オラァ!!」

「……!」


 その隙をついてグロースはキリコの腹に渾身の一撃を食らわせた。

 その威力は凄まじいもので、キリコは十数メートル飛ばされてしまう。

 地面に倒れて動かなくなっているキリコを見て、グロースは勝ちを確信した。自分の拳を受けてきて生きたやつなどいなかったからだ。ましてや相手はヒョロい女、耐える肉体だってありはしない。そして何より自分の力を一番に信じているからだ。


「今回は楽しめると思ったのによォ」


 呆気ない勝利にグロースはため息をつく。

 かなり手強い相手が来たのかと思いきや、結果を見れば拳一発のKO勝ち。相手の実力を見誤った自分に飽き飽きする。

 これだけでは物足りないため、キリコは放っておいて別の敵に向かおうとグロースは歩き出す。

 しかし、


「どこ行くの?」

「……っ!」


 その声の方向に振り向けば、倒れていたはずのキリコが起き上がっていた。


「な、何で死んでねェ!?」


 驚くのも無理はない。グロースの拳は確実にキリコにヒットしていた。あの威力なら内臓が破裂して生きていられるわけがない。一つ考えられるのは治癒系の異能だが、こいつは物を創る異能だと奇襲された初めに明言していたため除外される。

 ならばどうして、とグロースの頭の中は疑問て埋め尽くされる。


「どうして、って顔してるね?」

「……っ」

「仕方ないから優しいキリコちゃんは教えてあげよう!」


 そう言ってキリコは、攻撃を受けたお腹の部分の服を捲って対策の証明をする。


「私が創った特殊な衝撃吸収チョッキだよ。いやーこれが無かったら死んでたよっ。でも前情報と一つ違うのは、さっきみたいな君が少し頭使った攻撃をすることくらいかな」

「くっ……!」

「これでも一流の殺し屋なんだよ?君の情報は全部把握して対策済みだよ♪」

「この野郎っ!!」


 自分の攻撃を受けて生きている者がいることが気に食わないのか、それとも何だか子供のような扱いをされてウザったいのか、グロースはまたもや闇雲な攻撃を繰り返した。お得意の攻撃を右左右左。グロースにはこんな攻撃しかできない。

 もちろんその攻撃は先程同様あっさりと躱されてしまう。


「ちっ、ちょこまかとうぜぇな!」

「わー、怖ーい」

「……なら、これならどうだっ!」


 俊敏に動くキリコに腹が立ったのか、グロースは頭を最大限に使って強行手段にでた。


「……!」


 グロースの先ほどの音を警戒してかキリコは咄嗟に耳を塞ぐが、グロースの拳はまったく別の地面へと打ちつけられた。

 その衝撃で地面は半壊し、キリコは体勢を崩された。考えるのが苦手なグロースでも、土壇場で思考が長けたようだ。


「オラァ!」


 そして、グロースはキリコが足場に気を取られている隙を狙って襲いかかる。

 今までないほどの絶好の機会。この機会を逃すまいと、グロースは拳をより強固にする。限界を超えたその先の力を引き出し、それはおそらくキリコのあのチョッキでさえも貫通するような威力。その力の赴くままにキリコに向かっていった。

 これならやつを殺せる、本能がそう確信していた。

 しかし、


「──────いらっしゃい」

「……!?」


 キリコはその攻撃を空中で回転して受け流す形で避けた。


「な……っ」


 あまりにも常軌を逸した動きにグロースも驚きを隠せなかった。

 さらに、グロースはこの攻撃を避けられるとは思っておらず相手の反撃を視野に入れていなかった。つまり、グロースには今大きな隙が出来てしまった。


「えいっ」


 キリコは懐から拳銃を取り出し、そのがら空きの隙を狙ってグロースの横腹に弾を一発撃ち込んだ。


「っ……甘いぜ嬢ちゃん。今日まで鍛え上げてきたこの体、そんなもので俺は殺れないぞ」


 グロースの異能『強固』は、肉体を鋼のようにできる能力で、その硬さは弾丸さえも貫通できないような硬度だ。

 故に、たった一発でグロースが倒れるわけがないはずなのだが、


「……っ!?」


 グロースは突如目眩のような状態に駆られた。


「な、なんだこれは……」

「これも対君用に創った特別性の弾丸を使用した強力な麻酔弾だよっ」


 前情報を頼りに事前に様々な道具を創っておき、有利に仕事を進めるのがキリコの十八番だった。


「麻酔……だと?」

「ものの数秒で猛獣だって動けなくなるくらいの効果なんだっ」


 その説明の通り次第にグロースは思ったように力が出ず、気合いで抗おうにもキリコ特性の麻酔には何も出来ずそのまま倒れてしまった。


「く……くそっ!」

「任務完了♪」


 キリコのその言葉と共に、その場にはもう一つの銃声が鳴り響いた。

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