第19話 臨海学校2


「全員集まったな」


 部屋に荷物を置き終えた俺たちは、動きやすい運動服に着替えグループごとに整列していた。


「早速訓練を始めるが、今からその訓練の援助をして下さる講師を紹介する」


 講師?

 八重樫のその言葉で、3人の講師が登場する。


「初めまして、私は朱雀隊7番隊隊長 守屋もりやはじめだ。私は主に近距離戦闘型の生徒を指導する。短い間だが、どうぞよろしく頼む」


 真っ先に挨拶したのは30代くらいの男だった。ガタイのいい体つき、凛とした立ち姿、右頬には任務で負ったのか鋭い切り傷が残っていた。

 近距離戦闘型の指導ということは、俺はあの人に今回お世話になるのか。


「そして、この2人が私の部下の松下まつした沢良宜さわらぎだ。松下が遠距離戦闘型、沢良宜がサポート型の生徒を担当する」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いしまーす」


 松下、沢良宜といった順で挨拶をする。

 クラス全員でよろしくお願いしますと返し、これで講師の紹介は以上となった。


「それでは、先ほど紹介した通り近距離型の者は私、遠距離型は松下、サポート型は沢良宜のところに集まってくれ」


 その掛け声と共にクラス全員は動き出した。

 当然俺と加藤は並んで守屋のところに集まる。如月とも合流した。


「改めて、近距離戦闘型の生徒を担当する守屋だ。ビシバシ厳しくしごくから覚悟しておけ」

「まじかよ……」


 守屋の忠告に加藤は不満の声を上げた。


「楽しみだな、時崎!」


 しかし、如月は受けて立つといった面持ちだった。

 真反対の反応をみせる2人に囲まれ、この先が思いやられるなと俺はため息をついた。













「あー疲れたーーー」


 長かった1日目の訓練が終わり、部屋に戻るなり加藤は部屋のど真ん中に仰向けで寝っ転がった。


「お疲れ様加藤くん、時崎くん」

「ちょっと、邪魔なんだけど」


 先に戻っていたのはサポート組の太田と橘の2人だった。


「ああ、太田と橘もお疲れ」

「あーもう動けねえ」

「邪魔だから動きなさいよ!」


 数分の格闘の末、ようやく加藤は起き上がった。


「そんなにクタクタになるまで何したの?」

「いきなり10キロも走らされてよぉ。その後筋トレやら何やらでもう死ぬかと思ったぜ」

「10キロ!?それは大変だったみたいね……」

「それにしては時崎くんやけに落ち着いてない?」

「え?あ、ああ……体力には自信があるんだ」

「時崎もそうだが、あの一ノ瀬とかいう女子も平気で走りやがって。くそー、悔しいぜ」


 確かに、かなりのペース配分だったのに息一つ上がってなかったな。一体何者なんだあいつは。


「おつ〜」

「お疲れ様です」


 そんなこんなで話し込んでいると、遠距離組が戻ってきた。


「はあー疲れたー」


 暑いのかお腹を出して上着をパタパタ仰ぎながら楠木は座り込む。

 かなり無防備な格好で目のやり場に困る。


「ちょ、ちょっと楠木さん!男子もいるんだからそんな格好は……」

「えーいいじゃん。別に見られたところで何とも思わないよ?」

「男子たちが困るでしょ」


 太田に加え、橘も注意に回る。

 ぶーぶーと不満を残しつつ、楠木は身だしなみを整える。


「あー腹減ったー。何でいいから食わせてくれー」


 時刻はもう6時前、皆ヘトヘトでお腹は減り切っているだろう。


「あ、そういえば何だけど、6時になったらまた玄関前に集合だって先生が言ってたよ」

「えーまた?」

「なんか晩御飯をグループで作るらしいよ」

「まじかよーもう動けねぇよ」

「おそらく、協調性を高める一貫でしょうね」


 そういう意図なのか。

 橘の考えに素直に納得する。


「しかし、僕たちにできるでしょうか。恥ずかしいことに僕は料理経験が無いのですが」

「きっと大丈夫だよ。うちらには時崎くんがいるし」

「お、そうじゃん!料理当番の時崎がいれば百人力だな」

「あ、ああ……」


 なぜそこまで期待されているのか分からなかったが……なるほど、料理当番組が綺麗に分かれたのもそういう事か。


「もう6時になるしそろそろ行く?」

「そうね」


 ぐったりしている加藤を何とか起こし、俺たちは玄関前に向かった。












「はあー気持ちー」


 夕飯を食べ終えた俺たちは銭湯に浸かっていた。銭湯の時間もグループごとで決められており、7時から20分ごとに交代ごうたいで入っている。俺たちは4番目だった。


「露天風呂ってやっぱいいよなー」

「そうだな」

「そうですね」


 ここの宿舎にはかなり広めの浴場が整備されており、露天風呂やサウナなんかもあった。

 ゆっくりしていきたいところだが、入浴時間は20分なのであまり長くはいられないのが残念だ。


「よし、そろそろか?」

「?」

「どうしました?」


 加藤はいきなり湯船から立ち上がり、露天風呂の外壁に仁王立ちした。

 確か向こうは女風呂のはず……まさか。


「お前らも来いよ、もうすぐだぜ」


 加藤はおもむろに壁に耳を押し当て始めた。

 すると、向こうからは楠木のキャッキャした声が聞こえ始める。


「加藤くん、あなたのやっていることはモラルに反する事ですよ」

「なんだよ旗手釣れねぇな。なら時崎、ほら来いよ」

「俺も遠慮しておく」


 本当はやってみたいが、バレた時の後処理か面倒だ。ハイリスクハイリターンは性にあわない。


「なんだよ2人して、お前ら本当に男か?」

「なんとでも言ってください。僕は先に上がらせていただきます」


 旗手はそう言い残して露天風呂を出ていく。

 それでも、負けじと加藤は覗きを試み始めた。


「加藤、諦めろ。バレたらまずいぞ」

「バレねえって。本当は来たいんだろ?時崎」

「あのなぁ……」


 めちゃくちゃ行きてぇよ。


「ちょっと加藤くん、覗きなんかしてきたらどうなるか分かってるー?後で旗手くんと時崎くんに確認するからー」


 向こうから橘の声が聞こえた。

 今のは明らかな警告と脅し、さらに確認作業まで入ることの表明。

 女子たちには全てが見えているようだ。しかも加藤だけというピンポイントなところも。女の勘というやつだろうか。

 しかし……女子から信用があるというのは中々嬉しいものだな。


「う、嘘だろ……。何でバレてんだよー!」

「旗手の口が硬いことを祈るしかないな」

「ま、待ってくれ旗手!俺が悪かった!」


 加藤は全力で旗手の後ろを追いかけ、出ていった。


「ったく、あいつは……」


 訓練合宿1日目が終了した。

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