第27話 文化祭2


 私─────橘 杏子はもう失敗しない。失敗したくない。

 昔から自分は真面目な性格だと知っていた。厳しい人間だと分かっていた。

 でも、それを他人に押し付けてはいけない。それを中学で学んだのだから。

 もう目立つようなことはやめよう、そう思っていたけど……。気づけば私は文化祭実行委員になっていた。委員会なんて入らない人もいるのに。私は名乗り出てしまった。

 自分の性格に飽き飽きする。

 他人の嫌がる仕事をすぐに受け持ってしまう。

 こんな性格を羨ましいと言った友達がいたが、そんなことがあるものか。面倒事を進んでやる人間を羨むなんてどうかしている。

 きっとお世辞だったんだろう。

 この子を煽てればまた面倒事をやってくれる。そんな考えしかなかったはずだ。

 意識しなくとも聞こえてしまうことがある。

 この異能のせいで私の陰口が聞こえたことは何回あっただろうか。数えたくもない。

 面倒事を進んでやっていたせいかこの学園への推薦が決まっていた。それが唯一の良かったことだ。

 高校では普通にしたかったのに。また私は人前に出る仕事を担ってしまっている。

 本当に…………私は私が大嫌いだ。









 文化祭まであと1週間。

 我らがCクラスの出し物は、多くの票を集めたメイド喫茶に決定した。それに加え、学園の外での出店としてお好み焼き屋を出す予定だ。

 料理が得意な料理当番メンバーはそれぞれ3人ずつ配置し、回していくようだ。

 屋台の準備やメイド服の調達、場所の確保など橘や小野寺がこれから忙しくなることを気の毒に思いつつ、俺は俺の仕事をしていた。


「やっぱりオムライスじゃね?」

「そうだな」


 俺の仕事はメイド喫茶のメニューを考えることだ。今は如月と2人で考案中。橋本、卯月、椿は服の採寸を行っているとのこと。裏方になるはずのあいつらもなぜ採寸しているのかは引っかかったが、あの3人のメイド服姿を見られるならかなりラッキーだ。

 そして、朧も橋本の手によって連れていかれた。まあ、何だかんだで似合いそうだしいいか。男の娘という属性も悪くはない。


「なんか、あれだろ?魔法とかかけるやつ」

「メイドがオムライスにやるやつだろ。でも、みんな恥ずかしがって多分やらないぞ」

「いや絶対やった方がいいって」

「客を呼ぶという利点においては言うまでもないが、女子たちが承諾するかどうか」

「そこは俺に任せろ」

「そ、そうか。頼んだ」


 なぜか自信あり気な如月にそれは任せるとしよう。


「あとは……パスタ類とか?」

「サンドウィッチとかは喫茶店ならではのやつだよな」

「確かに。あとは何だ?」

「あんまり多くても俺たちが大変だしな。それくらいでいいんじゃないか?」

「そうだな。じゃあ、目玉はオムライスにして、他は普通に提供するか」

「それがいい」


「それじゃあ、小野寺に報告してくるわ」と、如月は小野寺のもとに向かった。

 さて、暇だ。教室を眺めているだけでは誰かの反感の買い兼ねないので仕事を探しに行くとしよう。


「橘、手が空いてしまった。何か仕事はあるか?」

「時崎くんね。なら、朧くんの採寸をお願い」

「え」

「男子更衣室にいるみたいだから協力してあげて」

「……わ、わかった」


 思わぬ仕事を受けてしまった。

 てっきり橋本がやっているのかと思っていたが、まあ突っ立っていても仕方ない。

 俺は男子更衣室に向かう。

 ドア3回ノックすると、「どうぞ」という声が中から聞こえた。


「入るぞ」


 中に入ると、体操服姿の朧がメジャーを持って座っていた。


「時崎くん!?」

「採寸の手伝いに来た」

「そ、そうなんだ。てっきり時崎くんも採寸なのかと……」

「そんなわけないだろ」

「そうなの?」

「俺がメイド服なんて着てどうする」


 想像しただけでも吐き気がする。


「え、でも男の子は別の衣装があるんでしょ?」

「いや……普通にクラスTシャツだと思うぞ」

「え……で、でも、橋本さんがそう言って……」


 なるほどな。

 すっかり朧は橋本に騙されてる訳か。


「も、もしかして……僕騙されてる!?」

「みたいだな……」

「もぉー!また橋本さんは僕を女の子扱いして!僕にメイド服着させる気だったんだーっ」


 まあ、橋本の気持ちは分からなくもない。朧は女の子に間違わられてもおかしくないほど可愛らしい容姿をしている。


「僕、着替える!」

「ま、まあ採寸ぐらいしてもいいんじゃないか?」


 できれば俺も朧のメイド服姿は見てみたい。


「時崎くんも橋本さんの味方なの!?」

「い、いや……挑戦してみるのも悪くないかと」

「嫌だよ!」


 そう言って朧はおもむろに体操服を脱ぎ始めた。

 すまない橋本、しくじった。


「教室戻ろ!橋本さんにガツンと言わなきゃ」


 着替え終わった朧はいわゆる激おこプンプン丸状態だった。でも、その姿も珍しいし可愛いから良しとしよう。

 そうだよな、橋本。







「えーバレちゃったの?」


 教室に帰ってきて早々、同じく採寸から帰ってきた橋本に事の顛末を話すと、途端にガッカリした表情を見せる。


「バレちゃったのじゃないよ!また僕を女の子扱いして!」

「ごめんごめん、許してよまなちゃん」

「もうっ」


 ご立腹の朧を何とか落ち着かせた橋本。

 この様子からして文化祭で朧がメイド服を着ることはないみたいだな。少し残念だがしょうがない。


「橋本たちは当日メイド服着るのか?」

「もちのろんよ!でも、卯月ちゃんだけ微妙かなあ」

「やっぱりか」


 先日話していた時も嫌そうな顔をしていたからな。


「まあでも、時崎くんが見たいって言えば着てくれるんじゃないかなー?」

「そうなのか?」

「うんっ」

「そ、そうか……」


 何故俺が言えば着てくれるのかわからないが、あとで何気なく言ってみるか。



 文化祭はもう間近に迫っている。

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