第26話 文化祭1
月日は流れ6月下旬。
地獄の期末テストがようやく終わり、そろそろあの行事が近づいてくる頃だ。
「7月には文化祭がある」
帰りのホームルーム。八重樫からのその単語に、クラスの面々は大盛り上がりを見せる。
生徒なら誰もが楽しみに待ち望んでいる一大イベント、それが文化祭だ。学外の友人や家族、地域の人や来賓をお客として歓迎し、各クラスの出し物でもてなす。
当日が楽しいイベントなのは間違いないが、やはり楽しみなのはその準備期間である。クラス全員で出し物について議論し、男女で協力して作業を進めるその過程こそ文化祭ならではの出来事である。
それによって普段あまり話さない異性と話すようになり、「あれ?なんかこの子可愛くね?」という不思議な勘違いが起こるようになるのだ。それもまた文化祭の醍醐味。
「しかし、この学園では多少異なる文化祭を行う。端末の資料を確認しながら聞いてくれ」
異なる文化祭?
俺の心配とは裏腹に、端末に送信履歴が表示された。
送られたファイルを開く。
「今回の文化祭も、ランキング戦と同様クラス同士で争ってもらう。文化祭期間は2日間、内容は至ってシンプルだ。クラスの出店でより多くの利益を出したクラスが上へと進むことができる」
要は売上勝負ということか。
守るべき市民をビジネスで満足させることもソルジャーの務めだ。
「この学園の文化祭には、学園の設立に携わった来賓の方々が訪れる予定だ。また、その方々の友人や親戚も迎え入れるため多くの人が来場される見込みだ」
なるほど。大人のみならず子供も来る可能性があるということか。それなら、老若男女が満足するような出し物を考えなくてはならない。
「そして、普通の文化祭とは違う点がもう1つある。それは、お金だ」
お金?海外の通貨でも使うつもりか?
「この学園の文化祭では、特殊な紙幣を用意している。来賓の方々には入口で現金とその紙幣を換金してもらい、出店での購入の際に使用してもらう。そして、その紙幣の数によってそれぞれのクラスがランキングされる」
どうしてそんな事を?は考えるまでもない。おそらく異能での偽装を防いでいるのだろう。そんな生徒がソルジャーになるなど言語道断だが、対策しておいて損は無い。
「文化祭前日3日間は準備期間が設けられることになっている。今日から放課後は文化祭の話し合いに好きに使ってくれ。以上だ」
そう言い終わり、八重樫は退出していった。
それと同時に、小野寺と橘が教卓の前に現れる。
「みんなっ、先生もさっき言っていた通り今から文化祭についての話し合いをしたいんだけどいいかな?」
クラスのリーダーである小野寺が率先して先陣を切る。
橘も前に出ている理由は、このクラスの文化祭実行委員だからだ。
「さんせーい」
「いいと思うよ」
楠木、太田が賛同する。
それによりクラス全員が頷く。
「それじゃあまず、出店の内容について決めていこうと思います。何か案のある人は手を挙げてください」
「はいはーい!」
橘の進行に真っ先に手を挙げたのは橋本だ。
「はい、橋本さん」
「やっぱり文化祭といえば喫茶店でしょ!」
小野寺がホワイトボードに喫茶店と書いていく。
確かに文化祭といったらの案だな。願わくばメイド喫茶とかだったらありがたいが、そんなことは言えるわけがない。
「はいはい!」
「はい、次は加藤くん」
「喫茶店は喫茶店でも、メイド喫茶とかどうよ!
「えー、なんかヤラシイー」
加藤のナイスな提案に批判的な反応したのは楠木だ。変質者を見るような目を向けていた。
「失礼だな!俺はメイド喫茶ならSクラスにも勝てると思って言ってるんだぞ!」
「本当にー?」
「マジだ!」
おそらく半々だろうな。メイド喫茶で他のクラスを圧倒しつつ、女子のメイド服姿を拝めることが出来るという自身の欲も満たそうとしている。そんな加藤の考えが目に見えるように分かるな。これも臨海学校で仲を深めた結果だ。
「まあひとまずメイド喫茶は保留にして、別の案を模索した方がいいんじゃないかな?」
「……おうよ」
「はーい」
小野寺が2人を落ち着かせ、話し合いが再開した。
その後も案は数々と提示され続けた。
喫茶店の他に、飲食店、演劇、遊戯、お化け屋敷、屋台などなど。
今日のところは案の出し合いで終わり、後日またどれがいいかのアンケートをとるそうだ。
匿名の実施で行われるようなので俺は欲望のままにメイド喫茶にいれようと思う。
「時崎、お前は何にするんだ?」
今はいつものメンバーで寮に帰っている途中だ。先程の放課後の話し合いを思い出すかのように如月がそう訊いてきた。
「無難にお化け屋敷だな」
とりあえず大嘘をついておこう。
「お化け屋敷ねー。確かに定番ではあるよね」
橋本が腕を組みながらそう言った。
「朧はどうするんだ?」
あまり深くは勘ぐられたくないため、俺は自身に話が向かないよう朧に振る。
「うーん、そうだなあ。お化け屋敷も良いけど、僕怖いの苦手だからなぁ」
「別に朧が客として入るわけじゃないんだぞ?」
「作る側だとしても怖いものは怖いよー」
「そういうものか。じゃあ何にするんだ?」
「うーん……演劇、とかかな」
演劇か。意外だな。
引っ込み思案で人前に立つことが苦手だと思っていたんだが。
「演劇好きなの?」
「似合わないよね……」
「そんなことないよ!適任なんじゃない?幼女役とか!」
「僕は男だよ、橋本さん!」
橋本はケタケタと笑いながら朧をいじった。
「もう……如月くんはどうなの?」
「そりゃメイド喫茶だろ!」
なんと、同士だったか如月。
「もしかして……私たちのメイド服姿でも狙ってんの?」
「わ、悪いかよ!」
「きゃーへんたーい」
「最低ね」
如月の発言に橋本が下手な演技する中、卯月は若干引いている様子だった。
「卯月は興味ないのか?」
「何にかしら」
「……もちろんメイド服だが」
「ないわね」
「……そうか」
ばっさりと否定されたことで俺は少し顔を下に向けた。
「何?あなたも如月くんと同じなの?」
「い、いや……」
まずい、思わず話に乗ってしまった。キャラを保つためにメイド服には興味ないようにしないといけないのだが……。
それでも卯月の目の圧が凄まじいためここは正直に答えるしかないか。
「……卯月なら似合うと思ったんだがな」
「……っ!」
「……えっ」
卯月と椿が同時に驚いたようなリアクションを見せた。
すると、卯月は自身の髪の毛を人差し指でクルクルと回し始めた。
「ふ、ふーん……。そ、そんなに私のメイド服姿が見たかったの?ま、まあ、あなたがそこまで言うなら?着てあげなくもないけど……」
「い、いや……ただそう思っただけだ。無理にとは言わない。すまない、忘れてくれ」
これは失態だ。
卯月のメイド服姿が見たかったのは嘘ではないが、確実にキモがられたな。
「わ、私も……メイド服とか着てみようかな……」
俺の方をちらちら見ながらそう言ったのは椿だ。それはいい試みだ。
「良いじゃないか、椿も似合いそうだ」
「ほ、ほんと!?えへへっ」
椿も卯月に負けず劣らずの美貌の持ち主だ。メイド服姿で店なんか開いたらきっと大盛況だろう。
などと思っていると、気づけば卯月が俺を睨みつけていた。
「な、何だよ」
「別に……!」
「お、おう……」
何で不機嫌なんだよ。
「「にひひひっ」」
そして、何故かその光景を見て橋本と如月はにやけ顔を浮かべていた。
「お前らもか」
「罪な男ですなあ」
「ほんとですね旦那」
「あはは……」
それを後ろで眺めている朧は、ただただ苦笑いを浮かべていた。
何が何だか分からんな……。
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