第21話 臨海学校4
時崎たちがヴァイスの奇襲に遭う数秒前。
八重樫は宿舎にいた。
学生たちが今頃肝試しに花を咲かせている間、彼女は静かに読書に勤しんでいた。
読んでいた小説が佳境に入った頃、突如八重樫の体に電撃が走る。
「────殺気……!」
電撃の正体は敵襲の合図だった。それは八重樫自身が持つ能力『察知』によるものだ。自身もしくは近くにいる人間の危機を察知できるもので、その能力が今発動されたということは……。
読んでいた小説を放り出し、急いで外に飛び出す。
敵襲の合図は1つのみ。まだ被害はそれほど大きくないはず。それにプロソルジャーが3人もいる。学生たちに被害は出ないはずだ。
しかし、今は沢良宜さんの提案のもと、肝試しなるもので生徒がバラバラになっている可能性がある。となると、プロ3人では手に負えないかもしれない。まずは1つに集合させないと。
玄関前では沢良宜と生徒何人かが肝試しの話で盛り上がっていた。敵襲にはまだ気づいていない模様。
「沢良宜先生っ」
「あれ、八重樫先生どうしたんですかー?あ、もしかして〜、肝試し参加したくなっちゃったんですか〜?」
「今すぐ全員にテレパシーを送ってくださいっ」
「…………何かあったんですか?」
八重樫の真剣なそして慌てているような表情に、沢良宜は一瞬で何か良くない事が起きていると理解する。
「敵襲です。生徒の安否確認のためテレパシーをお願いします」
「了解しました」
先ほどまでの明るい雰囲気が嘘かのようにキリッとした態度になった。
沢良宜の異能『思念』は、最大300人まで言葉を伝達することができる。実際に見て記憶した人間は全て対象となる。沢良宜は既にCクラス全員の顔を記憶している。
『伝達。森のどこかで敵襲の可能性あり。生徒全員は敵が目の前いても交戦せず、ゴール地点か中間地点にいるソルジャーと合流せよ。繰り返す……』
森の中にいる全員に伝達が完了した。
『こちら松下。中間地点でヴァイスを確認。生徒6人がヴァイスと交戦中の模様。ヴァイスの能力により援護不可能の状態』
松下から返信の伝達がくる。沢良宜の能力は、本人がテレパシーを繋いでいる間相手からも返信が可能である。
『了解。直ちにそちらに向かいます』
沢良宜は松下に援護に行く旨を伝える。
他に目立った報告はなかった。
「八重樫先生、どうやら中間地点だけのようです」
「分かりました。こちらは任せて行ってください」
その返事と共に、沢良宜は中間地点に向かって一気に駆け出した。
何も知らないゴール地点にいる生徒たちは困惑を隠せないでいた。
「先生、何かあったんですか?」
八重樫に生徒から不安の眼差しを向けられる。
今更嘘をつくというのも無理だろう。不安を煽ると分かってはいるが、八重樫は真実を伝える。
「……ヴァイスだ。お前らは今すぐ宿舎に入れ」
生徒の安全が第一。宿舎には守屋さんがいる。おそらく1番安全だろう。
八重樫は宿舎に生徒を誘導すると共に、本部に援護要請を行った。
「くそっ、中に入れない……!」
中間地点にいる松下は黒煙の中にいる生徒たちを助けるため、中に入ろうと足掻いているが未だ進捗はない状態だった。
「松下さん、状況は?」
「沢良宜か、未だ何も出来ていない状態だ。守屋隊長は?」
「宿舎にいる生徒の護衛です。それよりこれは何ですか?」
沢良宜が目の前に蔓延している黒煙に目を向ける。おどろおどろしい真っ黒な煙で、一種の檻のようなものだった。
「ヴァイスの能力だ。中の情報が完璧に遮断されている。中に入ろうと何度も試みたが見ての通りだ……。お前のテレパシーはどうだ?」
「返事がなかった生徒たちに送っているんですが……ダメです。私のテレパシーも通りません」
「どうする……守屋隊長に頼むか?」
「おそらくですけど……隊長でもこれを破るのは不可能です。おそらく何らかの条件で成り立っているものだと思います」
「条件?」
「これほどの遮断能力だと……何かしらの対価がないと無理です。その対価によって、能力は強くもなり、弱くもなります」
「つまりこの黒煙は……」
「これほどの力なら……命を賭けていないと成り立ちません」
「捨て身の力か……くそっ!」
現状何も出来ないことが分かった松下は苛立ちを隠せないでいた。プロのソルジャーでありながら、目の前の子供たちさえ守れないなんて……。ソルジャーとしての未熟さを思い知る。
「これをどうにかできるソルジャーを待つしか……」
沢良宜も自らの未熟さにぶち当たる。他人に任せるしかない、そんな選択を選んでしまっている自分を殴りたい気持ちでいっぱいだった。
しかし、突如黒煙から人影が見えだした。
「はぁ……はぁ……」
「……っ、ぐすっ……」
肩を借り合いながら歩く男子2人と、涙している者を慰めながら歩く女子3人。全員とも見た感じ軽傷のようだ。
「な、何人か出てきたぞ……!大丈夫か君たち!」
「……は、はい……」
加藤が弱々しい返事をする。目を合わせず、何かを悔やんでいるような様子だった。
「どうしたの?中で何があったの?」
沢良宜が泣いている太田を心配する。
そして、ある疑問が思い浮かぶ。
肝試しはグループごと6人ずつで進んで行く。しかし黒煙から出てきた生徒は5人。ならあと1人は?
沢良宜が黒煙の方に振り向く。生徒が出てきたため消えていくと思い込んでいた黒煙はまだ何かを囲いこんでいる様子だった。
まさか……まだ1人取り残されてる!?
「あと1人は!?どこにいるの?」
出来れば当たって欲しくない。そんな予想を沢良宜は立てていた。
それは死に直結する。絶対に選択してはいけないこと。
それは…………犠牲。
沢良宜の質問に太田がゆっくりと答える。
「まだ……時崎くんが中にいますっ……ヴァイスと1体1で交戦中です……」
途端、太田は泣き崩れる。自分は取り返しのつかないことをしてしまった。そんな罪悪感が全身を包んだからだ。
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