第78話 Cクラス襲撃5
※
「オラオラオラァァァァ!!」
「くっ……!!!」
約束を果たす為にも、姫の想いに応える為にも、月ノ森は絶対に負けられない。死ぬわけにもいかない。
あの時味わった絶望が蘇る。
その絶望が、月ノ森に力を与えていく。
「(なんか……力が湧いてくるっ!)」
何度も攻撃を食らって全身が痛いのに、今すぐにでも気を失ってしまいそうなのに、何かが月ノ森を奮い立たせる。
「(姫……、君が力を貸してくれているのかいっ?)」
天国で見守ってくれている姫の顔を思い浮かべる。そう思うだけで、月ノ森はなんでもできそうな気がした。誰にも負けない気がした。
「(姫……、君はいつも僕を助けてくれるねっ)」
『光くん頑張って!』そう天国で姫が言っているような気がした。
その想いに応えようと月ノ森はもう一度立ち上がる。
「意外にしぶといヤツだ」
「大丈夫か月ノ森!」
そんな元治の心配など嘲笑うかのように月ノ森は目に光を灯しながら、
「うん……。──────ノープロブレムだっ」
自信満々の応えをした。
その瞬間、月ノ森の姿が消えていた。
限界を超えた今の彼に追いつく者など存在しない。
異能『閃光』は一時的な覚醒を遂げ彼自身が光の速度で動いていた。月ノ森はその覚醒に身を委ねていた。
「ど、どこイッタ!?──────ぐはっ!」
目にも見えないスピードでヴァイスを追い詰めていく月ノ森。力こそ無いものの、ヴァイスが反撃できる隙はなくそのダメージはどんどんと蓄積されていく。
「(パワーなんていらない。このスピードで倒れるまで攻撃し続けるっ)」
そこまで力はないといえど、それを何度も食らってはヴァイスも溜まったものではない。ましてや反撃すらできない状況にプライドが傷つけられ憤りすら感じていた。
「すげぇ……。すげぇぞ月ノ森!」
「クソ……!どこにいるのかワカラナイ!!」
今の彼はもう止まらない。完璧に相手を翻弄していた。
「(僕は……、まだまだ強くなれる……っ!あの時読んだ絵本の中の王子になるために……英雄になるために。姫の隣に似合う男になるために……っ!!!)」
月ノ森のスピードがさらに増す。ヴァイスの闇雲な攻撃を避けながら着実にダメージを与えていく。
だが、最後の一撃がまだ足りない。ヴァイスが戦闘不能になるほどの力が必要だ。
「そんな攻撃でオレは倒せないぞっ!」
「(これでいい。これでいいんだ……っ)」
しかし、月ノ森は攻撃を続ける。
なぜなら──────月ノ森がしていることはただの時間稼ぎなのだから。最初からそのつもりでいたのだから。
「イイカゲンニ──────」
「──────おらァァァァ!!!」
怒りに身を任せて動き出したヴァイスを突然襲ったのは、横から不意打ちをした元治だった。
月ノ森に釘付けになっていたためヴァイスは元治の動きにまったく気づけず、能具の攻撃をモロに食らった。
「オ、オマエ……まさ、カ」
そう、最初から月ノ森はヴァイスを倒そうなんて微塵も思っていない。全ては元治のための時間稼ぎ。
月ノ森はあの親玉に勝てる筈もなく、あの複数人の側近でさえも自分では捌けないことを分かっていた。だが何もせず指を咥えていられるほど月ノ森もプライドがないわけではない。
ならせめて元治が側近たちを倒す時間稼ぎだけでもやってみせようと、月ノ森はあういう提案をしたのだ。元治には自分には無いパワーがあるからだ。
自分が唐突にここまで動けたは予想外だったが結果オーライ。しっかりと元治のための時間稼ぎが出来たのだから。
「待たせたな月ノ森っ」
「まったくだよ……。元治ボーイ」
完全なる2対1。ヘイトの月ノ森と力の元治。この状況で2人が負けるはずもない。
すっかり相性が良くなった2人がヴァイスを追い詰めていく。
「コノォ!!」
「くっ……!!」
「おらァァァ!!」
数分の激闘の末、
「はぁ……はぁ……。……勝ったな」
「……そのようだねっ」
何とか2人はヴァイスを戦闘不能にした。今はその疲弊からか2人とも寝そべっていた。
「すげえな……お前」
「……当然さ。でも、君だっていいモノを持っているじゃないかっ」
「俺はただの脳筋だ」
「……それが結構羨ましかったりするのだよっ」
「そ、そうか……」
いつの間にか2人の中も良好になっていた。
「でも、まだまだ俺は強くならないといけない」
「……何故っ?」
「決めたからな。俺は時雨みたいな強い漢になるって」
「……それはいいことだねっ」
臨海学校の時に決めた目標を元治は未だに忘れないでいた。いつかあいつを超える漢になる、それが元治の信念だった。
「にしても、何でこいつらは時雨を探してるんだ?」
「それは……僕にも分からないっ。気になってはいたんだけど、今では聞き出せもしないねっ」
それを訊くために伸びているヴァイスを起こすわけにもいかない。そこら辺は後々になるだろう。
2人としてはこのヴァイスが異能持ちではなかったことが不幸中の幸いだ。もし何かしらの能力を持っていたとしたら、おそらく2人はすぐに全滅していた。
かくして、月ノ森と元治はどうにか生き延びた。
※
「どうやら予定が狂ったようです」
「……?」
しばらく見知らぬ場所で出口を探しに奮闘していた射越だったが、突然わけの分からない言葉が訊こえ気づけば元居た訓練施設に戻っていた。
「……っ!!全員無事か!?」
「射越先生!」
同じ被害に遭っていたのかCクラスの生徒もキョトンとした顔をしていた。
薫を筆頭に射越はCクラスの安否を確認する。
「亮太くんに月ノ森くん、それに元治くんまで!どうしたのその怪我!?」
「い、色々あってね……」
どうやら戦闘に遭った生徒も何人か居るようだ。まずはその生徒の治療からだ。
「諸々の話は後にしよう。怪我人は今すぐ医療室に向かえ。残りの生徒は安全な寮に戻って待機。私はこのことを学園長に報告してくる。ここは君に任せていいか?」
「は、はい……!」
近くに居た薫に後のことを任せ、射越は北にある学園へと向かった。
「本当に大丈夫!?」
「ノ、ノープロブレムさ……っ」
「俺もまあ……平気だ。それより皆も大丈夫なのか?ヴァイスと戦闘したりしてないか?」
「わ、私はクラスの何人かと一緒になって……。それで出口を探してたらいつの間にか戻ってきてたの」
亮太、月ノ森、元治以外はヴァイスの被害に遭っていなかった。同じような廃墟なビルに飛ばされ、中を彷徨っていたら元に戻っていたと、皆が口を揃えて言った。
「今はとにかく治療しないとだろ。ほら元治、肩貸してやるよ」
「すまねえ隼人」
偶然だったのか、それとも必然だったのか。
亮太、月ノ森、元治はヴァイスに襲われるが何とか生きて帰ってきた。しかし、そのことに3人は安堵すらしていられなかった。その3人の頭の中にあったのはヴァイスのあの発言だった。
『それは──────時崎時雨の他に居ないですよ』
『時崎時雨は何処だ?』
どうしてあいつらは時雨を狙っていたのか。そのことで頭がいっぱいだった。
後日。
Cクラスを襲撃したのはSNSで話題になっていた謎の宗教団体だったことが判明した。その目的や思惑は詳しくは分からないが、今回の件を受けて警察やソルジャーが徹底的に捜査してくれるそうだ。
3ヶ月前の時崎時雨誘拐事件から2度目となるテロ事件を受けたが、学園はそのことを世には一切開示しなかった。
学園の評判にかかわることと世の中を不安にさせないためにという名目だが、実際のところは生徒には分からなかった。
「本当なのか?ヴァイスが時雨を狙ってるってことは」
だが一番に懸念すべきことを亮太は隼人たちに打ち明けた。
「最初から時雨くんが狙いだったのかしら」
「どうだろうね。でも少なくともあいつらは時雨くんを狙っていたよ」
分からないことだらけだが、そこについてはこの前学園長にも伝えたため遅かれ早かれ時雨を狙う理由は明らかになるだろう。
「時雨くん大丈夫かな?」
今回は時雨がいなかったため敵の目的は不発に終わったが、今どこかで同じようにヴァイスが時雨を狙っている可能性は充分にある。そのことを楓は心配しているのだろう。
「大丈夫よ。時雨くんの強さは私たちが一番知ってるもの」
「……それもそうだな」
その心配すらおこがましくなる程彼の強さというのをここいる全員が理解している。
「……いつ帰ってくるんだろうね」
そんな愛斗の呟きも、ここにいる全員が密かに強く思っていることだった。
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