第8話 椿 楓
放課後までチームメンバーの話し合いは続き、残っていた者は小野寺と太田の協力のもとクラスの全10チームが決定した。
八重樫への報告は小野寺が行い、他の者は解散となった。
俺たち料理当番メンバーはエオンモールで買い物をし、昨日と同様俺と椿と卯月は先に帰ることとなった。
「今日はどんな献立なのかしら?」
「今日のメインは肉じゃがだ。新玉ねぎが安くてな」
「和食も作れるのね」
「少しだけだがな」
「甘めの味付けをお願いするわ」
「お前の好みに合わせてどうするんだ。これはみんなが食べるんだぞ」
「あら残念。椿さんはどっちが好き?」
「私も甘めのが好きかなぁ……」
「……ちゃんと塩気の多いものと少ないもので分けて作るつもりだ」
2人は共に顔を見合って微笑みあう。
俺も甘めの味付けは嫌いじゃないが、クラスメイトで好みは別れるだろうからな。 2つ作って損は無いだろう。決して俺と2人の為とかではない。
その後俺はしっかりと異なる味付けの肉じゃがを2つ作り、1度味を染み込ませるためにそれを放置、その間に部屋でランキング戦の作戦会議をすることとなった。
それに関してはいいんだが……、
「何で俺の部屋なんだ」
その作戦会議は何故か俺の部屋ですることに決定されていた。
「小さい事を気にするとモテないわよ、時崎君」
「ごめんね?いきなりお邪魔することになっちゃって……」
「……まあいいが、そんなに面白みのある部屋じゃないぞ」
「大丈夫よ。最初からそんなの求めてないわ」
「おい」
卯月は何かと俺をいじり相手にしてくるな。別に嫌というわけではないが、それが単に俺が嫌いだからという理由なら話は別だ。普通に泣く。
「……本当に面白みがないわね」
「だからそう言っただろ」
「わあ……」
それが俺の部屋に入っての茜の第1声だった。楓はなかなか良いリアクションを取ってくれた。
まあそう言われても仕方がない。
ベッドにテーブル、机と何の装飾もない部屋だからな。
「時崎君、漫画とかゲームとかには興味無いの?」
「ゲームはしないが漫画は読んでるぞ。電子書籍派だがな」
「そういえばアニメ鑑賞が趣味だったわね。テレビは?」
「それも携帯のアプリで観ている」
「なるほどね」
何を納得したのだろうか。とりあえず部屋をジロジロ見るのはやめて頂きたい。
椿はどうしているのかと見てみると、まだ玄関で立ち止まっていた。
「どうした椿、遠慮せず上がれ」
「う、うん。……なんか男の子の部屋って初めてで緊張しちゃって……」
「何を緊張することがあるの椿さん。時崎君の部屋よ?」
「それはディスりか?」
「清潔感があって良いという意味よ」
「そんな意味には聞こえなかったが。とりあえず上がれ椿、今お茶を淹れる」
「う、うん」
ゆっくりと椿は上がる。
こういう所は卯月より椿の方が女子らしいな。
「ホットとアイス、どっちにする?」
「ホットで」
「私も……」
「了解」
俺は紙コップに熱すぎず飲みやすい温度のお茶を淹れ、少しの和菓子を添えてテーブルに持っていく。
「ありがとう時崎君」
「まあ何もないが寛いでいってくれ。それより、作戦会議だろ?」
「そうね。まずはランキング戦の詳細をもう一度確認しましょ」
3人で各々端末を確認する。
当日はグループA、グループBの2つのトーナメントに分かれ、
といった感じだ。
「くじ引きはもちろん椿さんに引いてもらいましょう」
「わ、私!?」
「そうだな。幸運の異能の1番の使い時だ」
「う、うん……そうだよね」
「何か問題があるのか?」
「ううんっ、大丈夫」
「私たちはチームよ。何か戸惑う理由があるなら教えてほしいわ」
「……」
椿の表情がだんだんと険しくなる。
それは単に自信がないとか、力量がないとかの問題で暗くなっているわけではないと俺は瞬時に理解した。
「卯月、詮索しすぎだ。人には誰にも言えない秘密が1つや2つあるだろうからな。椿、別に無理して話さなくて大丈夫だぞ」
「……ごめんなさい」
「……そうね、私も前のめりになりすぎたわ。ごめんなさい椿さん。そういった所も補い合うのがチームだものね」
「だ、大丈夫だよっ。昔の話だから」
「なら尚更ダメだ。過去の影響ほど強いものはないからな。しかし、こう言っておいて何だが、何故ソルジャーを目指しているんだ?いずれ異能を使わなければいけない場面は必ず来るはずだ。異能を使うことに抵抗を持ちながらソルジャーになることは不可能に近い」
「そうだよね……。そう思われるのは分かってた」
過去の事を思い出しているのか、椿の表情はより一層沈んでいく。
異能を使いたがらない理由、でもソルジャーを目指さなければいけない理由。いずれにせよ重たい話になりそうだったため、俺は椿に「無理するな」と声をかけようとした。
しかしその後、椿は覚悟を決めたかのように俺たちに顔を上げた。
「やっぱり話すね。2人はチームメンバーだからっ」
見たことの無い椿の真剣な目に、俺と卯月はただ頷くだけだった。
私─────椿
それは、母親を養える程のお金を稼ぐことだ。
父親はいない。というより、いなくなったの方が正しい。
これは、10年程前の事だ。
私は裕福な家庭で生まれ、心身ともに親の愛情を注がれて育てられた。
時に厳しく、時に優しく。笑いの絶えない家庭だった。
母は温厚で面倒見がよく、父は厳しくも家族を一番に思ってくれる人だった。
そのまま私たちは幸せに暮らしていくはずだった。
─────私が異能鑑定を受けるその時までは……。
私の『幸運』という異能は、意図的ではなく自然に私自身に幸運が訪れてしまうというものだった。
例えば、年末に引くおみくじも私は意識せずとも大吉を引いていたし、商店街で頻繁に行われているくじ引きも何度も1等の旅行券を当てていた。
私の異能は私自身では制御出来なかった。
父親はそれを利用してきた……。
競馬や競輪、パチンコや宝くじなど、ありとあらゆる賭け事に私を利用した。得た金は全て父親が掌握し、金増やしては豪遊三昧。母親の言うことなど耳も貸さなかったそうだ。
母親はもちろん離婚を希望したが、全て暴力とお金でねじ伏られ、最終的には入院するほど母親は精神が病んでしまった。
娘を道具のように利用し、不正にお金を奪取したことで父親は逮捕され、母親は入院。
その頃は自分の異能をどれだけ憎んだことか。まだ幼かったが鮮明に覚えている。
1人になった私はその後母親の両親に預けられ、ここまで大切に育てられた。
母親には毎日のようにお見舞いに行った。その際母親はいつもこう言った。
「───私になんか構わず、好きなように生きなさい」
それでも、私は母親のために生きると決めた。
父親に怯えながら過ごしていた日々も、ずっと母親に守られていたから。
今度は私が守るんだ。
お金もこの異能を使って稼ぐ。
でも父親のようにはならない。
この異能は人助けのために使うんだ。
でも……自分の異能にはまだ少し抵抗がある。散々父親に悪用されてきたからだ。
それを治す為にも、私はこの学園に来た──────。
「絶対に……お母さんを楽させるんだ」
「……そうか」
椿の話を終え、俺は言葉に詰まっていた。
こんな時、なんて言葉を言ったらいいのか分からなかった。
初めてだからだ。
こんな感覚、こんな感情。
友達のために何か言わなければいけないのに。どうして、俺は何も言えないんだ。
椿を取り囲む富貴の呪い。それを拭わなければいけないのに。
「話してくれてありがとう椿さん。あなたのソルジャーに対しての決意、異能に対する見解、全て理解したわ。ランキング戦は将来にも繋がる大事な行事、絶対に負けられなくなったわね」
「わ、私に気を遣わなくても大丈夫だよ?」
「これは私のためでもあるから平気よ。早速、作戦を決めましょ」
卯月は俺と違って適切な気持ち、適切な言葉を椿に投げかけた。こういったところは、本当に自分はまだまだなのだと思い知らされる。
しかし、これで卯月の闘志に火がついたようだ。どんな作戦が出るのか、今から楽しみだな。
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