第79話 狂人1


 紅に戻って5ヶ月が経った。

 別にナマっていたわけではないが、今では昔のように仕事も手馴れてきて、順調に最重要及び最高難易度の任務に向けての準備が進められていた。

 そしてようやく今日、その任務が実行されようとしていた。


(いよいよか……)


 紅一同は一度ボスの部屋に集められた。


「なんだレイン、緊張してるのか?」


 思い詰めていたところを察せられたのか、バーンがその緊張をほぐすような口調でそう言ってきた。


「……別にそんなことはないぞ」

「バレバレだ。流石のお前でも今回の任務は色々と思うところがありそうだな」

「正直自分でも分からない」


 今まで様々な任務を難なくこなしてきた俺だが、毎度毎度俺は死ぬ気で任務には挑んでいた。どんな小さな任務であろうと、俺は手を抜いたり気を緩んだりだってしない。だから今回もそういった面持ちでいけばいいだけのこと。

 でも、何故だろう。この任務だけは嫌な予感がしてたまらない。

 しかも、俺が一番不安に感じているのは紅の仲間たちのことだった。

 もちろん全員いつでも死ぬ覚悟は出来ているだろう。けれど、いざその予兆が来るとなると、人間故に不安になるのは致し方ないことだ。

 この任務が終わった時に全員でまた集まれるのか、そのことで俺は緊張というのをしているのかもしれない。

 しばらくすると、ボスが姿を現した。

 ボスは全員いることを確認すると、任務の内容について話し出した。


「任務内容は普段とあまり変わらない。とあるヴァイス組織の殲滅だ。我々はそいつらを『狂人』と呼んでいる」


 ヴァイス組織『狂人』……か。ボスがあれほど言う任務なのだからどんなものかと身構えていたが、内容は至って普通の殺しの仕事のようだ。だがどこかしらの要素に最重要と言わせるほどの難点な部分があるのだろう。その部分も大体予想はできるが。


「しかし、相手は過去最大の強敵と言っていい。おそらく世の中のヴァイスを牛耳っているモノだ」


 やはり相手の強さが問題なのか。


「そしてレインには、その組織の中のドンを相手にしてもらう」


 そいつを相手にすることが俺を呼び出した最大の理由か。


(一体どんなヤツなんだ……?)


 その後も作戦会議は続き、各々相手するターゲットを覚えたり諸々の全体の動きを把握したりと、順調に作戦会議は終了した。

 決行は今日の深夜のため、一度全員は部屋に戻る。

 もしかしたら命を落とすかもしれない任務だ。元々その覚悟は出来ているが、改めて自分を見直すような時間を作ってくれたのだろう。


「はぁ〜この任務が終わればレインちゃんはまた学園に帰っちゃうのか」


 その道中、キリコが分かりやすく落ち込みながらそんなことを言った。

 そのことは誰にも言ってないしできれば内密に行きたかったのだが、勘がいいキリコは俺の反応を見ることで確かめようとしているのだろう。


「……どうだろうな」


 だが俺は元々顔には出ないタイプだ。演技は下手だが、感情を表に出すのが苦手なため何もしなくてもポーカーフェイスのようになる。


「そんなに学園という所は楽しいのか?」


 ラッシュは俺のことより学園に興味があるようだ。


「そうだな……。悪くはないぞ」

「どういうところが?」

「友人ができたり……行事が楽しかったり……?」

「ふーん」


 どうやら俺の答えはお気に召さなかったようだ。


「分かってはいたけど……。やっぱり寂しいわ」

「私も……。ずっとここじゃ駄目なの?」


 ラッシュと違ってアリスとスカーレットはちゃんと俺のことを想って言ってくれているようだった。


「……っ」


 その二人の言葉に俺は息を詰まらせた。

 別に紅が駄目なわけじゃない。こいつらと居る事が嫌なわけじゃない。俺だって本当ならこいつらとは一生一緒に居たいと思うほど紅のことは大切に思っている。腐っても俺の育ってきた場所だから。

 でも、それは学園の友人たちも同じだ。半年間という短い時間ではあったが、切磋琢磨できる友人ができ、共に学園生活を送り、そのおかげで友情や愛情という感情を知ることが出来た。学園の友人たちも俺は大切に思っている。

 だからこそ、天秤にかけれそうでかけれないのだ。2つとも大事で、どちらかが良いなんて決めつけはできない。

 昔は紅に居る自分の存在価値や立場に不満を持っていたが、改めて紅のメンバーと会ったり昔話に明け暮れている内に、やっぱり俺は紅が好きなのだと思ってしまったのだ。しかし、学園の友人たちとももう一度学園生活を送りたいという気持ちもある。

 紅をとるか学園をとるか。

 両方とも欲しいなんてものはだ。

 俺は究極の選択を迫られていた。


(でも……俺は約束してしまったからな)


 俺はあの時の自分の言葉を思い出していた。


『大丈夫だ。俺は必ず戻ってくる』


 男に二言はない。

 もしこの言葉を信じて隼人たちが俺の事を待ってくれているのだとしたら、俺がそれを踏みにじることなどあってはならない。

 頭を抱え続けた俺だったが、俺は学園を選択することにした。


『それ言ったら私絶対止めてたよ?』


 そう決めた俺だったが、最大の難関であるルビィのあの言葉が頭をよぎり、俺は彼女にどう言い訳しようか再び頭を悩ませることとなった。



 ※




「時は来た」


 山の奥深く、閑散とした空気に包まれた廃墟な建物で不穏な密会が行われていた。


「ったく、長すぎんだよ」

「前のようなミスは起こさないでくれよ」

「俺をあんな野郎と一緒にすんじゃねえ」


 そこはいつぞやのヴァイスたちの拠点となっていた。丸テーブルを囲んで幹部たちが定期の話し合いをしていた。


「新入りにもキツく言っておかないとな」


 この前居た短髪とは真反対の落ち着いたヴァイス1人を仲間として確保したようだ。ヴァイスはあの臨海学校の件から、ずっと機会を窺いながら仲間集めをしていたようだ。

 しかし、そんなことよりも気になる点が一つあった。


「今は作戦会議中ですよ。そう喧嘩しないで下さい」

「ああ?新入りは黙っとけ。俺はまだ信用してねぇぞ」


 ヴァイス4人の他に明らかな人間の姿があった。澄ましたような顔に女性のような長髪、まだ20代前半の若者だ。

 その後ろには同志の人間たちもズラリといる。ざっと10人程度だろうか。


「心外ですねぇ」

「人間なんて信用できるわけねぇだろ」

「まあそこら辺も今回の作戦で分かるだろ。そいつらの仕事っぷりで黒か白かはっきりする」


 長髪の男に食ってかかるデカブツを宥めたのは細身のヴァイスだ。


「お前は信用してるのか?」

「いいや、これっぽっちも。だから目定めようって言ってるんだ」

「そうかよ」

「益々心外ですねえ」

「今は会議中だぞ。静かにしろ。時間の無駄だ」


 3人の喧嘩に腹が立ったのか新入りのヴァイスが口を挟む。


「ああ?俺に命令すんな。死にてぇのか?」

「仲間討ちこそ時間の無駄だ」

「ビビってんのか?」

「……なに?」


 プライドの高い新入りはデカブツの挑発にあっかりと乗ってしまう。


「いい加減にしろ。──────殺すぞ?」


 まったく進まない会議に堪忍袋の緒が切れたのか、リーダーが目で脅しにかかる。


「……すまなかったよ」

「……」


 その目に充てられてか2人はすぐに収まった。


「『サーチ』、奴が何処にいるかは分かってるな?」


 細身のヴァイス改めヴァイス名『サーチ』に、リーダーは定期的にターゲットの安否を確認している。


「ああ。もちろんだ」


 サーチの異能は『追跡』。対象者の居場所を持っている水晶玉で確認することが出来る。


「いつも通りの所だ」


 その水晶玉に映るのは、部屋で寝そべっている時崎時雨の様子だった。

 いつも通りというのはおそらく紅の館のことを指しているのだろう。


「そうか。ならば予定通り実行は明日だ。各々その準備を──────」


 リーダーがそう切り出した刹那。

 ドゴォォンという地震のような重たい音が鳴り響き、ヴァイスたちの目の前が砂埃で覆われてしまった。


「な、なんだ!?」


 驚いているのも束の間、気づけば会議をしていた部屋の壁が一つ穴になっており、そこから黒服に包まれた5人の人間が入ってきていた。


「──────ターゲット発見。任務を開始する」


 それは紅の奇襲だった。


「こ、こいつ……!リーダー、ターゲットだ!」


 先頭に立つ相手の姿を見て一瞬でデカブツは時崎時雨が目の前にいることに気がついた。


「う、嘘だ……!そんなはずない!」

「まじだよ!よく見てみろ!」

「ならここに映っているのは……」


 サーチはもちろん信じられるわけがない。今まさに水晶玉には別の場所に居る時崎時雨が見えているのだから。


「あーそれ、私の作ったロボットだから」


 キリコがピースをしながらヴァイスに真実を明かした。

 キリコの異能は『創造』。ありとあらゆる物を創造することができる。しかし、それを創るには構造や素材とった細部まで知る必要があり、しかも創った物は24時間程で消滅してしまう。万能そうで意外と苦労な能力だ。また、生き物を創造することは出来ない。


「別に言わなくてもいいんじゃないか」

「あれ、私またやっちゃった?」

「まあ、関係ないかもだけど」


 敵を目の前にして一切の緊張感がないキリコとラッシュ。

 そんな2人を無視して、レイン、アリス、バーンは早速各々のターゲットに向かう。


「緊急事態だ。全員離れろ……!!」


 しかし、ヴァイスたちは奇襲をかけられ一度逃げることを選択した。各々リーダーの命令に従って別方面へ散っていく。


「追うぞ」


 レインはリーダーを、アリスはサーチを、キリコはデカブツを、ラッシュは長髪の人間を、バーンは新入りのヴァイスを追い始めた。

 逃げを選択したヴァイスたちだが、これは一つの策でもあった。バラバラに散ることによって相手の戦力もバラバラにし、各々有利とは言わず互角の状態で迎え撃つ、それが狂人たちで取り決めた緊急用の策だった。

 数十キロ逃げた所でリーダーは足を止めた。

 同時にレインも足を止める。


「逃げるのをやめたか」

「逃げてなどいない。戦いやすいように場所を選んだだけだ」

「なら好都合だ」


 紅対狂人との対決が始まる。

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