第74話 Cクラス襲撃1
能具の授業を受けるため茜の面々は端末からの指示に従って訓練施設へと向かっていた。
いつもの5人に加え、亮太、元治、杏子、薫の姿も見える。
「そういえば、朝のネットニュースで変な宗教団体の話してたよな?」
その道中で隼人が思い出したかのようにニュースの話題を出した。
「ああ、あのSNSでテロ予告みたいなのを投稿した人たちのことでしょ?」
「僕もそれ今朝見たよ。凄い大事になってたよね」
同じく知っていた岬と亮太もその話題を掘り下げた。
「なんか『異能という神の産物を汚す者たちを許さない』とか言ってたよね」
「そうそう。まあ、今のご時世変な団体は多いけどなあ」
「あういう連中は警察かソルジャーにすぐ捕まっちゃうよ」
隼人と岬はいつものことだとその話題を流し始めた。
実際、その動画は今朝投稿され瞬く間に多くの人の目に入っていた。現在、動画は削除され元は絶ったものの一度ネットに出てしまったものを全て消すことは不可能で、その動画は拡散が拡散を呼び今も尚広まり続けていた。
「テロ予告とか……私たちが一番嫌いなやつね」
「本当だぜ。まったく空気っていうものを読んでほしいぜ」
この9人からしたら、テロという言葉はもはやトラウマに近いものだった。その言葉を訊く度に時雨がいなくなってしまったことを思い出してしまい、あの時の後悔や自分の無力さに打ちのめされてしまう。
「元治がそれを言うか?」
「な、何だよ隼人」
「さっきだって、先生がまだ朝のホームルームやってる途中なのにはしゃいでただろ?」
「あ、あれは……武器って聞いてついそうなっちまったんだよ!」
「ほんと子供ね」
「何だと杏子!」
けれども、今回は上手く隼人が話題を変えてその落ち込みを緩和させた。隼人にとってもあの日のことは思い出したくないことなのだ。
その後も世間話に花を咲かせていると、ようやく訓練施設に到着した。
「お、来たようだな」
そこで待っていたのは見た事のない男の先生だった。
「初めましてになるな。俺は能具の授業を担当しているプロソルジャーの
能具という特別な武器を扱う授業なだけあって担当のプロソルジャーが付くようだ。
射越の第一印象は至って普通の男性という感じで特段目立った印象はなかったが、ソルジャーになって十年経ったという経歴に相応しい頼もしさは感じた。その凛々しさや朗な笑顔からも同様なものを感じる。
射越の自己紹介に全員がよろしくお願いしますと挨拶を返す。
「早速だがお前たちには自分専用の能具を考えてもらう。ここに用意したサンプルを元に考えてもいいぞ」
射越の近くにはサンプルと紹介された様々な能具が置かれていた。剣のようなものもあれば盾のようなものもあったり、岬が想像していた杖のようなものだってあった。形や性能はどれも異なるものを用意したようだ。
「自分に合った能具のアイデアを考えるも良し、細かい部分までこだわるも良しだ。全員が考えたものは国が特注で生成してくれる。しっかり自分に合ったものを考えろよ」
能具の訓練といってもまずは自分に合ったものを手に入れなければならない。そのためのこの時間は重要なものだった。この能具によって自分の成長や強さが決まると言っても過言ではないため慎重に考えなくてはならない。
「その前に例として私の能具を紹介しよう」
そう言い出して射越は背中から自身の能具を取り出した。それは手裏剣とも言えるような、ブーメランとも言えるような鋭利な形をしていた。
「これが私の能具『サーフ』だ。私の異能『投擲』に合うように投げやすく軽いものになっている。だが、頑丈な素材でも出来ており剣として近接戦も行える代物となっている。このように、私は近距離遠距離どちらも対応できるように能具を造ってもらった。皆も自分の異能に合うように、さらに自分の弱点も補えるような能具を考えてくれ」
射越の能具の説明によって能具の多様性や利便性が分かりやすくCクラス全員には伝わった。
「それじゃあ近距離、遠距離、サポートに分かれてサンプルをローテーションして見ていってくれ」
射越に言われた通りCクラスは3つに分かれてそれぞれサンプルの能具を拝見していった。
「すげぇ、鎧とかグローブとか色んなのがあるんだな」
早速、近距離グループの隼人と元治は共に能具を触ったり使ってみたりしていた。
「これなんかどうだ隼人」
「どれだ?」
元治が気になったのは銃の形をした能具だった。
「これ弾でるのか?」
「分かんねぇ」
「それは遠距離型の異能に合った能具だ。近距離型の者も使えなくはないが色々と不便になると思うぞ」
「あ、あざす」
助け舟として射越が代わりに説明をしてくれた。使えたら強いが前衛の者には使いづらい代物のようだ。
「まったく、そんなものはナンセンスだよ君たちっ」
「おお、何だよ月ノ森」
子供のようにはしゃいでいた2人のもとにサラりと月ノ森が登場した。
「月ノ森は何か決まったのか?」
「僕は自分に相応しく王冠とかにしてもらうつもりだよっ」
「ははっ、月ノ森はたまに面白いボケするよな」
「……そ、そうかいっ?」
月ノ森はボケではなく本気で言っていたのだが、それはあっさりと隼人に流されてしまった。
「茜ちゃん何かいいの見つかった?」
「そうね……。これなんかどうかしら?」
今度は遠距離グループの岬と茜だ。
茜が目をつけたのはリーチの長い槍の形をした能具だった。
「確かに武器としては良さそうだけど、それ茜ちゃんの異能と合う?」
「どうかしらね……」
「それだったら……これとか良いんじゃない?」
岬が茜に合うように持ってきたのは短剣の能具だった。
「これだったら『操作』しながら色々と出来そうじゃない?」
「……そうね。それに数を増やせばもっと色んな戦略が立てれそう。ありがとう、岬」
「どういたしまして」
岬のおかげで茜は段々と自分に合う能具のイメージがついてきたようだ。
「どういうのがいいのかなぁ……」
「僕も分からないや……」
一方悩み続けているのはサポートグループの楓と愛斗だ。
「私の異能なんて特に合わせずらいしなぁ……」
確かに楓の『幸運』は扱いずらいところがある。そもそも、その幸運は自分で操ることが出来ないため能具とは合わないのだ。となれば自衛の能具が妥当ではある。
「2人もお悩み中かな?」
「あ、亮太くん。亮太くんはもう決まったの?」
「全然。こういうのはサポート型の人たちの方が一番難しい気がするよ」
サポート型は戦闘に特化した異能ではない。その名の通り戦う者のサポートをするのが仕事だ。だからこそ自分の異能を高められる能具にした方がいいのか、自衛のためのものにしたらいいのか、重要な2択を迫られるし能具自体の扱いに困難する。
「私もイメージ湧かないなぁ」
「薫ちゃんも?」
「やっぱり自衛の方がいいのかな?」
「難しいよね」
各々能具のイメージ作りに悩んでいるようだ。
その光景を教員の射越は感心したように眺めていた。将来のためにも、自分の成長のためにも能具という存在はとても大きいものだ。だから生徒たちが苦難するのも無理はない。
自分に合う能具をつくることはもはや運命に近い。だがそこを乗り越えた者こそが、この国を守るプロソルジャーの最前線に立つことを許される。
今はまだ時代が追いついていないかもしれないが、いずれプロソルジャーは全員能具を使用することになると射越は確信していた。能具の強さを一番に理解している射越だからこそ考えられるようなことだった。
「──────っ!!」
そんな生徒の青春のような悪戦苦闘な雰囲気に浸っていると、突然射越に痺れたような悪寒が走った。それはプロソルジャーゆえの嫌な予感だった。ヴァイスが現れる予兆のような、ヴァイスと対面する前の静けさのような、とにかく嫌な予感だった。
すると、目の前が夜になったかのように真っ暗になった。
「全員伏せろ!!明かりのようなものを出せる異能の持ち主は今すぐに使用しろ!!」
突然の出来事にも冷静に、けれども迅速に射越は対応しようとする。しかし、生徒たちからの返事は一切返ってこない。
「おい!!訊いているのか!!」
これは非常事態だ。生徒の安全を第一に考えたいのは山々なのだが、如何せん視界が悪すぎる。どうにかしようにもまずこの視界状況を何とかせねば。
「……っ!」
「ようこそ、私たちの楽園へ」
目が慣れる前に暗闇から解き放たれたと思いきや、射越は見知らぬ場所に立っていた。さっきまで居た訓練施設の面影は一切感じない。生徒も回りに人っ子一人いなかった。
代わりに立っていたのは黒のローブに包まれた一人の人間だった。楽園と言っている当たりここは敵の本拠地だと射越は予想した。
「(まずいな……。相手の異能の仕業か?)」
しかし、訓練施設からこんな所に移動された理由はおそらく相手の異能の仕業だ。こういう類いの異能の持ち主は珍しいがいないわけではない。
「(今すぐに目の前の奴を拘束して吐かせる……!)」
考えることは後にして、射越は能具を取り出して目の前の敵に向かって走り出した。どんな異能の持ち主かは分からないため危険ではあるが、今は情報が最優先だ。
「……!?」
サーフで斬りかかった射越だったがその斬撃は虚空を斬り、目の前の人間は虚像だったことに気がついた。もしかしたらそういった異能なのだろうか。これでもまだ相手の異能は不明のままだ。
「そんなに慌てないで下さい。時間はたっぷりありますから」
「くそっ……、どこに居やがる!」
どこから聞こえているのか分からない声に射越は冷静さを乱され始めた。それは教員としてでもあるが、何よりプロソルジャーとして生徒の安全が確認できていないからだ。
まず第一に生徒が安全かどうか確認する。これは最優先事項なのだ。
「(頼むから無事でいてくれ……!)」
未来あるソルジャーの卵たちをここで失ってはならない。
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