第77話 Cクラス襲撃4
「これはとんでもないことに巻き込まれたようだねっ」
「何冷静になってんだよ!ちょっとは焦れよ月ノ森!」
一方、月ノ森と元治ペアも見知らぬ襲撃に遭っている最中だった。元治の手には盾の形をした能具も見える。
「こういう時こそ冷静になることがマストなのだよっ」
「そ、そうなのか……?じゃあ……。……」
「君は素直で可愛いねっ」
「うるせぇ!」
二人は本当に敵に襲われているのかと確認したくなるほど緊張感のない空気を過ごしていた。
月ノ森たちも亮太と同様見知らぬビルの中にいた。建設中なのか既に廃れてしまっているのか内部のパイプが剥き出しになっていて今にも崩れそうな勢いだった。
「とりあえず、ここから出る方法を模索しようじゃないかっ」
「お、おう……。なら、二手に分かれるとか?」
「馬鹿なのかい君は?」
「はぁ!?」
「こんな状況で一人になってしまったら詰みだよっ。ここは2人でゆっくりと情報を集めるのが得策さ」
「……お、おう」
こんなおちゃらけた奴に教わるのは少し癪だが仕方ないと元治は割り切り、2人は共にビルの中を歩き始めた。
所々瓦礫で塞がっていたりドアが開かなかったりと、探索に苦戦を強いられたが少しずつ2人は進んでいった。
「なんかここ広いな」
ある程度進んだところで、やけに見晴らしのいい場所に辿り着いた。それはもう露骨なほどに視界の広い場所だった。
「んっ?」
「……な、何だこいつら」
すると、部屋の隅からは黒いローブに包まれた人?のようなものが次々と現れた。ざっと10人は居そうだ。
2人とも目の前の集団を敵だと認識し臨戦態勢をとる。
しかし、月ノ森はその10人よりも一つ後ろに位置している一人に目をつけた。おそらくあれがあの集団を牛耳っている者だろうと。であればあいつを一番に倒すのが手っ取り早い。
「時崎時雨は何処だ?」
「……?」
冷静に相手を分析していた月ノ森は、その相手の発言を訊いて少し動揺を見せる。
どうして今彼の名が……。
「タイムボーイっ?」
「な、何でこいつら時雨のことを……?」
驚きや疑問で頭がいっぱいになる。元治もその発言の奇妙さは十分に理解している。
「いいから答えろ」
「お、教えるかよ!!」
友人を売るなどできるわけがないと元治が力強くそう言った。本当は今の居場所すら知らないのだが。
「(どうしてタイムボーイをっ?)」
月ノ森は相手の目的や動機に思考を続けるが、今は結論に辿り着くことは不可能だと判断し、すぐに目の前の敵に集中する。
理由を訊きたいのは山々だが、それはこいつらを倒して捕らえた後でもいい。
「元治ボーイ、僕はあの親玉を相手にする。それ以外を頼めるかいっ?」
「はぁ!?」
「大丈夫さ。あの親玉以外全員君より弱いっ」
「そ、そういうことじゃなくて!」
「なら何だいっ?」
「何でお前がリーダーみたいになってんだよ!」
どうやら元治は月ノ森が仕切っていることに不満があるようだ。
本当はそんなことを気にしている暇などないのだが、と月ノ森は溜息をつく。
「元治ボーイの今のランキングはっ?」
「え?」
めんどくさいがこういう証明をする必要があると月ノ森は判断した。
「……ひゃ、100位だ……」
「そうかい。僕は90位だ。これで分かったかいっ?」
「……わ、分かったよ!!今はお前がリーダーだと認めるよ!」
「ならそういうことでっ」
「やってやらァ!」
月ノ森と元治は同じスピードで走り出し、親玉とその側近たちの間に立つ。互いに背を向けた状態で迎え撃つことで、敵同士が関与できないようにするためだ。この辺の無言の連携は普段の訓練の賜物だ。
「おらァァァァ!!」
元治は異能『威嚇』と持っていた能具を駆使して多人数の敵を捌き切る。これも全部月ノ森を信頼してのことだ。
「そっちは頼んだぞ月ノ森っ!」
その信頼に応えるように月ノ森はふっと微笑みながら、
「さぁ、
目の前の親玉に向かって高らかとそう言った。
「いいだろう。ならば……半殺しにしてから口を割らせてヤル!!」
その挑発に乗るように敵の親玉も着ていたローブを剥ぎ取った。
「やはりヴァイスかっ」
ヴァイス特有の黒い目が見えたことで月ノ森もそう判断できた。
月ノ森も実践は初めてだが、こうなってはアドリブで乗り切るしかない。
本当は一人で相手するなど無茶なことだと分かっている。でも何故だか、時雨を狙っていることを訊いて個人的に腹立たしくなってしまったようだ。それが友人としてなのか、それともライバルとしてなのか、それは月ノ森にしか分からない。
「行くゾォ!!」
ヴァイスが月ノ森に突撃する。
月ノ森は懐からサングラスを取り出すと、それを装着して華麗に指を鳴らした。
「
月ノ森の異能『閃光』だ。指を鳴らすことでそこから光を出すことが出来る。
しかし、この異能には難点な部分があった。それは、自分も閃光を食らってしまうということだ。
目を瞑れば良いという意見もあるだろうが、それでは相手との間合いを考えての絶妙なタイミングで異能を使うことができないのだ。
今までは自分も食らいながら何とか誤魔化していたが、最近その弱点を補う画期的なアイデアを思いついたのだ。
それが、今かけているサングラスだった。
サングラスをかけることで自分は眩しくならず絶妙なタイミングで閃光を使うことができ、なおかつその隙に自分が動ける時間が格段に増えるのだ。
対策されたらどうしようもないが、相手を見る限り自分の能力を知らないと判断し使用した。
「……っ!!」
飛び出したヴァイスにその閃光が効いたのか、ヴァイスはおもむろに目を塞ぎ出した。
月ノ森はその隙に相手を攻撃する。腹に数発、顔面にも数発攻撃を入れた。
……しかし、
「……っ」
「……何だ、その程度か?」
如何せんパワーが圧倒的に足りなかった。
ヴァイスに月ノ森の攻撃は効いていないようで、すぐさま月ノ森は反撃に遭った。
「……くっ!……な、なかなかやるじゃないかっ」
やはり彼には力が足りない。
月ノ森は自分のもう一つの弱点を今一度知らしめられた。
例え目眩しが成功したとしても、その隙を有効出来る力がなければ意味がない。自分の弱さは自分が一番理解している。
そう思っていたのは今更ではない。昔から月ノ森はそのことに悩み続けていた。
「オラァァァァ!」
「……っ!」
「月ノ森!」
自分の無力さに打ちひしがれていると、相手の攻撃をモロに食らってしまった。
床を擦るように吹き飛ばされ、全身が針に刺されたような痛みを感じる。
朦朧とした意識の中で月ノ森はある女の子を思い出していた。
これは走馬灯である。
「(僕は……、まだ死ぬわけにはいかない……っ!あの……あの約束を果たすまでは……っ!)」
月ノ森にはある夢があった。
※
月ノ森
「
名は
その子と初めて会ったのは幼稚園の頃だった。大企業の社長の一人息子という肩書きのせいで幼い頃からあまり月ノ森に話しかける人はいなかったのだが、彼女だけはそんな立場や家柄を気にせず気軽に話しかけてくれていた。
「う、うん。いいよ」
そんな気さくな姫のことが、月ノ森は幼い頃から好きだった。
「これ、私のお気に入りなんだ!」
その日も2人は仲良く絵本を読んでいた。たった数ページしかない薄い本を姫は自慢気に開き出す。
「むかーしむかーしあるところに、プリンセスという名の王女がいました」
姫が声に出してセリフを読みながらページをめくっていく。それを月ノ森は横で静かに聞いていた。
「見て!私この絵本に出てくる王子様が大好きなの!」
「王子様……?」
すると、物語中盤に差し掛かったところで姫が勢いよく絵本の中の人物に指を指した。輝く王冠を身につけ、手には立派な大剣を握りしめている一人の男。王子様というより戦士の方が相応しいのではと思うような人物だった。
その王子様は国の英雄として人々を脅かしてきた龍を一人で薙ぎ倒し、その後国の王として国民の前に立ち続けた。さらには心に決めた大切な人との時間を大事にするまさに紳士のような人柄で、国民とその大切な人を一番に大事に思う優しくて強い人間だった。
「……姫ちゃんはこういう人が好きなの?」
「うん!」
「……じゃ、じゃあ僕……将来は姫ちゃんの王子様になる!」
「本当!?」
「うん!」
「ありがとう、光くん!」
その日から、月ノ森は変わり始めた。
その絵本の王子様になろうと月ノ森は努力した。本当は月ノ森グループの後継人となるはずだったのだが、その親の反対を無理やり押し切り英雄になろうとソルジャーを目指し始めた。
そんな月ノ森を姫は静かに見守ってくれていた。いつか英雄に、そして絵本の中の王子様になれるその日まで。
しかし、姫にとある悲劇が訪れる。それは二人が14歳の頃だった。
「姫……!!」
月ノ森が急いで病室を開けると、そのベッドには姫が静かに眠っていた。
「光くん……」
焦燥している月ノ森を見て、姫は苦笑いを浮かべながら起き上がる。
「ヴァイスの事件に巻き込まれたって……それで、僕は慌てて……」
「うん。……何か、変な病気もらっちゃったみたい」
姫はヴァイスとソルジャーの戦闘に巻き込まれ、そのヴァイスから病名不明の病を患ってしまった。
「余命も……あるんだって」
「……っ!」
その事実を月ノ森には隠さず素直に姫は明かした。彼に嘘をつきたくなかったのだ。
「嘘だ……。だって、まだ僕は……君の、君の王子様になっていないのに……っ!これからの人生だってあるはずなのに……っ!」
その時月ノ森は世の中の理不尽を何度恨んだことか。
まだ14歳の少女に、まだまだこれからの未来ある女の子に……僕の大切な人に、どうして運命はこう身勝手なのか。よりによってどうして姫なんだ。
月ノ森は我慢していた感情が一気に溢れ出し、姫の前で思わず泣いてしまった。
「もう、何泣いてるの?……王子様は、こんなことで泣かないよ」
本当に泣きたいのは姫自身と分かっている。分かっているのに、涙が止まらない。
「こんなことなわけ……っ、ない!」
子供のように泣きじゃくる月ノ森を、姫は優しく抱き締めた。
「そんなに王子様に拘らなくていいのに」
「嫌だ……!!あの時僕は……君の、姫の王子になると決めたんだ……!その為だけに今日まで生きてきた!!……なのに、君がいなくなってしまったら、僕はどうしたら……」
月ノ森は姫に対する想いを吐露していった。それだけ月ノ森にとって姫は大切な存在で、かけがえのない人なのだ。月ノ森の唯一の友人であり、初めて好きなった異性だ。
「父に頼んで最先端の医療技術と国一番の名医に診てもらおう……!後は海外からも色々とコネを使って……」
「光くん」
「……っ。だって……、だって……!!」
姫はそんなことを望んではいなかった。ましてや月ノ森グループの財産を使用してのことなど以ての外だ。姫は月ノ森と対等で居たかった。
「僕には……君しか……っ!」
けれども、もう月ノ森にはそれしか考えられなくなっていた。姫を救うためなら何でも使う、自分の財産だって使う、いくらだって頭も下げるつもりでいた。でも、姫はそれを拒んだ。
そんなことをしてもらってまで私なんて助ける必要はない、そんな姫の思いが伝わってか、余計に月ノ森は涙する。
「もう……そんなに泣いたら、笑顔でお別れできないじゃん……っ」
月ノ森に感化されてか、姫も目に涙を浮かべる。
「光くんはもっと能天気でいるべき!」
「い、今はそんなの関係ないだろ……」
「関係あるよっ。……だって、私はそこが光くんの好きなところなんだもん」
「姫……っ」
「ずっと応援してるし、見守ってるよ……。絶対、誰にも負けない英雄になってね。約束だよっ。光くん……っ」
「……っ。……うんっ」
その数週間後、姫は病気で亡くなった。
その時、月ノ森は誓ったのだ。
天国で見守ってくれている姫に名が届くくらい強い英雄になると。姫が好きだと言ってくれた能天気な王子様になると。
それが、月ノ森の大切な約束であり、叶えたい夢だった。
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