第20話 臨海学校3
訓練合宿1日目が終了し、いよいよ2日目に突入した。
朝の集合時間が早朝5時半と学生にはかなり厳しい時間帯で、皆欠伸を垂らしながらそれぞれの訓練場所に集合していた。
今日もまた、1日目同様系統ごとに分かれ訓練が始まる。
「今日も昨日と同じランニングから始める」
「おいおい嘘だろ……」
守屋の朝一から長距離ランニング発言に加藤は思わず不満の声を漏らす。でも俺たちに拒否権はない。
「能力の訓練とかしねぇのかな?」
一緒に準備運動をしていた如月がそう呟いた。
「どうだろうな。他の人達はやっていたみたいだが、今日はやるんじゃないか?」
「どうせなら体力じゃなくて能力の訓練したいよなー」
「そうだな」
体力トレーニングが良くないという訳ではないが、短い期間のためもう少し密度の濃い訓練をしたいのも確かだ。折角、プロのソルジャーが目の前にいるというのにもったいない気もする。
「そろそろ始めるぞ」
守屋の掛け声で俺たちはスタート地点に並ぶ。
走るの面倒だな……。
そんな願いとは裏腹に守屋はスタートの合図を送る。
俺と如月と加藤は昨日と同様並んで走ることにした。特にタイムを見られる訳でもないためゆっくりと俺たちのペースで走っていく。1周2キロの道を5週していく。なかなかに病みそうな距離だ。
1周目が終わりそうな頃、先頭を走っていた一ノ瀬に追い抜かれてしまった。ここから3周目に向かうのだろう。
「おい速すぎだろあいつ……」
「やるなぁ一ノ瀬さんっ」
「……別に」
そう一言言い残して、一ノ瀬さんの背中は見る見るうちに遠くなっていく。
「体力バグってんだろ……」
「あれは別格だな」
「素っ気ないのも相変わらずだしなー」
返事をする際も息一つ乱していなかった。見た感じ汗もかいていなかったように見える。本当に人間なのかと疑いたくなるレベルだ。
「まあ一ノ瀬さんが別格なのは今日に始まった事じゃないだろ。俺たちは俺たちのペースで行こうぜ」
「そうだな」
その後も俺たちは如月の言った通り俺たちのペースで走り続け、なんとか1度も立ち止まらず完走した。
「はぁー……もう無理」
「昨日のも相まってしんどかったな」
「そうだな」
「時崎は余裕そうじゃねぇか……」
「昨日も言っただろ、体力には自信があるだけだ」
「本当にそうかよ……」と加藤はまだ納得していないようだが、俺よりもやはり一ノ瀬の方が気になるようだ。
おそらく俺たちとは遥か先に完走していた一ノ瀬は、落ち着いた様子で水分補給をしていた。
水分は摂るのか、じゃあ人間か。
「全員走り終わったようだな。では、次の訓練を始めるぞ」
間髪入れずに、次の訓練が始まろうとしていた。
「まじかよ……」
当然まだ加藤は休憩中だった。昨日の疲れに加え、朝一での長距離走だったのだ。動けなくなるのも無理はない。
「怠惰など、この世で最も不要なものだ。ましてやヴァイスとの戦闘中に休憩など以ての外。気を引き締めろ」
「う、うっす……」
守屋のお叱りに加藤が少したじろぐ。
これはまた、今日の愚痴話が長くなりそうだな。
2日目の訓練が終わった。
長距離走の後は待ちわびた能力の訓練を行ったが、近距離型によるものなのかやはり身体的な強化がほとんどだった。
あまり旨味のない2日間を終え不完全燃焼のような気持ちだった。
夕飯を食べ終えた俺たちは、サポート型担当の沢良宜の声掛けによって宿舎玄関前に全員集合していた。
「沢良宜先生、今から何をするのでしょうか?」
最初に質問したのは小野寺だった。
「えー分かんない?お泊まりといったらアレだよアレっ」
最初の挨拶から思っていたが、この人からは楠木の様なギャル味を感じる。いわゆる陽キャというやつだ。
「もしかして肝試しとか!?」
「せいか〜い。やっぱりお泊まりといったら肝試しでしょっ。みんなもっと青春したいよね?ハラハラドキドしたいよね?ということで、私が肝試し企画を提案させて頂きました!」
クラスメイトから歓声が上がる。隣の加藤も先ほどのヘトヘトが嘘だったかのように盛り上がっていた。
しかし、訓練合宿中にレクリエーションか。あの頑固で真面目な八重樫が肝試し企画を通したとは思えないが。
「ちなみに、八重樫先生からはちゃんと許可とってるよ〜。息抜きにしろとか何とかだって」
息抜きか……それで通るんだ。
沢良宜の案内でグループごとに整列し、順番に森の中を1周するようなものとなっていた。
ルートはそこまで長くなく10分くらいで帰れそうな距離だった。その道中で様々な仕掛けが用意してあるのだろう。
どんな仕掛けをしているか分からないが……まあ、少し楽しみではあるな。
「女子と肝試しだってよ、わくわくするなっ」
テンション上がりまくりの加藤に肩を組まれながらそう言われた。
「ホラーは得意なのか?」
「いや別に得意ってわけじゃねぇけど。やっぱり女子と一緒ってとこがポイント高いだろ?」
「それもそうだな」
「太田とかが怖がって抱きついてきたらどうするよっ」
加藤はこれからのことに頭がいっぱいのようだ。男子高校生なら当然か。
「あまりはしゃぎすぎるなよ」
「親かよお前は、分かってるって。お、もうすぐだぜ」
既に先のグループはもう出発しており、いよいよ俺たちの番となる。
「それじゃあ行ってらっしゃーい!」
沢良宜に手を振られ、俺たち6人の肝試しが始まった。
森の中は暗く視界が良くないため慎重に歩きながら進んでいく。風で葉が擦れた音や木々が揺れる様子はかなり恐怖心を唆るものとなっていた。
「なんか雰囲気あるなー」
「でも6人もいたら怖くなくない?」
「確かにな」
加藤と楠木の会話の通り少人数ならかなり恐怖心を煽られる雰囲気だが、今回は6人という大人数なため恐怖という恐怖はあまり湧いてこなかった。
──────と思っていた時期があったようです。
「嘘だろ……めちゃくちゃこえーじゃねぇか」
「べ、別に、怖くなんかないんだから……!」
俺たちはやっとのことで中間地点に到着していた。
最初の頃の余裕はもう一切なく、今は早くここから出たいという欲求が皆の頭を駆け巡っていた。皆といっても全員という訳では無いが。
真っ先にダッシュして中間地点に着いたのは加藤と橘だ。6人の中でも特に怖がっていた。
「太田、旗手、大丈夫か?」
「う、うん……ありがとう時崎くん」
「……問題ないです」
いつの間にか俺を盾のように使っていた太田と旗手の無事を確認し、俺は残りの楠木に目を向ける。
「こんなんでビビってんの?まじウケるー」
「う、うっせぇな!」
「怖がってないわよ!」
楠木は怖がっている加藤と橘をバカにするように笑っていた。ホラーは平気の類の様だ。
そんな御三方はほおっておいて、俺は中間地点で待っていた松下に声をかける。
「グループ4です。中間地点証明書をください」
「グループ4か、了解した。証明書ならこれだ、持っていきなさい」
おそらく沢良宜が作ったであろうポップな中間地点証明書を貰う。ゴールの際には、これを渡すことでクリアとなる。持っていないグループは再出発とのことだ。
しかし、硬そうな性格の松下がこの企画に協力するとは思わなかったな。意外と心の広い性格なのかもしれない。
「加藤、橘、動けるか?」
「あ、ああ……」
「余裕だわ……」
本当にそうかと疑うレベルの弱々しい声音だが、2人のためにも早めに行くに越したことはないだろう。早く進んでゴールに向かうとしよう。
「行くぞ」
そう俺が言い出した刹那だった。
──────突如、暗黒の煙が俺たちを包み込んだ。
「な、何だこれ!?」
「また何かの脅かし?」
──────いや、違う。これは肝試しの仕掛けじゃない。明らかに悪戯の類ではない意図のある行為。悪意と殺意に満ちた包囲だ。
松下の姿は見えない。煙の外にいるのだろうか。グループ全員は煙の中だ。まだ俺の視認出来る距離にいる。
「よぉよぉ、初めましてソルジャー学園の生徒たち」
黒煙の中から現れたのは、短髪に人型の形をした化け物だった。
あれは……、
「う、嘘だろ……まさか、ヴァイス!?」
「そ、そんなはずはありませんっ。ヴァイスが人間の言葉を喋るなんて……」
旗手の言い分はごもっとも。通常ヴァイスは人間の言葉など発さず、理性も思考も存在しないただのモンスターだ。しかし、こいつは違う……。
「お前らの命、頂くぜえ!!!」
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