第30話 文化祭5


 いよいよこの日がやってきた。

 今日から2日間、ソルジャー育成高等学校の文化祭である。

 やれることは全てやった。準備できるものは全て準備した。後はその成果を存分に発揮するだけだ。


「みんな、9時からいよいよ本番だ」


 あと数分で開場となるが、その前にリーダーの小野寺が指揮をあげようとみんなに声をかける。


「先生は、文化祭ではランキング戦同様他クラスと争ってもらうって言っていたけど、やっぱり文化祭は楽しむものだと思うんだ」


 その言葉に多くの者がうなずく。


「ただ、決して上のクラスに上がりたくない訳じゃない。僕らがここ1週間で頑張ってきたことは、勝つためであり上に行くためでもある。でも、楽しむことも忘れないで欲しい。楽しみつつ、売り上げでも1位を目指そう!」


「「「おーーーーーーーーー!!」」


 一気にクラスが団結していく。やはりリーダーの言葉というのは説得力が違うな。


「楽しみだね、時崎くん」


 隣の椿も、勝負というより文化祭を楽しみたい思いのようだ。


「そうだな」


 内心、俺も楽しみで仕方がなかった。

 初めての学園で初めての文化祭。

 準備期間でクラスにも大分馴染めたような気がする。料理当番メンバーのお陰だ。

 もうすぐ開場時間の9時を回る。


『只今より、2100年度ソルジャー育成高等学校文化祭を開幕致します』


 その全校アナウンスにより、今年のソルジャー育成高等学校文化祭が始まった。


「始まったか」


 どんなもんかと窓から正門前を見ると、既に多くの客で出店が賑わっていた。八重樫が言っていた通り老若男女の客が押し寄せてきている。

 橋本と如月が忙しそうに接客をしており、それを気の毒そうに思っていると、次第に校内にも人混みが出来てきた。


「いらっしゃいませー」

「こちらの席にどうぞ」

「お待たせ致しましたー」


 次々と客がなだれ込んでくる。Cクラスのメイド喫茶はなかなか好調の出だしを切っていた。メイド喫茶だからか男性の客が多く、女子がテキパキと接客をしていく。

 俺も裏方だがなかなかに忙しくなってきた。それでもこまめに休憩を入れながら仕事をこなしていく。

 時刻は既にお昼の12時を回っていた。


「オムライス2つ追加ね」

「分かった」


 接客係のクラスメイトが注文の書かれた伝票を置いていく。

 またオムライスか。

 お昼になった辺りからオムライスやパスタなどのオーダーが増え始めた。そのせいで余計に忙しくなる。


「オムライスもう一個追加」

「……ああ」


 今日は人生で1番オムライスを作った日かもしれない。隣で働く卯月と椿も忙しそうに手を動かしていた。

 早く文化祭を回りたい欲求を抑えつつ、フライパンを回していると、


「やめてくださいっ」


 何やら中が騒がしくなっていた。

 一旦2人に裏方を任せ、不思議がって中を覗くと、太田が3人の男性客に絡まれていた。さらに腕を掴まれている状態だった。


「いいじゃねぇかよちょっとくらい。一緒にお茶しようよ」

「は、離してくださいっ」

「そんな釣れねえこと言うなよ」


 3人の中でもリーダーと思わしきオールバックの男が執拗に太田に引っ付いていた。腕を掴んでいるのもその男だ。

 小野寺や加藤がいれば間違いなく即座に止めていた光景だが、あいにく今は不在のようだ。

 隅では旗手が怯えたように立っていた。止めろよおい。

 …………仕方ないな。


「いつ休憩?一緒に文化祭回っちゃう?」

「お願いですから離してくださいっ」

「暴れんなよー」


 そう言ってその男が太田の腰に手を回そうとした。

 しかし、その手は直前で阻まれてしまう。


「お客様、スタッフへの執拗なお誘いは御遠慮ください」


 止める人間が居ないのなら俺がやるしかない。太田とは別に知り合ってない仲ではないからな。


「あ?なんだお前」

「スタッフです」

「ガキがしゃしゃり出てんじゃねえぞ」


 なんて覇気のない威嚇なんだ。リーダーなのに後ろの下っ端と大差ない。


「これ以上の迷惑行為は警備員を呼び出すことになります」

「うるせえな。俺はお客様だぞ?好きにやらせろや」

「ちょ、ちょっと!」


 苛立っているのか胸ぐらを掴まれる。顔を近づけ今にも頭突きされそうな距離だ。

 息くさ。


「殴りたいなら殴ってどうぞ」

「……あぁ?」


 俺の挑発に男は分かりやすく腹を立たせた。握りこぶしがぷるぷると震えている。


「いいぜ。お望み通り殴ってやるよっ!」


 やつのおそらく渾身の右ストレートを俺は容易くガードする。


「な……!?」


 ……本当にこういう輩は。


「……あんたはバカか?」

「な……何だと!」

「ここはソルジャー育成高等学校だ。ソルジャーになるために学ぶ施設で、日頃から訓練を欠かさず行っている。そこら辺のヤンキーなんて相手にならない奴らがここにはうじゃうじゃいる。今回は運良く俺以外手を出せる者がいなかったが、本来なら女子生徒ですらお前らに勝ち目はない」

「な、なんだよお前……」


 俺の目の圧に男が額に汗をかき始める。後ろの下っ端も同様だ。


「これは列記とした正当防衛だ」


 そう言って俺はその男を押さえつけた。関節を決め身動きが取れないようにする。


「くそっ、どけ!」

「何の騒ぎだ?」


 騒ぎを聞き付けたのか、それとも廊下にいた誰かが呼んでくれたのか、そんなことはどうでもいいがナイスタイミングで警備員が来てくれた。


「暴力客です。対処をお願いします」


 後に八重樫も姿を見せた。事は速やかに済みそうだ。

 一時の騒動を終え、俺は裏方に戻る。


「時崎くん大丈夫?」


 おそらく気になって一部始終を見ていた椿と卯月は俺を心配しているようだ。


「あんな奴らどうとでもない。おそらく椿でも勝てたぞ」

「む、無理だよー」

「あういう強引な男本当に苦手だわ。何であれでいけると思っているのかしら」


 それにはまったくもって同感だ。


「まあそう言うな卯月。あいつらだって生きてる」

「できれば消滅して欲しいわね」

「怖いこと言うなよ……」

「それより、これから休憩じゃなかった?」

「そういえばそうだったな」


 騒動のせいで忘れていた。


「とりあえず回るか、3人で」

「うん!」

「私は遠慮しとくわ」

「何か用事か?」

「いいえ。少し疲れてしまったから寮に行って休んでくるわ」

「そ、そうか。じゃあ……二人で行くか?」

「うん!!」


 俺の誘いに、椿は満面の笑みで返した。

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