第22話 臨海学校5


「お前らの命、頂くぜえ!」

「──────っ!」


 ヴァイスが俺目掛けて凄まじい速度で迫ってきた。俺はそれを一瞬で判断し、間一髪のところで避ける。

 相手の手に武器はなく攻撃は何の変哲もないただの拳だが、速度も相まって打ちつけられた地面が深めに抉られていた。速度、パワー、申し分ない。喰らったらタダでは済まないことが理解出来た。


「お、おい、何だよ今の速さ……」


 加藤は今のヴァイスの動きに驚きを隠せないようだ。今のを避けれたのは俺の異能があってのことだと既に理解しているのだろう。

 つまり、俺以外が狙われたら一溜りもない。


「なかなかイイ速度持ってんじゃねか、ワクワクするぜ」


 攻撃を避けた俺にヴァイスは敵対心を向けてきた。

 これでいい。できるだけ俺がヘイトを集める。その間にここから脱出する手段をみんなに探ってもらうしかない。


「気を引き締めろ。これは訓練じゃない、実践だ。俺が相手をしている間に、ここから出る方法を探してくれ」


 今まで恐怖で動くことができなかった女子たちも状況を理解したのか、涙を拭い立ち上がった。加藤も旗手も体が震えているが、何とかしようと立ち上がる。


「と、時崎くん……お願いっ」


 ここで太田の『祈誓』が発動。祈ることで対象の身体能力を上昇させる。

 これならもっと余裕でかわせそうだ。


「くそっ……!この……!」


 旗手は『突風』を使って何とか黒煙を払おうとするが、先は一切見えない。何層にも重なっているのだろうか。


「煙を払おうとしても無駄だぜ。俺の『黒煙』は発動者である俺に権限がある。俺が解除するか、俺が死なない限り『黒煙』は絶対に消えない」

「そ、そんな……」


 ……なるほどな。

 つまり、ここはどちらかが死ぬまで戦い続けるリング場と化したわけか。対象者である俺たちが死ぬか、発動者であるやつが死ぬか。


「だからどんな手を使ってもここからは逃げられないぜ。さあ、殺し合おうじゃねぇか!」


 先程より速い速度で俺に襲いかかる。しかし、太田の恩恵もあってかかなり余裕で避けることが出来た。


「ちっ。ちょこまかちょこまかうぜぇやつだな」


 皆にも援護を頼みたいところだが、やつは俺に今釘付けだ。余計なことをしてヘイトが変わると面倒になる。

 先生やソルジャーたちの到着を待つか?いや、被害が俺たちだけとは限らない。もしかしたら集団での襲撃かもしれない。

 だとしたら、後からの援護は期待できない。ここは俺たちで何とかするしか……。

 どうする……能力を使うか?今なのか?せめて俺一人なら全力を出せた。しかし、今は皆の目がある。余計な詮索はされたくない。

 ランキング戦のように少しだけ能力を使うか?いや、あの時とは訳が違う。少しの力で通用する相手じゃない。あの速さから見て、ヴァイスの中でもトップ層に君臨する強さだ。


「おらぁぁあ!!」

「……!」


 考えに集中していたため、少し反応が遅れてしまった。


「……っ」


 頬に擦り傷を負う。


「時崎くん!」

「大丈夫、かすり傷だ」


 このままじゃまずい。考えている暇がない。この状態がずっと続けばジリ貧だ。

 …………この手しかないか。


「……俺と、本気で殺り合わないか?」

「ああ?」


 俺はヴァイスと対話を始めた。

 これは賭けだ。この賭けに相手が乗ってくればこの場はなんとかなる。しかし、後から学校側からの追求は避けられないだろう。

 反対に賭けに乗ってこなかった場合、それは俺の学園生活の終わりを意味する。


「俺はタイマンでないと本気が出せない。もっと血の匂いのする戦闘がしたいなら、俺以外の人間を黒煙の外に出してくれ」


 この賭けは非常に危険なものだが、俺には僅かな確信があった。

 奴はこの賭けに乗ってくる。

 奴はプライドが異常に高い。自分より強い、もしくは同等の存在が目の前にいた場合、優劣がつくまで殺りあいたいはずだ。だからこそのこの能力。黒煙という名のリング場で死ぬまで殺り合う。奴にはぴったりの能力だ。


「お、おい……何言ってんだよ時崎……」

「─────いいぜ、ぶっ殺してやる」


 賭けは成功した。後は全員の説得か。


「ほらそこの雑魚ども、お前らだけ出れるようにしたからとっとと出ろ」

「そんな……時崎くん、どうして……」


 太田の非情な言葉が胸を締め付ける。


「頼む……俺は大丈夫だ。言う通りにしてくれ」


 加藤、旗手、橘、楠木からも「何でそんなことを……」といった目を向けられるが、


「お前たちも分かってるだろ?」


 と、そのままの意味だと返事をした。


「嫌だよ……、時崎くんを1人にして……そんなこと」


 そんなこととは、おそらく犠牲を意味しているのだろう。死ぬ気などさらさらないが、いつもの俺の実力を見ればそう思うのも当然だ。自己犠牲をしていると勘違いされても無理はない。


「おい早くしろよ。じゃねぇと殺すぞ?」

「早く行ってくれ」

「そんなの……そんなのないよ……」


 それでも俺は突き放す。この場を打開するにはこれしかない。


「ったく、めんどくせぇな」


 痺れを切らしたのか、ヴァイス本人が動き出した。

 黒煙が意志を持って変形し、俺以外の5人を包み込む。5人の姿は段々と見えなくなり、俺とヴァイス2人だけとなった。


「さぁ殺し合おうぜ」

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