第76話 Cクラス襲撃3
※
手に持つ剣はいまだに震えている。
けれども、亮太は過去を背負って生きていくと決めた。振り返りはしないが、忘れたりなんてことは絶対にしない。
それに、不本意だがこれはあの時の復讐をできる絶好のチャンスだ。
ここを抜け出すためにも、過去を背負っていくためにも、亮太はこいつと戦わなければならない。
「ククク……ッ。可愛いですね。強がっていて」
しかし体が言うことを聞いてくれない。
幼少の頃に刻まれてしまった恐怖心を拭うをことは容易ではない。いくら強い意志があったとしても、その強烈なトラウマには勝てなかった。
「しかしおかしいですねえ。私はあなたではない人を注文したのに」
「⋯⋯注文?」
どうやら亮太とこのヴァイスが対面しているのは予定外の偶然だったようだ。
もしかしたらCクラスの中の誰かと因縁があったのかもしれない。
偶然遭ってしまった亮太でさえ過去の繋がりがあったのに、他の者ともそういった過去があるのかもしれないという事実に亮太は身震いを覚えるばかりだ。俺以外にもこいつにトラウマを抱えている人間がクラスメイトにいるかもしれない、そう思うだけで目の前のヴァイスに亮太はより憎しみを感じてしまった。
「……本当は誰と会うつもりだったんだ?」
亮太は震えた口で何とか言葉を発する。
その亮太からの質問にヴァイスはニヤリと笑みを浮かべながら、
「それは──────時崎時雨の他に居ないですよ」
「……時雨くん?」
聞き捨てならないことを言った。
どうして時雨くんを?何のために?何が目的なんだ?彼をどうするつもり?彼のみを狙っている?
一瞬で亮太の脳はパンクし始めた。
訊きたいことは山ほどあるが、一先ず冷静になって今のうちにヤツから情報を吐き出させようと質問を繰り返す。
「……どうして彼を探している?」
「君に言ったって意味ないでしょ」
しかし、ヴァイスは情報の開示を拒否した。
「それより、僕からも質問させて下さいよ。時崎時雨はどこですか?」
「そんなの……。教えないよ」
お前たちがクラスをばらばらにしたんだろ、というツッコミは抑えて亮太も口を割らなかった。本当は学園にすら居なく、誰も時雨の場所は知らないのだが。
「そうですか。なら……──────力づくで吐いてもらいましょう!!」
「……っ!!」
動きの予兆すら見せずヴァイスは亮太に向かって突進していった。
突然のことで亮太も反応が遅れたが、何とか相手の攻撃を能具で防ぐ。しかし、その威力は収まらず、亮太は後ろの壁まで吹っ飛ばされてしまう。
「がは……っ!!」
かろうじて反応はしたが、次は反応できるか分からないほど相手の動きは速かった。
背中に激痛が走るが、次に備えて相手を見ると、続け様に突撃しているのが見えた。
「くっ……!!」
「避けないで下さいよ」
今度はしっかりと避けることが出来たが、一発目の背中のダメージが大きい。すぐにでも立ち上がらなければいけないのに、身体が悲鳴を上げて言うことを聞かない。
「……仕方ないですね。早く片付けるために追加しますか」
そう言って、ヴァイスは懐から青色の液体が入った瓶を取り出した。蓋を開けその中身を一気に飲み干すと、苦しそうに全身を抱き始める。
「……な、何だ?」
アドレナリンで多少は動くようになった体を起こし、目の前で起こっている現象に疑問を浮かべる。
明らかに良くないことだけは分かる。
ヴァイスはその苦しみから逃れた途端、先ほどのような下卑た笑みを浮かべた。
「ククク……。速さ増強の薬です。これでもうあなたは私を見ることさえ出来ませんよ」
「……?──────っ!!」
どういうことだと相手の言葉を理解しようと考えた瞬間、目の前にいたはずヴァイスが姿を消し、気づけば亮太の腹に激痛がはしっていた。
「ぁ……っ!!」
どうやら目に見えないほどのスピードで腹にパンチを食らってしまったようだ。
今度は横にあった瓦礫まで亮太は吹き飛ばされる。
「……はぁ、……はぁ」
何とか受身はとったが既に意識すら朦朧としていた。能具の剣を使って立ち上がるも、ダメージで足がおぼつかなかった。
「どうですか?私の発明品は」
そんな自慢話など今の亮太の耳には入っていない。
このヴァイスは実験を行うことを何よりも取り柄としていた。昔から昆虫やら動物やらを実験材料としており、先ほど飲んだ速さ増強薬はその数々の実験の末に完成させたものだった。
「……はぁ、……はぁ」
「まったく手応えがありませんね」
亮太は痛みと同時にまだ恐怖すら感じていた。圧倒的な力と速さ、どう考えても今の自分には抵抗できないほどとんでない強さのヴァイスだ。どうしようか考える頭すら痛い。
「(……千秋。お前もあの時こんな恐怖を抱いていたのか)」
その事実に尚更亮太は過去の自分を悔やみ始めた。高校生の自分ですら怖いのに、千秋はこれを5歳の頃に体験してしまっているのだ。
自分の未熟さや愚かさが身に染みる。今すぐに死んでしまいたいくらいに。
「(千秋……。本当にごめん……謝って許されることではないが……今一度心の中で謝らせてくれ)」
けれど、今の亮太に死ぬことなど許されるわけがない。この命は千秋に貰ったようなものだから。そんなものを台無しにしていいほど亮太は落ちぶれてはいなかった。
最後まで抵抗しよう。抗おう。戦おう。
「(あの時のお前は、こんな恐怖にも負けずに戦っていたんだな……千秋っ)」
気づけば亮太は涙を流していた。
こんなところで死んでたまるか。
あんな過去があったのに死んでたまるか。
俺はもう逃げない。
最後まで戦い続けてやる。
それが、俺にとっての罪の償い方だ。
絶望を糧にしろ。全身を奮い立たせろ。
千秋、見ていてくれ。
お前のお兄ちゃんは、もう逃げたりなんてしない。
でも、一つだけ見逃してくれ。
俺は今から、9年ぶりに異能を使う。
「……っ、……くっ!!」
「あの攻撃を食らってまだ立ちますか」
「……こちとら、負けられないんでね」
今の亮太はやんちゃだったあの頃に戻っていた。
「人間という生き物は不思議ですねぇ。どうしてこう諦めが悪いんでしょう」
「人間じゃないあんたには分からないだろうね……人の、心の強さを」
「……ほぅ?」
亮太の中の何が強くなっていく。
亮太の回りにはモヤッとしたオーラが浮かんでいた。
「まあいいです。次で終わりにしてあげます!!」
ヴァイスは再度あの速さで突進してくる。
けれども、何故か亮太にはその姿が遅く見えた。さっきまでとは明らかに違う。自分の中の何かが変わっていく。
亮太はヴァイスの攻撃を余裕で躱した。
「……!?」
その事実にヴァイスは信じられないといった表情を浮かべた。
「……何故です?私は確かにあなたとは違う次元にいるはずです。なのに……何故避けられるのですか?」
亮太自身にも何が起こっているのか分かっていなかった。呼吸はまだ荒い、全身も倒れそうなほど痛い。けれど、亮太の中に確かな変化が訪れている。
亮太の異能『旋律』は、物事の正しい筋道が分かる、という異能だ。しかし、それは覚醒前の仮初の力に過ぎない。今の亮太の異能は別次元の遥か先の未来、それを感じ取ることができる能力へと変化していた。宿敵との再会、過去の後悔からの絶望がこの能力を覚醒させたのだ。
「……こうなったら」
そんなことなどいざ知らず、ヴァイスは最後の手段に出た。
もう片方の懐から取り出したのは赤色の液体が入った瓶だった。またもやそれを一気に飲み干す。
「ぐっ……!あが……っ!」
ヴァイスは先ほどとは比べ物にならないほど苦しみだした。頭を抱えて、全身をもがき始める。それと同時に、ヴァイスの体はどんどんと巨体になっていった。筋肉がむき出しになり、獣のような姿になった。
その光景を亮太は冷静に見ていた。彼はゾーンに入っていたのだ。
「どうです?私の最高傑作は」
それはもやは表現出来ないほどおぞましく、不気味な塊となっていた。
しかし亮太には関係ない。こんな景色など、さっきの未来視で見たのだから。
「速さ増強に加え筋力も大幅に増強しています。今の私は神すらも凌駕する」
「……」
「怯えて声も出ませんか。なら……今すぐにでもあの世に送ってあげましょう!!」
その突進の速さは今までの比ではなかった。パワーも格段に上げつつ、けれどもスピードはそのまま。本当にとんでもないドーピングだ。
しかし、今の亮太には何もかもが遅くなっていた。相手の動きが手に取るように分かる。まるで、自分が相手を動かしているのではないかと錯覚する程に。
ヴァイスの拳をサラリと避け、がら空きの懐に持っていた能具を振るう。
「(千秋……。今では信じてもらえないかもしれないけど、俺は本当にお前のことを大事に思っている)」
その心境は走馬灯のような形で亮太の心に駆け巡る。
「(あの時もこの力があれば、お前は今も元気に笑っていたのかもしれない。だからこそ、俺は取り返しのつかないことをしてしまったと思う。許してくれなくていい。一生恨んでくれて構わない。ただ……これだけは言わせてくれ)」
亮太は渾身の力で剣を薙ぎ払う。
千秋を守るために、もう自分に嘘をつかないために、俺は強くなりたい。
想いが力を強くする。
「うおぉぉぉおおおおおおおおお!!!!」
その軌道はまさに紫電一閃。
圧倒的な速さと力がヴァイスを襲う。
「(俺は──────お前を愛している)」
異能は人間の身体機能。感情の高ぶりはその力を何倍にも増幅させる。
普段は絶対持ち合わせていなかったはずの力を亮太は一時的に得たのだ。
「ぐわぁぁあああ!!!」
その力の前では何もかもが無力。
ヴァイスは背後の壁のその向こうまで吹き飛ばされ、完全に意識を失ってしまった。
「はぁ……はぁ……、くっ……!!」
アドレナリン状態が切れ、全身に気を失ってしまうほどの痛みが走る。起き上がらないヴァイスの姿を確認して、亮太はその場にバタりと倒れてしまった。
「千秋……、仇は討ったぞ。……俺は、……俺は……っ!」
千秋の姿を思い出しながら涙する亮太。
トラウマを乗り越え、仇だった敵を倒せたことで少し気が緩んでしまった。我慢していた涙は止まることを知らない。
「俺は、少しでも……罪を償えたかな?」
その懺悔が誰かの耳に届くことはなかった。
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