第73話 彼がいなくとも2


 月日は流れ、亮太たちは2年生へと進級した。


「今日から2年生かー」


 2年生になって初の登校日。隼人を始めとした岬、愛斗、茜、楓の料理当番メンバーの5人は共に校舎までの道のりを歩いていた。本当は亮太を入れて現料理当番メンバーなのだが、どうしてだかその空きは埋めてはいけないような気がして普段は5人で集まっていた。その辺は亮太も分かっていることなので、気を遣ってこの5人の輪には極力入らないようにしていた。


「これからもっと訓練が厳しくなるかもねー」

「だよなー」

「でも楽しみだよねっ、2年生」

「お、愛斗やる気満々だな」

「愛斗くん最近頑張ってるもんね」

「僕は基本的に後ろの方だからさ。前線で頑張る隼人くんや元治くんを少しでも楽させれたらなって思って」

「お前の能力は最強だからな。2年生も期待してるぜ」

「任せてよっ」

「私も同じサポートだから頑張らないと……!」

「楓ちゃんも凄い能力だからねー」

「伸ばしたらもっと強力な能力になりそうよね」

「でもなかなかイメージ湧かないんだよね……」

「奇遇ね。私もよ」


 いつも通り他愛もない会話をしながら登校する5人。各々2年生に向けての意気込みを語りつつ自身の不甲斐なさを話していった。これからはそれぞれの目標を立て直す時期だ。


「早くBクラスに戻れるように頑張らないとねー」


 岬の言う通り、丁度一ヶ月前BクラスはCクラスへと降格してしまった。それを元Cクラスの努力が凄かったと評価するべきか、元Bクラスがたるんでしまったと評価するべきかは難しい問題だ。


「俺ら最近成長出来てないしなー」

「なんか……刺激?っていうのが無くなった気がするよね」


 けれど一つ言えることは、このクラス変化は時崎時雨がいなくなったことが原因であるかもしれない、ということだ。


「それほど、彼に頼りすぎて居たのかもしれないわね……」

「……」

「……そうかもね」


 気づいていたけど気付かないふりをしていた事を茜は直球に言った。

 皆、彼にありがとうという感謝すら伝え切れていないことへの後悔が残っていた。


「早く帰ってこないかな……時雨ちゃん」


 やはりCクラスの中で彼の存在は大きかったのだ。それ故に彼を失ってしまった反動は大きく、Cクラスの中での成長が著しく低下してしまっていた。

 時雨がいないだけでこんなにも変わるものなのかと、5人……いや、Cクラス全員が彼の存在価値を今一度考え始めた。


「岬、それ以上は駄目だぞ。決めたじゃないか。俺たちは強くなって待とうって。今まで俺たちは時雨に頼りすぎてしまったんだって」

「……うん。ごめんっ、もう言わない」


 それがこの5人中での結論だった。

 時雨がいたなら、なんてもしも話はもうやめて、自分たちは自分たちの足で進んでいこう。それが今できる最大のことだと5人全員で話し合ったことだ。


「おー、新入生がたくさんいるな」


 改めて5人の想いをまとめた所で、気づけば校舎前に着いていた。そこには既に真新しい制服に包まれた新入生たちがずらずらと門から入って来ていた。


「懐かしいねぇ。もう1年前かー」

「1年過ぎるって早いよなー」


 緊張している後輩たちの姿を見て、隼人と岬は1年前の自分たちを思い出し始めた。


「なんかまだ2年生って実感湧かないよ……」

「私も……」

「それでもシャキっとしなさいよ。一応先輩なのだからあなたたちも」

「「うう……」」


 茜に痛いところを突かれ蹲る愛斗と楓。

 しかし、茜自身も先輩という実感が湧かないでいた。それは自分に自信が無いという表れか、自身の成長のなさ故のものなのかは分からない。だからこそ、茜は最近人一倍訓練に励んでいた。終わった後も自主練習や予習を繰り返し、いつか時雨が帰ってきたその時まで努力をし続けると誓ったのだ。

 これから先あと二年でどんな学園生活が待っているのか。それが自分の自信と成長に繋がればいいと願う茜であった。


「(時雨くんがいたなら、今頃どんな会話をしていたかしらね……)」


 けれど、茜の中にはまだ時雨と学園生活が送れないという心残りがあった。本来なら今隣にいて、「あの頃はこんな仲のいい友人ができるとは思っていなかったな」なんてことを言って、「それは私もよ」と返事をしたりしているのだろうと、そんな物悲しさが茜の心を締めつけていた。

 彼女の心には常に時雨がいるのだ。


「いいよなー。1年生は入学式とガイダンスだけで」


 今日は入学式があるのだが、2年生3年生には関係のないことで初めから普通の授業が始まる。それを憂鬱に感じているのは隼人だけではない。


「ま、まあ去年も同じ感じだったし仕方ないよ」

「今日から普通に授業あるの嫌だよー。まなちゃんー」

「で、でも先輩たちの話じゃ一学期中の授業は楽しいのばっからしいよ……!」

「え、そんなの!?」

「愛斗くん上級生に知り合い居たんだ?」

「うん……。従姉妹みたいな感じかな」

「へえー。初耳だな」

「秘密にしてたわけじゃないんだけどね……」

「でも、何だか今日の授業頑張れそうだよっ。ありがとう、愛ちゃん!」

「僕何もしてない気がするけど……」


 それでも自分の中で自己消化できたのか、岬の校舎へ向かう足取りは軽くなっていた。それほどに岬は単純な人なのだ。

 いつもとは違う一つ上の階のCクラスに着くと、既に亮太たちが席についていた。


「みんな進級おめでとう」

「お前もな、亮太」

「これからも頼りにしてるよ、リーダー」

「これからもよろしくね亮太くん」

「よ、よろしく」

「よろしくね」

「うん。2年生もクラス一丸となって頑張ろう」


 2年生になったといえど彼のリーダーシップはいつも通りだ。みんなと同じ横並びになり、共に走りながらSクラスを目指す。1年生の頃からそのスタンスだった。

 しばらく談笑しているとホームルームの時間になり、担任の八重樫が教室に入ってきた。


「おはよう。2年Cクラスの諸君」


 2年生になっても変わらない八重樫の姿にCクラスの皆はほっとした表情をする。それも無理はない。3ヶ月前のテロ事件で一番苦しんでいるのは担任の八重樫だと皆知っているのだ。


「ホームルームを始める」


 いつも通り淡々と進める八重樫。

 表情は平然を保っているが、内心は色々な感情が入り混ざっている状態が3ヶ月前から続いていた。

 彼女の真面目な性格故に、担任としてクラスの一人がいなくなってしまったことへの責任や後悔は3ヶ月程度では拭えないものだった。

 ましてや、八重樫は当日異能『察知』によってテロ事件を予感していたものの対応が遅れ……いや、対応など出来る隙もなく、一瞬で職員室は制圧され身動きが取れない状態だったのだ。自分の異能を持ってしてもやつらの動きを全て予感することはできなかった。

 それに加え、何も出来ずに我がクラスの生徒を一人連れ出されてしまったことへの不甲斐ない自分にストレスを感じてしまっていた。

 あの日から安眠できた日はなかった。それほどまでに彼女の責任感というものは強く、そして重かった。


「今日からお前たちは2年生だ。後輩の1年生の模範となるよう日頃から気を引き締めて生活するように」


 しかし、そんな心の状態など一切顔に出さず、ポーカーフェイスのままいつも通り厳しい口調で朝のホームルームを進めていく。


「お前たち中で知っている者も多いと思うが、2年生になると初めに自身の異能に合った武器『能具』というものを作ってもらう。これは3年前にこの学園に導入されたもので、プロソルジャーも使っている者が多い」


 しかし、臨海学校で会った朱雀隊の守屋、松下、沢良宜は使っていない。

 能具は、5年前ほどに判明した人間の中にある特殊な細胞『異能細胞』というものを一部取り除いて作られた武器なため、世論でも賛否両論となっているのだ。人を物みたいにするな、太陽神・天照様から授かった異能を変な形に変えるな、そんなものに税金を使うな、といった意見があったため能具を使うことを躊躇うソルジャーが多かった。しかし、この国を守る上、能力を高めることができる能具の需要を学園長の増谷が買い、2年生から能具の訓練が行われるようになった。

 おそらく愛斗が言っていた楽しい授業とはこのことだろう。


「やっとか!腕が鳴るぜ!」

「静かにしろ加藤」


 その報告を受けた加藤元治がテンション高く盛り上がり始めた。

 高校生といえど、まだ少年少女の心を持っている子どもたちにとって武器という概念はとても魅力的なものなのだ。ましてや、ソルジャーになろうとしている者からしたら自分専用の武器など子供心を擽られて仕方ないはずだ。


「早速今日から能具の授業が始まる。心してやれ。以上だ」


 要件を伝え終わった八重樫はさっそうと教室を後にしていった。この後はまた学園長室に直談判に向かう予定だ。


「いよいよ俺にも武器かー。やっぱテンション上がるな!」


 隼人が分かりやすく子供のようにはしゃぐ。


「どうしよっかなー。私漫画みたいに杖とかにしようかなぁ」

「僕は身を守れるものにしようかなぁ……」

「……私もそうしようかな」


 各々自分の武器の想像に花を咲かせていた。


「私も近接戦を補えるようなやつにしようかしら」


 茜、楓、愛斗といった遠距離やサポート型の者は主に近接特化型の能具を選ぶ。

 自分の異能を活かす能具ももちろんだが、弱点となる部分を補う面で能具を選ぶことも重要となる。


「楽しみだなぁ」


 隼人は早く授業がきてくれと言わんばかりに楽しそうな表情をした。しかしそれは隼人だけではない。5人全員が思い上がっていた。

 だからなのか、ここに時雨も居たら……、なんて想像をしてしまうのも無理はなかった。

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