第75話 Cクラス襲撃2




「な、何だ!?」


 能具のサンプルを漁っていた直後の出来事。目の前の視界が突然真っ暗になったことで亮太は動揺を隠せないでいた。


「(何かの襲撃?)」


 一先ず最悪の事態を想定し、一旦冷静になって現状を確認しなければならない。ここで冷静さをかいて慌てふためくようならこの学園に通っていた意味はない。


「誰かいないか!?居たら返事をして欲しい!」


 その叫びに応答はなく、今は亮太一人が孤立していることが分かった。にしても視界が悪いのが難点だ。今すぐにでも解消したいが、案の定明かりを灯せるような物も異能も持ち合わせていない。唯一身近にあるのは先ほど鑑賞しようと手に持った剣の形をした能具だけだった。


「射越先生!愛斗くん!楓さん!薫さん!居たら返事をしてくれ!」


 視界が見えなくとも周りの警戒は怠らず、亮太は情報を集めようと叫び続けるが返事がくることはなかった。

 とりあえず目を暗闇に慣れさせようと停滞していると、突然に視界が良くなった。


「どこだ……ここ?」


 暗闇から逃れられて安堵したのも束の間、亮太は見知らぬ廃墟のようなビルの中にいた。さっきまで居た訓練施設とはまったく異なる場所だ。どうしてこんな所に、なんて考えはすぐに捨て、情報を集めに周りを徘徊し始めた。当然周りへの警戒も怠らない。


「誰か!誰かいないか!」


 瓦礫を掻き分けながら叫ぶも一向に返事はない。どうやら誰かの能力によってここに飛ばされてしまったようだ。

 その後も出口を探して歩いていると、ドアの閉まっている部屋を見つけた。あそこに誰かいる気配がして恐る恐る近づく。かなり固く閉まっていたが無理やりこじ開けると、部屋の真ん中には黒のローブに包まれた人?のようなモノが立っていた。

 明らかにクラスメイトではないと判断し、亮太は手に持った能具を構えながら臨戦態勢をとる。


「あなたですか。こんなことをしたのは?」

「そうです……と言ったらどうします?」


 その奇妙な口ぶりに亮太は一瞬取り乱す。

 顔はローブで隠れていて分からないが、確実に相手はこの状況を楽しんで笑ってるような気がした。


「できれば何もせず僕を元の場所へ戻して下さい」

「それは出来ない……と言ったらどうします?」


 嘲笑うような口調に亮太は少し冷静さを欠くも、苛立っては相手の思う壷だとすぐに正気に戻り相手を見失わないよう目を凝らす。


「……なら、力づくで戻してもらいます」

「クククッ……。私を力づくで?なかなか面白いことを言いますね。あなたに出来るのですか?」


 そう笑いながら相手は黒のローブを剥いで姿を晒した。


「──────っ!」


 その顔を見た瞬間、亮太は震えが止まらなくなった。

 相手は人間ではなくヴァイスだったのだ。

 しかし、亮太はそのことに身震いをしているわけではない。

 それは大昔の幼少の頃の記憶。そこで亮太はこいつと一度遭ったことがあるのだ。その記憶は亮太が忘れるわけがないほど強烈な記憶。今の亮太をつくったような最悪な出来事で、その元凶に再会してしまったのだ。

 あの日の記憶やトラウマが一気に亮太を襲う。


「ん?急にどうしたんですか?震えているではありませんか」


 立っているのもままならない。

 その声音や口調、間違えるわけがない。

 こいつは……だ。




 ※



 これは小野寺亮太が7歳の頃の話だ。


 当時の亮太は今のような落ち着いた性格ではなく、どちらかと言えば真反対のわんぱくな少年だった。外で遊ぶことや虫取りが大好きで、好きな女の子にはちょっかいをかけてしまうほどうぶで可愛らしい子供だった。


「ママ!また山で虫取り行ってもいい?」

「いいけど、夕飯前には帰ってくるのよ」

「はーい!」


 その日は夏休みで、照りつける太陽が肌を焼き尽くしてしまうのではないかと思うほど真夏日だった。


「ほら、早く来いよ!」

「ま、待ってよお兄ちゃん!」


 亮太には2つ年下の妹(千秋ちあき)がいた。仲は別に悪くなく暇さえあればいつも2人で遊んでいた。やんちゃな亮太に振り回されながらも、必死に千秋はお兄ちゃんの背中を追い続けた。

 昨日に続けてその日も2人は一緒に珍しい昆虫を取りに近所の山へ行っていた。

 その山は近隣の子供からは昆虫取りの宝庫だと大人気の山で、そこまで険しい山道ではない。だから子供だけでも安心して行くことが出来る。

 しかし、それは山奥に行かなければの話だ。


「ほら見ろ!オオクワガタだぞ!」

「お兄ちゃんすごーい!」


 大木に猿のようによじ登りながら取ったクワガタを見せびらかす亮太。そのお兄ちゃんの勇士と大きいクワガタに千秋のテンションも上がっていくばかり。

 そんな妹の姿を見て亮太はもっと凄い昆虫を捕まえたいと思ってしまい、その日は今まで以上に山奥の方へと進んでしまった。


「すげえ!見てみろよ、こんな大きいのまでいるぞ!」

「ほんとだ!」


 未知の場所に進むという子供ながらの冒険心か、もっと凄いのを捕まえたいという少年少女の探求心が働いてか、亮太と千秋はどんどん山奥へと入っていった。

 そのまま夢中になって取り続けていると、時刻は既に夕方になっていた。山には街灯がないためこのままでは真っ暗になって帰り道も分からなくなってしまう。険しい山道ではないとはいえ、見えなくなってしまうと危険な道となる。


「ねえお兄ちゃん。そろそろ帰ろうよ」


 辺りが暗くなり始めたことを心配してか千秋が亮太に一緒に帰るよう促す。


「何言ってんだよ。まだ珍しい虫捕まえてねぇだろ?ほら、もっと奥に行こうぜ」

「でも……お母さんに怒られちゃうよ」

「大丈夫だって。ほら」


 けれども、亮太は妹に珍しい虫を見せて喜ばせたいという思いから千秋の手を引いて先に進んでしまった。


 そこで事件は起きたのだ。


「ほら見てみろ!あれが噂になってた虹色の虫だぞ!」


 亮太が指を指した大木の上方には、虹色に輝く何かが見えた。あれが最近は街の間で噂されていた珍しい昆虫だった。

 早速捕まえようと亮太は木によじ登る。しかし、木の形が歪で登りにくいのか苦戦してしまう。


「くそっ、何だこの木。登りづらいなぁ⋯⋯」

「──────変な虫が集りましたね」


 亮太が歪な大木に奮闘していると、突然背後から人間のようなモノが現れた。


「おじちゃん誰?」


 千秋も見たことがないそれに疑問を浮かべる。

 明らかに怪しい人物、異質な存在なのは見て感じ取れるが、少年少女にはまだそんな感性は備わっていない。


「昆虫を使って実験していたのですが、とんだ虫が寄ってきたようですね。……そうだ。まだ人間を実験材料にしたことはありませんでしたね」


 そいつの言っていることが何一つ理解出来ず亮太は固まっていると、そいつは千秋に近づき始めた。

 そいつの声が耳を叩くような雑音に聞こえて、幼少ながら亮太は恐怖のあまり血の気が引くという感覚を味わってしまった。そのせいか体が動かない。


「一人くらい借りていきますか。出来ればメスがいいですからね」


 そいつが千秋に手を伸ばし始めた瞬間、亮太は固まっていた体を無理やり動かし無我夢中ででそいつの前に両手を広げて千秋を守ろうとした。


「や、やめろ……!!」

「ん?……ああ、そういえば2匹いましたね」

「お兄ちゃん……」


 見知らぬモノの接近に千秋は思わず泣き出してしまう。それを守るように亮太は立つが、内心は今すぐにでも泣き出しそうな勢いだった。

 手足の震えが止まらない。恐怖心が全身を包みこむ。本当は逃げ出したい。でも、大切な妹を置いていくなんて出来ない。


「──────千秋っ!」

「おやおや」


 となれば選択肢は一つ。亮太は千秋の手を引っ張って思いっきり走り出した。泣きわめく千秋を問答無用で、とりあえずあいつから離れなければという思いで一心不乱に走り続けた。

 暗くて道も分からない、今にも幹でつまづいてしまいそうだ。けれども止まらなかった。


「ちょっと。貴重な実験材料を持っていかないで下さいよ」


 逃げたつもりがヤツは亮太たちの後ろをぴったりと付けていた。


「──────っ!」


 それに驚いてか、2人は足元の幹に躓いて転んでしまった。

 逃げなくなった獲物を見てヤツはゆっくりと近づいてくる。


「さあ、大人しく私の実験に付き合ってもらいますよ」

「──────」


 ──────その時、亮太の異能『旋律』が強制発動された。

 その場、その時の状況から最も良いとされる選択肢を瞬時に理解することができる。

 その時出た選択肢とは、



『妹を置いていけば自分の命は助かる』



 だった。

 頭に中に浮かんできたその文章に亮太は言葉を失った。

 けれども、絶望的な状況でアドレナリンマックス状態の亮太はコンマ数秒で今の現状を思考した。


 目の前にはわけのわからない人物、おそらく悪い人。正直人なのかどうかも分からない。

 それに連れ去られようとしている。

 でもそれは千秋の一人だけ?

 異能は自分の命を最優先にした選択肢を浮かばせてくれた。

 それに従うべきか否か。


 まだ幼い子供の亮太にとんでもない量の情報が脳内に流れ込んでくる。それに頭を狂わせながらも亮太は思考し続けた。


 そして、亮太は一つの決断を下す。


「──────っ!!」

「お兄ちゃん!!」


 生き物としての生存本能なのだろうか。


 


 この頃の亮太にとって、ヤツの恐怖や死への恐怖は何事にも変え難いほど強烈なものだったのだ。

 何も分からず無力な少年に戦う意志など一切なく、ただひたすらにこの恐怖から逃れたいという一心しかなかった。

 それが例え、妹を犠牲することになったとしても。


 その後のことは、亮太ははっきりとは覚えていなかった。だが最後に記憶しているのは、山道を下った先にいた大人の人に泣き喚きながら助けを呼んだことだけ。

 その後のことは警察やソルジャーの人から訊いた。

 妹は運良く『防壁』という自身の異能を発動させ、プロソルジャーが駆けつけるまで自力で何とか抵抗していたらしい。しかし、完全に身を守ることは出来ず、頭を強く打ってしまって意識不明の重体。医者からは、目を覚ました後も精神的なもので記憶が残っているかどうか怪しいと知らされた。

 あの時出会ってしまったモノは後にヴァイスと判明したが、駆けつけたプロソルジャー10人が2時間もの戦闘を繰り広げたものの、あと一歩のところで逃げられてしまったらしい。


「……ごめん。千秋……本当に、ごめんっ」


 病室で寝たままの千秋の姿を見て、亮太は涙を流すことすらおこがましく感じてしまった。


 俺は最低な人間だ。妹を大事に想っていたのは間違いないはずなのに、いざとなった時俺は見捨ててしまった。本当に情けない男だ。

 最低な兄貴だ。

 千秋……。許しくれとは言わない。一生恨んでくれても構わない。

 でも……これからの俺を、どうか見ていて欲しい。


 亮太は決心した。


 もう二度と、人を見捨てたりしない。

 それに、今後自身の異能は絶対に使用しない、と。


 その日から、亮太は人が変わったように性格や人格が変化した。やんちゃだった性格は冷静沈着になり、開放性な人格は勤勉性になった。

 ソルジャー育成高等学校に入学したのも、別にプロのソルジャーになりたかったわけではない。ただ人を守れるような職業に就いて、あの時の自身の無力さや罪をどうにか償いたかったのだ。あのヴァイスに復讐しようなんて気も無かった。

 本当にただ亮太は人に誰よりも優しくして、他人に寄り添って、共に悲しんだり、笑ったり、喜びあったり、そうやって他人にいい顔をして自分を無理やり変えたかったのかもしれない。


 それが、小野寺亮太の忘れられるわけがない過去の記憶だった。

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