第23話 臨海学校6
「まだ……時崎くんが中にいますっ……ヴァイスと1体1で交戦中です……」
犠牲。それは、未来ある学生にはあるまじき行動。
なぜ彼はそんなことができたのか。
沢良宜は考える。
彼を初めて見た時、つまらなそうな人だと思った。何に対しても無関心、友人と話している時も無表情。感情を表に出さないタイプか、感情を表に出せないタイプ。どちらにしよ不器用な人間だと思った。
でも、彼は1つの大きな決断をした。
全滅か1人の犠牲か。
彼は後者を選択した。それは並大抵の高校生では到底無理なことだ。でも彼は決断した。自らを生贄とし、他のみんなを助ける自己犠牲の精神。彼にそんな一面があるとは思わなかった。
自身の異能の都合上、沢良宜は人の観察をモットーにしていた。幼い頃から他人を観察し続けていた彼女は、いつからか一目でその人の性格や本性が分かるようになっていた。この人はどういう人間か、この人はどういった性格か、それが一瞬で判断できてしまう。その自信があった。
しかし、それが今回大きく外れる結果となった。時崎という人間の性格を沢良宜は何も分かっていなかったのだ。
そして、これから起こる出来事に、また沢良宜は自身の観察眼に疑うを持つようになってしまう。
「け、煙が消えてくぞ……!」
その加藤の叫びで、その場にいた全員が一斉に黒煙に目を向ける。
加藤の言う通り、目の前に広がっていく黒煙が徐々に霧散していく。
全員が固唾を飲んで黒煙の先の光景を待っていた。ヴァイスがいるのか、時崎がいるのか。それとも両方いるか、両方いないか。
加藤、旗手、橘、楠木、太田はもちろん時崎の無事を祈っているが、ヴァイスを目の前にした時に感じた恐怖心を思い出すと、時崎が無事である可能性は極めて低いと感じていた。松下、沢良宜も同様、ヴァイスという存在の恐ろしさを知っているからこそ、時崎はもういないかもしれないという結論に至ってしまう。
──────だが、その予想は大きく外れることとなる。
「──────!と、時崎……!」
黒煙が晴れた先に見えた光景は、倒れているヴァイスとその横に立っている時崎の姿だった。
「う、嘘でしょ……」
沢良宜は信じられないといった様子だった。
もちろん沢良宜だけではない。この場の全員が予想していたものとは別の光景が広がっていたのだから。
「時崎くん……!」
太田が時崎のもとへ駆け寄る。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……」
「……大丈夫だ太田、俺は無事だ」
「本当に?どこか怪我してない?」
「問題ない」
太田に続いて旗手、橘、楠木が時崎に駆け寄る。
それぞれが心配の声をかける中、加藤はゆっくりと時崎の元へ。
「すまねぇ……時崎。俺は……お前を見捨てるようなことをした……。漢として、人間として失格だ」
加藤は悔しさや涙を堪えながらそう言った。
「そんな、加藤くんだけじゃないよ……。私たちだって……」
太田は我慢していた涙を浮かべる。
そんな姿を見て、沢良宜は下唇を強く噛んだ。
自分の不甲斐なさに失望する。
学生がそんなことを考えるな。悪いのは全て私たち。プロのソルジャーで市民を救う身でありながら、6人の学生にそんな選択を選ばせてしまっている私たちに非がある。
加藤くんも、旗手くんも、橘さんも、楠木さんも、太田さんも、そして時崎くんも……。
「で、でも、どうやってあのヴァイスをたおしたんだ?」
沢良宜と松下が一番気になっていたことを加藤は時崎に聞いた。
あのヴァイス強さ、恐ろしさを知っている加藤だからこそ、時崎が生き残っている理由が分からなかった。
「……本当に、運が良かっただけだ。俺の異能と奴の異能の相性が悪かった。だから勝てた。それだけだ」
本当にそんな理由でヴァイスに勝てることが出来るのだろうか。時崎はまだ学生で、まだ未熟な15歳の若者だ。
いや、今はそんなことはいいかもしれない。
「……時崎くん。ごめんなさい……そして、ありがとう。一人のソルジャーとして、あなたのことを尊敬するわ」
沢良宜は時崎に向かって深くお辞儀する。
今のは生徒一人に生死を分ける戦いをさせてしまったことに対する謝罪と、私の力不足を補ってくれたことに対する感謝だ。
「…………別に大丈夫です。まだ学生の身ですが、僕はソルジャーを夢見てる者です。身を呈して皆を守るのは当然です」
何て精神なんだ。そう沢良宜は思った。
そして、自分に問う。学生の頃、自分にそんな覚悟はあったのだろうか。
この仕事を始めて2年になる。そんな強い意志を持つことを忘れてしまったのはいつだっただろうか。この仕事に慣れてしまったのはいつ頃だっただろうか。
いつの間にか自分は平和ボケしていたのかもしれない。ヴァイスという脅威は今も世を苦しめているというのに、それが日常になってしまっていた。
それでも彼は屈しなかった。友を守るため自分を犠牲にすらした。でも、彼は生き延びた。たった1人で。
「……強いね、君は」
そんな彼が沢良宜にはとても眩しく、そして魅力的に見えてしまった。
突如起きたヴァイス襲撃事件は一晩で終息を迎えた。
俺が予想していた他のヴァイスの可能性だが、どうやら他にヴァイスは現れなかったらしい。あの短髪のヴァイスの単独襲撃だったようだ。
どうにか事は収めたが、後から俺への事情聴取は避けられないだろう。
平凡に学生生活を送るつもりだったが、まあこうなった以上仕方ない。適当に嘘を混ぜながらやり過ごすか。
最終日は少し予定が早まり、朝一にバスで帰宅となった。
その道中の車内の空気は重く、楽しい臨海学校とは無縁の雰囲気だった。
その重たい空気を察してか八重樫が立ち上がって全員に顔を向けた。
「今回の件は、明らかにこちらの対応ミスだ。迷惑をかけて、本当に申し訳ない」
そんなことはない、と言いたいところだが、今回の件は擁護できない。そのことがみんな分かっているのか、八重樫に対して掛ける言葉に迷っているようだった。
こういう場合は……
「顔をあげてください、先生」
俺が言うしかない。
「先生だからといって、クラス全員の生徒を24時間守れるわけじゃない。それに、唯一被害の遭った俺は無事です。まずはその奇跡に感謝しましょう」
「……すまない。ありがとう……」
これは被害を受けた俺だけが言えることだ。
ザワついていたバス内も徐々に落ち着きを取り戻す。お堅い空気は無くなったかと思いきや、隣に座る加藤が俺に向かって頭を下げた。
「時崎、本当にすまん……!」
彼のまっすぐな性格を如実に表したような謝罪だった。
「もう済んだことだ、気にするな」
「いいや……それでも謝らせてくれ」
長く、深々と頭を下げ続ける加藤。
「俺は……強い漢になりたくてソルジャーを目指しているんだ。……それなのにもかかわらず、俺は敵の前で震えて何もせず、考えもせず、挙句の果てに友達を見捨てて逃亡した」
強い漢。それは精神的なものなのか、身体的なものなのか、それとも両方か。それが加藤の夢であり目標なのか。
「俺は漢失格だ。煙の中から出られると分かった時、俺は喜んじまった。その代わりにお前が敵と戦うと分かっていながらだ……。本当に最低だよな。命の危険なんて、プロになれば数え切れないほど体験するってのに。友達より自分の命を選んだ俺に……ソルジャーになる資格はねえ……」
加藤は自分を卑下し続ける。
「さっきも言っただろ、気にするな。加藤は今学生だ、プロじゃない。だから、あの場面で自分の命を優先するのは当たり前なんだ」
そう。それは人間として、動物として当然の行動なのだ。自分より強い者を目の前にした時、本能は必ず逃亡を選択する。
「学生のうちに学び、強くなることで初めてプロのソルジャーとして自分の命を引き換えにできる。気負いすぎるな、お前はまだ成長の途中なんだ」
「……ありがとう」
下げていた頭がようやく上がる。そして、
「決めたぜ……!」
唐突にそう言った。
「俺は、お前を目指すことにした!」
「……俺を目指す?」
「俺は、お前みたいな漢になりてえ!」
「待て。訳が分からない。俺なんかのどこに目指すところがある?」
「自分の命を犠牲にしてまで敵に立ち向かうその精神、ヴァイスと1体1でも決して屈しなかったその強さ。心底気に入った、俺はお前を目標にする!」
まっすぐで熱意に満ちた目を俺に向ける。
これはもう引き下がらないやつだな……。
「……好きにしてくれ」
その答えに加藤は満面の笑みを見せた。
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