第31話 文化祭6
午前中のシフトが終わり、椿と2人で文化祭を回ることとなった。
「どこか行きたいところはあるか?」
「うーん……」
椿は文化祭のしおりを凝視しながら悩んでいた。
1年生から3年生まで全12クラスが出店を必ずしている。さらに屋外の出店を行っているクラスが多く、教員も自発的な出店を行っているためかなり選択肢が幅広くある。悩むのも無理はない。
「ひとまずは昼食か?」
「そ、そうだよね。えーと、じゃあ……ここなんてどうかな?」
椿が指さしたのは3年Aクラスが出店している猫耳喫茶というやつだった。
「いいんじゃないか。面白そうだ」
自分たちのクラスとは違ってどんな喫茶店なのか気になるところだ。
目的に着くとかなりの人数が列を作っていた。20分ぐらい待ちそうかなと思っていると、回転率がいいのかものの10分ほどで順番が回ってきた。
俺たちを迎えたのは猫耳を付けたメイドさんだった。猫耳喫茶というか猫耳メイド喫茶だな。雰囲気は俺たちのメイド喫茶とあまり大差ない。
俺と椿は1番隅の席に案内され、メニューを渡される。
「ご注文の方お決まりでしたらお声掛けください」
「は、はいっ」
先輩に緊張しているのか椿は何度も頭を下げる。
メニューを開くと、俺たちのメイド喫茶とは全く異なる点が見つかった。それは、メニューの豊富さだ。麺類やご飯系はもちろん、定食や豊富なドリンク、デザートや小さい子供を想定したお子様ランチまで、数々の品が並んでいた。さらには、定員と一緒に写真を撮ることができるらしい。値段はかなりするが。
どうしてこれほど豊富なメニューが揃えられるのだろうか。調べるとこのクラスは屋外の出店をしていないことが分かった。なるほど、的を1つに絞ることでより重点的に広く商売をしているのだろう。この喫茶店1つで勝負に出ているということか。
「決まったか?」
「う、うん」
店員を呼び、各々注文していく。
「以上です」
「はい、かしこまりました。それとこれはオススメなのですが、カップルで写真撮影をできるプランがございますがいかがですか?」
「え?」
カップル?俺と椿が?
「カップル様ですと、当店のサービスとして猫耳を付けて写真撮影することが可能です」
「いや、あの、俺たちはカップルでは……」
「撮りたいです!」
俺が誤解を解こうとしていた矢先、椿が顔を真っ赤にしながらそう言った。
「ありがとうございます。それでは少々お待ちください」
店員は満足気な顔で去っていく。
「えーと……椿?」
「ご、ごめんね……!猫耳付けてみたくて……あんなこと言っちゃった」
「そ、そうか……」
「本当にごめん!い、嫌だよね……私と写真なんて。今からでも無しにしてもらおうかな」
「違う、それは俺のセリフだ。俺なんかとカップルなんて思われたくないだろ?変な噂なんか流れたら……」
「別に、私は気にしないよ。時崎くんとなら……」
「そ、そうか。椿がいいならいいんだが」
なぜだかさっきから一切目を見てくれない。本当は恥ずかしいのか?
数分後、お互いの料理が届いた。それを少し気まずい雰囲気の中で食べ終え、会計をして帰ろうとしていたところを先ほどの店員に阻止される。
「カップルプランをお忘れですよ?」
「あ、ああ。そうだったな」
「彼女さんはこちらへどうぞ」
「は、はい」
椿が自ら選んだ白色の猫耳を身に付け、俺の所へ寄ってくる。
「どうかな?」
本音を言えば……めちゃくちゃ似合っていた。
謙虚な姿勢の上目遣いに、照れているのか頬を赤らめているその姿から出る破壊的な愛らしさは、まるで猫そのもののようだった。
「猫みたいだ」
「……それ褒めてる?」
「これ以上のない褒めだ」
それをそのまま言うのは恥ずかしいのでなんとか誤魔化しておいた。
「はい、2人ともくっ付いてくっ付いてー」
カメラマン担当が俺たちに指示をする。
そもそもカップルではないのだからそんなことは出来ないのだが。
「……っ」
「……」
なぜか椿はその指示通り俺に体を寄せてきた。あくまでカップルを演じるというのか。
「じゃあ撮るよー。彼氏さん、笑って笑って」
俺に唯一不可能なことだな。
一向に笑おうとしない俺に痺れを切らしたのかそのままシャッターを下ろされる。その写真をその場でプリントしたものを貰い、やっと店を出ることができた。
「ありがとう時崎くん。……私のわがままに付き合ってもらっちゃって」
「まあ、気にするな。これも思い出だ」
そう、これは単なる思い出だ。
その後も2人でぶらりと回りながら色々な出店を楽しんだ後、自分たちのクラスがどうなっているのか戻ってみた。
すると、午前中とは違ってまったく客が来ていなかった。
「お客さんがいない……」
「かなり深刻な問題のようだな」
一方、隣のBクラスには午前中とは変わらず客が押し寄せていた。このまま1日目を終わり勢いだ。
「小野寺」
「っ!時崎くん……!」
店の前で一生懸命宣伝をしていた小野寺に声をかける。
「Bクラスに客を持っていかれているようだな」
「完敗って感じだよ……」
「どうするんだ?」
「今は加藤くんや如月くんたちと協力して学園中を宣伝しているところだよ。もう10分も経つんだけど……見ての通りだよ」
「なるほどな」
宣伝の効果はあまり出ていない、いや、まったく出ていないようだ。
だが、俺たちの目標は勝つことだったのか?1位になることだったのか?
いや違う。小野寺は朝にこう言った、楽しもうと。
だったら俺はもうその目標を達成している。椿と文化祭を回って俺は充分楽しんだ。これ以上のものはいらないし目指そうとも思わない。
だが、本当にそれでいいのか?俺だけが目標を達成していたとしても、クラスの皆はどうだ?客が入らず、盛り上がらない。つまり楽しめていないということだ。
小野寺、如月、加藤、それにメイドとして準備していた女子たち。全員が今楽しめている顔をしているだろうか。
その答えは、否だ。
「小野寺、お前はどうしたい?」
「どうしたいって?」
「今の現状をだ。勝ちたいか?」
これは確認事項だ。
「それはもちろん……勝ちたいよ。悔しい……」
「……そうか、なら任せろ」
俺たちの用意したものがこんな結果で終わっていいわけがないんだ。
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