第24話 想う人たち
「それでは失礼します」
学園長室と書かれた扉を後にし、俺はほっとため息をつく。
俺は、あのナルシストな学園長が俺に臨海学校で起きた出来事を色々と事情聴取するため、というていで呼び出されていた。
実際は他愛もない雑談で終わり、臨海学校で起きた出来事は学園長が何とかするとの事だった。
俺としてはありがたい話だ。有耶無耶に話そうとしていたところに、学園長という後ろ盾がついたのだから。ここから先誰かに臨海学校についてしつこく聞かれることはなくなるだろう。学園長と知り合っていたことがこんな形で役に立つとはな。
「……?」
教室までの廊下を歩いていた途中で、窓から外を眺めている卯月の姿を発見した。
「卯月、こんな所で何しているんだ?」
「……あなたを待ってたのよ」
「俺を?」
確かに学園長室に行くというのは報告していたが……一人でここに待っていたのか?
「今回起きた出来事。……これは、本当はこんな簡単に流していい問題ではないと思うの」
卯月は俺に真剣な眼差しを向ける。
「大丈夫だ、さっき学園長に全てを話してきた。これで今回の件は解決だ」
「……」
その不安定な瞳から卯月はまだ納得していない様子だった。確かに普通に考えればこんなにもあっさりと解決していいほどの事件ではない。一般人が強力なヴァイスに襲われた、でも奇跡的にその一般人一人でそれを討ち果たした。こんなにも想定外な事件は他にない。
「あなたの強さは知ってるわ。ランキング戦で間近に見たからね。だからこそ、今回の件もなんとなくで納得はしたわ」
「そうか」
「でも……、それでも……こんな簡単に終わっていい話なのかしら……」
ヴァイスを倒したことは不幸中の幸いだったが、そもそも臨海学校という学校の行事にプロのソルジャーがいながら事件が起きたというのが問題だろう。
本来はそれに注目したいはずだ。しかし、卯月の言いたいことは別にあるような気がした。
「どうした卯月、らしくないぞ」
「私は──────あなたのことが知りたいの……!」
卯月は感情が爆発したかのように叫び出した。自分の気持ちをさらけ出すようにそう言葉にした。
「……俺のこと?」
「ランキング戦で見せたあの力、今回の件でも上級のヴァイス相手に1体1で勝利し帰ってきたその精神。あなたは……いい意味で普通じゃないわ」
「……そうかもな」
「べ、別にあなたのことが嫌いとかじゃなくてね!……その、何か私たちに隠してない?」
隠してない?……か。
そんなもの、いくらでもある。
卯月や料理当番メンバー、担任の八重樫、ましてや学園長にだって隠していることはある。さらに言えば、俺だけしか知らない事実だって……。
けど、俺は決してそれを口外しない。俺だけが知っているこの事実だけは、生まれた時からあるのだから。
「人間だれしも一つや二つ隠し事をしているものだ」
「それは、そうだけど……。あなたのは次元が違う気がして……」
「考えすぎだ」
「……」
無理やり話を終わらせようとする俺に卯月は痺れを切らしたようだ。
「教室に戻るぞ」
「……ええ」
教室に戻る最中も卯月の中の疑問はまだ残り続けたままのようだった。
先程は決して口外しないと言ったが、俺の1番の隠し事はいずれ判明することだ、そう遠くない未来に。だからその時まで待て、卯月。
「そういえば、今日の当番はあなたと椿さんよ」
「……そうだったな」
そうか、もう当番か。なら放課後に椿と買い出ししないとな。
放課後。
俺は椿と一緒にエオンモールのスーパーに買い出しに来ていた。
「今日はどうするか」
「……」
「椿?」
「え!?……あ、え、えーと…………唐揚げなんてどうかな?」
「よし、今日は唐揚げにしよう」
椿の様子が少しおかしい。しかも、さっきだけではない。今日1日、椿の様子はずっとおかしいのだ。引っ込み思案な彼女でいつも静かなのは変わりないが、今日は特に寡黙だった気がする。
いつものメンバーで話している時も、お昼を食べている時も、エオンモールに向かう途中でも、下を向いて何か思い詰めている様子だった。
色々と聞いてみたいが、もしかしたらデリケートな問題かもしれない。不用意に聞くのは避けるべきだ。ここは普段通りにしよう。
「材料は買い終わったか?」
「……うん」
「なら会計だな」
セルフレジで会計を済ませ、もちろん荷物は全部俺が持って寮に帰る。
その道中も、椿は浮かない顔をしていた。
会話も弾まず、気まずい雰囲気が漂う。
このままでは埒が明かないと俺は痺れを切らして椿に聞いてみることにした。
「何か悩みでもあるのか?」
「え……?」
「いや、今日はやたらと元気がないなと思ってな」
進んでいた歩みが止まる。
「あー……うん、悩みというか……不安というか」
「不安?」
「ごめん、ちょっと言語化できないかも……」
「そうか……」
不安、か。何に対して不安を感じているのだろう。人には言えないようなものなのだろうか。
「何か思い詰めているなら相談に乗るぞ。助言できるかは分からないが聞くことは俺にも出来る。閉じ込めているものを吐き出すことで楽になることもあるしな」
「そんな大したものじゃないんだけどね……。でも、そうだよね。言わなきゃ分からないよね」
「無理にとは言わないぞ」
止まっていた足が再び動き出した時、背中にちょっとした衝撃を感じた。
「椿……?」
椿が俺の背中を抱きとめていたのだ。
背中から伝わる温もりや感触にむず痒くなり椿を離そうとするが、俺の両手はレジ袋で埋まっていた。地面に落とすことも出来るが、それでレジ袋が破けると面倒だ。
ともかく、今は椿の行動理念を聞かなければ。
「いきなりどうした、椿?」
「これが、私が今日ずっと感じていた気持ち」
背中からでもわかるほど、椿の心臓は早い鼓動を打っていた。
「……私ね、臨海学校で時崎くんが危ない目に遭ったって聞いて、涙が出るほど心配になったの。……大丈夫かなって、怪我してないかなって。……時崎くんが強いのは知ってる。でも、私はずっと心配だった……。心配で心配で心配で、余計なお世話だって言われてもいい。だって、友達を大切に思うのは当たり前でしょ?……それでも、時崎くんは気にするなの一言で事を解決させた。自分を犠牲にしてまで危ない目に遭ったっていうのに」
背中からの告白を俺は黙って聞いていた。
「時崎くんは、何だか慣れているような気がしたの、自分を犠牲にすることに。……それが私はすごく不安だった。これから先、また同じようなことが起きたら次も時崎くんは自分を犠牲にする。それが……たまらなく嫌なの。不安なの」
「……」
「お願いだから、自分を犠牲するようなことは……しないで」
それが不安の正体。過保護と思われるほどの俺への心配、そう思いたくないから無理はやめてほしいとの懇願。
どれも身勝手なものだ。俺はそうしてほしいと頼んだわけでもないのに。でも、それが人間であり、友達なのかもしれない。人を想う心、それが椿には強くあるということだ。
「椿……お前の気持ちは分かった。友達を思う心、それは確かに素晴らしいものだ。でも、それで他人を強制してはいけない。俺があの場で自己犠牲をしたのは、あれが最善だと思ったからだ。お前にはその俺の意志を尊重して欲しかった」
「……そんなのできないよ。時崎くんがいなくなるなんて……私には耐えきれない」
「なら、今度俺がそういった行動をとった時、俺を止めれるように強くなることだな」
「強く……なる?」
「そうだ。椿は戦闘型ではないから難しいかもしれないが、それでも出来ることはあるはずだ。この学園に来て、本気でソルジャーを目指しているなら、人を心配するのではなく人を守れるようになれ」
これは助言だ。椿が大きく成長できるよう促しているだけ。ここからどう考え、どう行動するから椿次第だ。
「……うん、分かった。私……強くなるっ」
椿の決意とともに、背中の温もりが段々と引いていく。
「なら早く帰るぞ、皆に怒られるのは嫌だからな」
「……うん!」
椿の物語は、まだ始まったばかりだ。
※
またもや薄暗く静かな部屋で、数人が話し合いをしていた。
「ったく、あのバカのせいで!」
デカブツの者が怒りをあらわに椅子を強く蹴飛ばす。
「涎を垂らし、お腹を空かした猛獣が獲物を前に我慢出来るわけがないだろ」
細身の者が冷静な物言いでデカブツを落ち着かせた。
「ああ?そう分かってたなら何であいつを止めなかった?」
「リーダーの指示だ」
「……聞いてねぇぞ、俺は」
「言ってないからな」
デカブツの怒りの矛先は細身からリーダーへと移る。
「ちょっと試してみただけだ。あいつの技量を見たかった」
「ちぇ、あいつは生贄ってことかよ。それで、何かわかったのか?」
「ああ、おそらくこのまま戦っても俺らは負けていた」
「……お前、それ本気で言っているのか?」
「あいつだけではなくプロのソルジャーが3人もいたんだぞ?」
「だからバラバラにして殺ろうって話じゃねえのかよ」
「無理だな。分かれさせたところで時間の問題だった」
「んだよ、ったく」
デカブツは頭を使うことが苦手だった。
「まあ待て、その時は必ず来る。それまで我慢だ」
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